1-7 死神は契約の代償を待ち焦がれる

「で、どういうことなんだよ。これは」

「これとは何のことかな?」

「しらばっくれるなよ。俺の身体のことだよ」


 ガイルを無事渡した後、俺は安宿を借りた。

 部屋に入るなり、ぼろぼろのベッドに飛び込むルアネに問いただす。


「おやぁ、何を言っているんだい? あれは君の実力さ」


 お世辞なら、もう少し取り繕ったらどうなんだ。

 せめてそのバカにしたような笑みをやめろ。あからさますぎる。


「バカ言うな。今まであんなに動けたことなんてないぞ」

「ん? そうなのかい?」

「おう。自慢じゃねえが俺は今までゴブリンの攻撃をぎりぎり避けられるかどうかって感じだったんだぞ」


 自分の戦闘センスのなさは、誰よりも知っている。

 だというのに昨日の今日でこれだ。

 ルアネが何かをしたに違いない。

 だというのに、当の本人はきょとんとして何も答えない。


「なんだよ? 言いたいことでもあんのか?」

「いや、その、よくそんな状態で戦えてたね。キエルはソロだろ? 今日ずっと一緒にいたけれど、仲間もいないようだし」

「ぐっ!」


 純粋な疑問が胸をえぐる。

 そういえば言ってなかった。


「その……実は昨日からソロになったんだ」

「ということは何だい? 仲間が死んでしまったのかい。それはご愁傷さまだね」


 興味がないのか、ベッドに寝転がりながら心にもないことを言う。

 相変わらずポンコツだ。

 騙せそうだが……。


「……追い出された」

「はい?」

「だから追い出されたんだよ! お前は役立たずって言われて!」


 本当のことを伝える。

 いつかばれそうだったし、何より嘘をつくのも嫌だしな。


「………………」

「……………………ぷっ!」


 しばらくの間が開いた後、ルアネが吹き出した。


「てめぇ今笑っただろ! 許さねぇ!」

「だ、だって、お、追い出されたって、あははは! キエルってそんなに弱かったの! くすくす! ざまぁないわね!」


 こいつ!

 やっぱり騙しとけばよかった!


 ◇


「ご、ごめんなさいね。くすくす。待って、まだ笑いが止まらないわ」

「この野郎! もう怒った! お前ベッドで寝るなよ! 床だ!」

「すいません。笑うのやめますから。許してください」

「お、おう」


 あまりの変わり身に普通に引いた。


「それで結局、契約内容って何だったんだよ。俺の身体がなぜか凄いことになっているのと関係あるんだろ。だいたい本当にあれで、カリオトさんは死ななくなったのかよ」


 脱線していた話をもとに戻す。


「ごほん。いろいろと聞きたいのはわかるが、そう矢継ぎ早に質問するのはやめたまえよ」


 ベッドの上で体を起こすと、ルアネは話し始めた。


「まぁいい、一つずつ答えてあげようか。まずは君が気にかけている彼女のことだが、大丈夫さ。戦死する運命から外れたよ。長生きするんじゃあないか」

「そうか……それはよかった」


 死神が断言するんだ。きっと大丈夫のはず。


「こらこら、まだ話は終わってない。しっかり聞きたまえ」


 ホッとため息をつく俺を、ルアネがいさめる。


「本来彼女はあの殺人鬼に殺される運命だった。だがそれをキエルが華麗に倒し、変えたわけだ。素晴らしいねぇ」

「よせよ。褒めても何も出ねぇよ。それにルアネが何かしてくれたんだろ」


 ルアネの助力がなかったら、俺はあっけなく殺されていただろう。

 事実なのか、彼女はコクリとうなずく。


「謙虚すぎるのは玉に瑕だが。まぁいい。その通りさ。キエルの身体は私との契約で、格段に強くなっている。君も感じただろう、あの戦いの中で」


 なるほど、それならゴブリンと接戦を繰り広げていた俺が、Bランクの冒険者を簡単に倒すことができたのも納得だ。

 どれぐらい強くなったのだろうか。


「ちなみに俺ってどれぐらい強くなってるんだ?」

「そうだね……身体能力はそこらの冒険者に負けないぐらいになってるんじゃないか。きちんと技を磨けば、歴史に名を刻めるだろうね」


 ………………は?


