1-22 病死の契約・呪死の契約

「待たせたね」

「おそーい! 暇だったよー!」

「全くです。随分長い間話されていたようでしたが」

「なに、彼に君たちと契約を結ぶと死んでしまうと説明していたのさ。もっとも私の言うことは聞いてくれなかったけれどね」


 ため息交じりにルアネが話す。

 勿論自身が契約していることをおくびにも出さない。

 話を聞いて、クロベニがニパーと笑う。


「じゃあ契約してくれるんだー。うれしいなー。どう死んでもらおうかなー!」


 ニコニコ笑っているが、口から出るのは物騒な言葉だった。


「こらクロベニ、抜け駆けは許しませんよ」


 ノワールも殺さないという選択肢はないようだ。


「その、やっぱり俺を殺すのか」

「殺しはしませんが、死んでいただきます」

「そうだよー! 死んでもらうだけだよー!」


 殺すも、死ぬも大した違いがない気がするんだが。

 ともかく先ほどのルアネの話は本当のようだ。

 だとしても、結ばないという選択肢はない。


「契約すると俺はどうなるんだ」

「そうですね。お伝えする前に一つ確認させていただきますが、キエルさんのご希望は、この方の死因を取り除く力が欲しいということでよろしいでしょうか」

「あぁ、その通りだ」


 カリオトさんを助けられればそれでいい。


「でしたら簡単です。まずは私たちがキエルさんに力を授けますから、それでこの方を治していただきます。その後は、普通に過ごされて結構でございます」

「そしたら、そのうちにお兄ちゃんは呪いがかかるか、病気になって死ぬからー!」


 随分気軽に言ってくれるな。

 まぁそこらへんはルアネの契約と同じか。


「いつ頃死ぬことになるんだ俺は?」


 念のため、確認する。

 契約結んで一時間後とかなら、すぐに治療と解呪をしないとだしな。


「うーんと、だいたい二週間前後かなー」

「どちらの死に方にせよ、一週間ぐらい寝たきりになるかと思いますので、それまでに悔いのないように生活されるとよろしいかと」


 予想よりは長いが、人生としては短かった。

 戦死の代償と比べると、圧倒的に早い。

 ちらりとルアネを視る。

 怒っていないといいのだが。


「戦死するのを気長に待っていたら、横取りされてしまったよ。いやぁ。まいったまいった」


 だが全くその気配はなかった。なんだったら余裕さえありそうだ。

 契約を結んでいないと仄めかしつつ――実際は結んでいるのだが――、少し困ったふりをしている。

 そしてふと思いついたかのように、ノワールに質問をする。


「ちなみに一つ好奇心で聞くんだが。? ?」


「……あなたは死神ではないですか。知っていることを、なぜわざわざ聞くのですか?」

「いやぁ。彼のためにあえて確認してあげてるのさ。そこまで頭が回っていないだろうしねぇ。そうだろう、キエル?」

「あ、あぁ」


 ルアネの言う通りだ。

 そこまで考えてなかった……というより、どちらにせよ死ぬのだ。あまり関係ないような気がするが。

 ノワールがスコーとマスクの呼吸音を深く鳴らす。ため息のようだ。


「よくわからないですね。シュバルツ家の者の考えは。まぁいいでしょう。どちらの死因になるかは、それぞれの腕の見せ所になります」

「にへへー、あたしが勝つように応援してねー」


 どうやら二人が、様々な手段を使って俺を死なせようとするらしい。

 ……全く応援する気にならないな。うん。

 それにしても、ルアネは何をしているのだろうか。

 契約を隠すことといい、なにかをしようとしているようだ。

 色々と勘繰りたくなるが、今はそれよりも契約を結ぶことが先だ。


「他に確認しておきたいことはございますか」

「あぁ、もうない」


 助けられればいいからな。

 俺の返事にキョトンとする二人。

 何かおかしいことを言っただろうか。


「お兄ちゃん、怖くないのー? 死んじゃうんだよ」

「いや怖いけどさ。目の前で誰かに死なれるよりはマシだ」

「そうだったとしても、緊張が見受けられませんが」


 そりゃあそうだ。

 ルアネとの契約で、戦死するって言われてるわけだしな。

 すぐ死ぬか、一年以内に死ぬかの差だ。


「まぁ。なんていうか、慣れだ」


 テキトーにごまかす。

 契約の件は秘密にと言われてるしな。


「そうですか……。冒険者だからこそなのか、その眼が原因なのか。考察は後程することにしましょう」


 どうやら上手く騙せたようだ。

 ノワールが手をかざすと、手のひらから黒いもやがにじみ出てくる。

 そのもやはギュッと固まると、一枚の契約書とペンになった。

 禍々しい雰囲気が隠せてないんだが。


「こちらに署名していただければ、自分との契約は締結となります」


 ルアネの契約とは違ったやり方。

 どうやら死神ごとに契約の結び方は違うようだ。


「あたしとの契約はねー! これで切ったお兄ちゃんの髪をくれれば結べるよー!」


 クロベニも異なるようだ。不吉そうな小刀を、俺に差し出してくる。

 如何にも呪われていますといった道具たち。

 一瞬たじろぎそうになるが、ここまできて及び腰になるわけにもいかなかった。


 契約書に名を書き、渡し。

 小刀で髪を切り、渡す。


「確認いたしました」

「ありがとねー!」


 二人は満足げにそれぞれの品を受け取る。

 途端に契約書と、切り落とした俺の髪が黒いもやになった。

 そのもやはどんどん大きくなっていき、俺を包む。

 ノワールとクロベニの声が響く。


「病死の死神、ノワールが誓う。彼に祝福と、病を」

「かの髪の者に、禍福かふくをもたらしたまえー!」


 こうして契約は結ばれたのだった。

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