第47話 ノルマンディーのデセール
コース料理のメイン・ディッシュ、フランス語で言うところの〈プラ・プランシパル〉であるオムレットゥを三人が平らげるや、それらの空いた皿はギャルソンによって下げられ、次は、最後の皿である〈デセール〉の提供順番となった。
「先生、そういえば、フランス語では、食後のデザートのことを〈デセール〉と呼ぶのですよね?」
「その通りなんすよ。リオンさん」
哲人の代わりに、教え子である雷太が、理音の問いに応じた。
雷太は、一年の時に履修していた必修のフランス語の講義において、フランスの食事が話題に上がった際に、哲人が〈デセール〉のことを語ったのを思い出して、つい、理音に対して、自ら語りたくなってしまったようである。
「リオンさん、英語だと、たしかに、メインの後に食べる物が、『ディザート(dessert)』、そして、砂漠の方は『デザート(desert)』って風に、スペルの「s」の数が違ったり、アクセントの位置が違って、その結果として、発音が異なったりと、細かな違いがあるみたいなんすけど、日本語でカタカナになってしまうと、類音ってゆうか、ほぼ同音になっちゃうので、区別ができないんすよね」
「たしかに、食後の甘い物も、砂漠も、両方とも『デザート』だよな」
「でも、フランス語は区別つくんすよ」
「どんな風に?」
「スペルに関しては、英語と同じように、食後の物が〈dessert〉で、砂漠の方が〈desert〉、まあ、砂漠の方は、〈d〉の後の〈e〉に〈′〉ってアクサン記号が付くんすけど、文字の綴りは同じなんすよ」
「ほう」
「でも、フランス語の読み方ルールでは、〈s〉が母音字で挟まれていたら、ザ行で発音、逆に、母音でサンドされていない場合には、濁らずにサ行で発音するってルールがあるので、砂漠の方は『デゼール』ってなるんすけど、食事の方は、〈ss〉って綴るので、濁らずに『デセール』になるんすよ」
「サンダー、じゃあ、あれだな。メインを食べ終わった後に、日本語的な感覚で、『デゼール、シル・ヴ・プレ』ってボーイに言ったら、給仕さんに、この日本人、砂漠を欲しているのかって誤解されちゃうかもな」
「……。リ、リオンさん、寒いっすね」
「なっ!」
「リオン君、まあ、冗談はさておき、そこは、ギャルソンも空気を読むってゆうか、おそらく給仕生活の中で、『デゼール、シル・ヴ・プレ(砂漠、お願いします)』なんて、言い間違えられるのは、何百回と経験しているであろうから、ハイハイって感じで、何事もなかったかのように対応するんじゃないかな」
「でも、あれですね」
「なんだよ、サンダー」
「リオンさん、〈サブレ〉ってお菓子って分かります?」
「ああ。日本で食べたことあるよ。お土産でもらったことがある」
「サブレって、サクサクっていうか、パサパサした食感のビスケットの一種なんすけど、サブレって〈砂〉を意味するフランス語が語源なので、間違えて、『デゼール、砂漠』って頼んでも、食後に食べるお菓子がサブレなら、そんなに意味はずれてないかもしれませんね」
「…………………………」
「無反応っ! やり返されたっ! リオンさん、自分の話はスルーっすかっ! もう、いけずっすよ」
「まあまあ、二人とも、落ち着けって」
「ところで、先生は、デセールは何を頼まれたのですか?」
「ハイハイッ! 自分は、アイスっすっ!」
雷太が応えた。
この時期のラ・メール・プラールでは、ランチのデセールは四つの中から一品を選ぶことになっていた。
店の自家製のグラース(アイスクリーム)
店のデセールの盛り合わせ
ノルマンディー風のデセール
ショコラ(チョコレート)のお菓子
「僕は、自分の味の好みというよりも、旅で何処かを訪れた時は、その土地独自の物を頼む傾向があるんだよ」
哲人は、チョコレート好きなので、最初はチョコレートのスイーツにしようと思ったのだが、上記の理由から、ノルマンディー風のデセールを注文したのであった。
この時、店が提供していたノルマンディー風のデセールは、そば粉でつくったデセール用のガレットで、そのそば粉の生地に、ノルマンディー産のリンゴを添えたものであった。さらに、哲人は、このデセール・ガレットに、冷たい〈シードル〉、リンゴ酒を合わせた。
そして、哲人に問いを発した理音自身は、フランス菓子について詳しくなかったので、なんとはなしに、この店独自のお菓子を選ぶことにした。
その自家製デセールは、ラズベリー・シャーベット、クレーム・ブリュレ、タルト・タタンという三種のお菓子の盛り合わせであった。
タルト・タタンとは、バターと砂糖で炒めたリンゴを敷き詰めて、その上に、タルト生地を被せて焼いたフランスのお菓子で、リンゴを上にして供される。ちなみに、この店のタルト・タタンには、ノルマンディー産のリンゴが使われていた。
理音は、タルト・タタンなるお菓子を食したのは初めての経験であった。
加糖が多めで、少し甘すぎるように感じられもしたのだが、リンゴは果肉がとろっと溶けつつも、シャキシャキッとしていて、面白い食感という印象を理音は抱いたのであった。
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