「……マジか?」

「あぁ嘘は言わないとも」


 想像以上に力が身についているようだ。

 思わず眩暈がする。

 どうなってるんだ。


「なんでそんな力を俺に? ……というより俺はどうなる」


 当然の疑問だった。

 契約とは何かを差し出すことで、力を得る儀式だ。

 そしてもちろん手に入れた力に比例して、代償も大きくなる。

 ここまで俺にとって都合の良い……良すぎる話しか出ていない。

 絶対何かあるはずだ。それも割ととんでもないナニかが。


「なんでって……。そりゃあ決まってるじゃあないか」


 ルアネはそういうと、おもむろにベットから立ち上がる。


「私はね。君が、キエルが欲しいんだ」


 突然の告白。もちろん男女がするような甘いものではない。

 興奮しているのだろうか。

 ルアネの身体から黒いもやが漏れ出す。


「君みたいな存在に会うのは初めてなんだ。死神を視ることができるような。それに聞いて話すことができる人間なんてね」


 ルアネがふらりふらりと目の前まで近寄ってくる。

 身長は俺のほうがやや高いはずだが、それでも気圧けおされる何かがあった。

 今までとまるで違う雰囲気。別人のようだ。

 赤い瞳が俺を射抜く。ゴクリと喉がなった。

 俺の頬にそっとルアネの手が添えられる。

 身体の芯まで震えてしまいそうな冷たさ。


「だから君の魂がどうしても欲しい。手元に置いておきたい。でもまだ未熟だ。私の死因、戦死にふさわしい魂じゃあない」


 耳元でささやかれる。

 その吐息は獣のようだった。


「だから君に戦士となるための力を与えたのさ」


 ニコリと笑う彼女。だがその笑顔は決して人のものではなく、

「君は近いうちに必ず戦いの中で死ぬ。一人の戦士としてね」

 まぎれもなく死神そのものだった。


 ◇


「思ったより、落ち込まないんだね」

「まぁな」


 嘘だ。めちゃくちゃ落ち込んでいる。

 えぇ……俺死ぬの。


「死ぬって話だったが、それはいつになんだ」

「さぁ」

「さぁって……」

「わからないものはわからないんだ。明日かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただまぁ長くても一年後には絶対死ぬよ。死神である私がそういうんだから、必然さ」


 まじかよ。

 どんなに長生きしても来年の今頃……春を迎えるころには死んでるのか。

 契約の代償は毎日レモネードを奢るぐらい?

 そう思った過去の自分を殴ってやりたい。

 どれだけポンコツっぽくても、死神は死神なのだ。

 俺の考えが甘かった。

 頭を抱える。


「その、例えばなんだが、戦いに出なかった場合どうなるんだ?」

「ん? 何が言いたいのかな?」

「ルネアは戦死と司る死神なんだろ? だから例えば俺が戦いに出なかったりして、それで死んだ場合どうなるんだ?」


 ダメ元で尋ねる。

 といってもそんなことで逃れられるなら契約なはずがなく。


「それでも戦死するさ。なるように運命が調整されるといったほうがいいかな。例えば今日の彼女、カリオトのように、通り魔に襲われるとか。あるいは戦いに巻き込まれるとか」

「カリオトさんのように……」


 案の定、無駄なようだ。

 確かにカリオトさんは冒険者を引退して、ここ何年か戦いに出たこともないはずだ。

 それでも今回のように戦死しかけたのだ。

 なるほど、死から逃れることはできないということか。


「はぁ……」


 思わずため息が出る。

 今までの冒険でも常に死ぬことを覚悟はしていた。

 そのおかげだろうか。絶望に打ちひしがれるわけではなかった。


 かといって何も思わないわけではない。

 死ぬこと、あの黒いもやに溺れることは怖い。

 知らず知らずのうちに、表情に出てしまっていたらしい。

 ルアネが恐る恐る覗き込んでくる。


「まぁそう落ち込まないほうがいいさ。人間なんていつ死んでもおかしくないんだから。それに悪いことばかりじゃあないさ。なんたって最後には……わ、私みたいな美人に迎えに来てもらえるんだからね!」


 …………。


「…………はぁ」

「ちょっと! なんでため息つくの! 私が美人じゃないって言いたいの!?」

「うそうそ、ごめんって」


 今日会ったばかりの相手だ。お互い、少ししか分かり合えていない。

 それでも今のが励ましだということぐらいはわかる。

 そっぽを向いたルアネの耳は真っ赤になっていた。

 恥ずかしいなら、無理して言わなくてもいいのに。


「ありがとな」


 でも嬉しかった。

 素直な感謝の気持ちが口から出る。

 

 もちろん死ぬことは嫌だ。

 契約を結んだことも少しだけ……後悔している。

 だがルアネがいなかったら、カリオトさんは死んでしまっていたのだ。

 感謝こそすれ、恨むことは間違っている。

 助けられたのだから、ひとまずはいいとしよう。

 どうやらすぐに死ぬわけでもないようだしな。


「ごほん。ふふん、ちょっとは元気が出たようだね。なによりだよ」


 気取りながらルアネはそういうが、相変わらず耳は真っ赤なのだった。




 とはいえだ。


「でもやっぱお前が床で寝ろよ。俺がベッドだ」


 ベッドを使うことまで許すとは言ってないけどな。


「ちょっとなんでよおおおおおおおおお! おかしいじゃない! 今いい雰囲気流れてたじゃない! 譲りなさいよ!」

「おかしくないだろ! 俺のなけなしの金だぞ! だいたいお前浮いたりできたりするんだろうが、ベッドいらねぇだろ!」

「うるさいうるさいうるさーい! 私は高貴なの! 浮いて寝るなんて下品なことはできないの!」

「なら、そのぼろベッドもつらいだろうが! どうしても使いたいなら金払え! 金!」

「お金なんて俗物的なもの持ってないわよ!」

「えぇ……」


 高貴な出とは一体……。

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