トレーニングその四 小説の筆写

 小説のそれも練習といわれるとまず思い浮かぶのがこの小説筆写ではないでしょうか?

 小説を書きうつすというこの原始的な練習は、小説というものが大衆的な文化になったばかりのころにはすでに実践されており、この練習をしてプロになったという作家もいるようです。

 有名なのは浅田次郎が一年間芥川龍之介の金閣寺をひたすら摸写したという話ですね。


 実はこの練習の効果を疑う、懐疑的な意見も少なくはないのですが、僕はきちんとコツを意識して取り組めば、効果の出る練習だと思います。

 そのコツに入って行く前に、どんな人たちがこの練習を勧めているか、わずかな実例ではありますが紹介してみたいと思います。


*14 (http://www.raitonoveru.jp/howto2/bunn/13.html ライトノベル作法研究所 (検索日2016/08/29))

 この有名小説作法紹介サイトの記事で管理人のうっぴーは、アニメ会社ガイナックスの初代社長で現在は文筆家、評論家などをしている岡田斗司夫がこの小説筆写を勧めていると紹介しています。

 実践するときはペンと紙で手書きで書き写すと良いのだそうです。ライトノベルを書くための文体を身に付けるには自転車の乗り方やバスケットボールのシュートの様に身体で覚えるべしと説いている。

 つまり文章技術そのものが手続き型記憶であると言っているのですね。これは興味深い記述だと僕は思います。


 *4の高橋源一郎、「一億三千万人のための小説教室」でも、まねることが最初のレッスンだと言っています。何度も読んで、書き写すことを勧めている。まねをすることは恋することに似ているという。まず好きになって、その人になりきって、その人の考え方をまねることが大事だという。そのまねが自分に合えば、それは根を張り繁殖してやがて自分の言葉になる。自分に合わなければそれは枯れてしまうが、それは養分になるのだと著者は説く。


 *1のスティーブン・キングの「書くことについて」でも、まずは文体を真似することが大事だと説いています。キング氏も若い時分には有名作家の文体をまねた習作を量産したと言っています。その物まねの第一歩はやはり筆写ではないかと思います。


*15 (冲方丁 (2005) 冲方式ストーリー創作術 宝島社)

 の中で冲方丁も筆写を勧めています。このさいには小説を声に出して読み上げながら書き写すと良いといっています。語学に達者な人は耳や音感が良く、声に出すことで口と耳と手で文章を覚えられて良いと語っています。ここでも文章を書くという行為を手続き記憶として捉えていることがうかがえますね。


 *7の榎本秋も「ライトノベルを書きたい人の本」の中で筆写を勧めている。筆写をすることでキャラの口調でかき分けている様や文章のリズム、工夫が良くわかると言う、さらには芥川龍之介や三島由紀夫等の近現代文学の名作を書き写してみると良いと言っている。研ぎ澄まされた情景描写の一端が理解できるのだそうです。


*16 (清原康正(監修) (2010) 小説を書きたい人の本 成美堂出版)

 では、気に入った作家で一度は筆写をすることを勧めている。筆写のさいには文章のリズムに気を付けるよう注意を促している。文章を作る部品の語彙は宣言型記憶だと思いますが、それらを並べて整形する技術は手続き記憶ではないかと考える人が多いようですね。


 最後に紹介する例は*11の「一週間でマスター小説を書くための基礎メソッド」です。ここでもペンと紙で手書きすることを勧めています。手書きを勧める理由は手書きの方がリズムがつかめるからだそうです。また出ましたね、リズム。どうやら小説の筆写とは文章のリズム感を鍛えるトレーニングの様ですね。

 この本では実際にどの程度やればよいかも紹介していて、原稿用紙30枚から50枚程度やれば十分ではないかと述べている。一つの目安にしてみてください。


 文章の筆写は手書きでする場合とパソコンやワープロでタイプする場合の二通りがあり、どちらが良いかとは一概には言えません。小説を書くとき原稿用紙に手書きで書く人は文句なく手書きでしょうが、今の大半の小説書きがパソコンだと思います。文章を書く技術を手続き記憶として覚えるというのが目的なら、パソコンに軍配が上がりそうな気もします。


 この手書きパソコン論争には最終的には自分の好みで、ということになりそうです。僕は両方やったことがありますが、どちらも書く速度でじっくりと文章に取り組むという点は変わらず、文章のリズムを体で覚える効果はパソコンにも手書きにもあるような気がします。実際にどちらでやってもかまわないという意見の人もいるようです。


 僕は特にこの練習以後、読点の打ち方が明らかに変わったという経験をしたことがあります。確かにこの文章のリズム感というものは、言語化することが難しい手続き記憶なのかもしれませんね。


 自分の文章の特にリズム感が気になる人や、自分の好きな文体アイドル風のリズムを身につけたいと思うことがあるのならお勧めのトレーニングです。

 逆に今の自分の文体に満足しているなら、無理にやるトレーニングではありませんし、大塚英志がどこかで言っていたのですが、いわゆる写植オペレーターは古今の名作をそれこそ山の様に引き写しているが、写植オペレーター出身のプロ作家というものはとんと聞かないと言っています。案外量的にこなすことが地力になるようなトレーニングではないのかもしれません。量的にこなすなら読書や後述する音読をお勧めします。


 次はちょっと聞かない、でも僕がお勧めの練習法、音読を紹介します。

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