1-6 戦い、そして死神は笑う
「いやー助かりますぅ。夜道を一人であるくのは怖いですからねぇ」
俺はカリオトさんの護衛として、家までの夜道を送迎をしていた。
ルアネ曰く、契約は無事結べたとのことだった。
ただ、相変わらず内容は教えてはくれない。
なんでも「実際に体験したほうが早いから」とのことだった。
その後ぼそりと「そっちのほうが面白そうだし」とか言っていたのが聞こえたが。
ともかくカリオトさんと一緒にいろと言われたので、夜まで待ち無理を言って帰り道を共にしているのだ。
(なぁ、本当に出るんだよな?)
(あぁ、もちろんだとも)
頭で念じると、ルアネから返事がきた。
話してないのに、脳内に声が響くのはなんだか奇妙な感覚だ。
ルアネには姿を消してもらっている。
カリオトさんに死神とかいう訳の分からない存在を説明するのは、骨が折れそうだったからだ。
俺の眼の話もしなければならないし。
「ひぃ! 何の音ですかぁ!?
猫が樽を倒した音にビビるカリオトさん。
……こんな性格だ。
死神に付きまとわれてて死ぬかもしれないんですよ、なんて言った日にはショックで死んでしまいそうだ。
今は元気にビビっているカリオトさんだが、何もしなれければこの帰り道に襲われ、自衛のために戦い死ぬ予定だという。
信じられないが、決して嘘ではないのはわかる。
契約したせいだろうか。
死をこれまでより視やすくなった。
その為だろうか、俺はカリオトさんにうっすらと黒い
カリオトさん自身は何も感じていないようだ。
俺がじっと見ていることに気がついたのか、やや恥ずかしそうな顔を浮かべる。
「びっくりしていないですからねぇ。本当にぃ」
「あーわかってます。わかってます」
「むー! 絶対信じてないですぅ! 私も元凄腕の冒険者ですよぉ! こんなの全く怖くないですからぁ!」
腕をぶんぶんと振りながら、怖くないアピールをしている。
腕を振るたび黒い
ルアネはその様子を見て、首をかしげている。
脳内に声が響く。
(彼女の話は本当なのか? いや魂の質的には嘘ではないのだが……)
(本当らしいぞ。昔は【乱心夢想】とか言われていたらしくてな)
良くも悪くも名は知れ渡っていたらしい。
(そ、そうか。その割には疲れ気味のようだが)
ルアネの指摘に促され見てみると、確かに足がふらふらしているようだ。
心配だ。
「カリオトさん、体調悪そうですけど」
「あ、わかりますぅ?」
「えぇ、その、休まれてるんですか?」
「ここ四日ぐらいは家に帰れずに、ずっとギルドに詰め込みでしたぁ。今日は久々のベッドですぅ」
おう……事件が解決していないからか、ギルドの環境はブラックのようだ。
「そ、そうなんすね」
「いやぁ、今回はなぜギルド職員を襲ったのか理由を聞くために、生け捕りにしろとギルド長からのお達しですからねぇ。大変ですぅ」
「へぇ……犯人の名前なんでしたっけ」
「ガイルですぅ。元々A手前のBランク冒険者だったので、排除するのでさえ一苦労なのにぃ……はぁ」
カリオトさんは深いため息をつく。
元Bランクか。
俺がいた元パーティーがAランクだ。
それと比べれば劣るが、戦闘能力がほぼない俺じゃどうしようもないな。
「まぁ悩み事は明日することにしますぅ! とりあえず、今日は思いっきり寝ることにしますぅ! さっさと帰りましょう!」
「それはいいんですけど……この道を通る必要あります?」
ようやく言えた。
カリオトさんがあまりに堂々と歩いていくものだから何も言わずついてきたが、気づけばあたりは汚い路地裏だ。夜なのも相まってとても暗い。
これじゃあ襲い放題じゃないか。
「ありますぅ。この道を通れば、いつもよりも20分は短縮できますぅ。すなわち20分寝る時間が増えるということですぅ。なんですかぁ。キエルさんは睡眠時間の確保は大切じゃないとお思いなんですかぁ?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
光彩のなくなった眼をしているカリオトさんに睨まれ、思わず気圧される。
睡眠不足で身の危険にまで頭が回っていないようだ。
「まぁ大丈夫ですよぉ。今日はキエルさんがいますしぃ。それに
バルンと胸を張りながら、なんとも不穏なことをいうカリオトさん。
(私が看取ってきた奴らも、こういうことを言った後に死んでいったぞ)
(余計なことを言うな)
ルアネの声に思わず、ツッコミを入れる。
だがそのおかげだろうか。
頭上からカリオトさん目がけて、黒い
「危ない!」
「はわぁ!」
慌ててカリオトさんを押し倒す。
ドス!
不吉な音が背後から響く。
慌てて振り返るとさっきまでカリオトさんがいた場所に、ナイフが突き刺さっていた。
気がつかなければ……。思わず身震いする。
「キヒヒ、なーんで避けられたんだ?」
耳障りな声とともにそいつはおりてきた。
(ふむ。品がないが……よく鍛えられているな)
ルアネの言う通りだった。
下品な顔を浮かべており、悪人といった風貌だ。
だがその身体はあまたの戦いを乗り越えてたことが伺えた。
悪い予感がする。
カリオトさんが叫ぶ。
「あ、あなたは! 【堕落者】ガイル!? なんで!」
予感は的中した。
こいつが最近ギルド職員を殺している犯人か!
「キヒヒ、なんでこんなところにって? そりゃあ決まってんだろ。あんたをぶっ殺すためだよ」
「ふぇえ! わ、私をですかぁ!」
カリオトさんが怯える。
どうする。
相手は元Bランク冒険者。
俺が倒せる相手ではない……だが。
「あ? なんだてめぇ?」
カリオトさんを庇うように、前へ出る。
「キ、キエルさん! 逃げてください! 貴方じゃガイルは!」
あぁカリオトさんは優しいな。
彼女は俺が戦えないことを知っている。
だから自分を捨てて逃げろというのだ。
「嫌です」
短剣を構えながら俺は断る。
「なんで!」
「いいから!」
逃げる?
そんなことはできない。
俺は殺されそうな人間を見捨てるために冒険者になったんじゃない。
一分、一秒でも時間を稼いでやる!
「おうおう、なんだてめぇ、死にたがりか?」
ガイルが卑しい笑みを浮かべる。
「うるせぇ。御託はいいからかかってこいよ」
「あぁ!? 言われなくても殺してやるよ!」
挑発すると、あっさり乗ってきた。
ガイルはナイフを投擲してきた。
俺はそれを
……?
「一本弾いたくらいでいい気になるなよ!」
続けての投擲。
どういうカラクリか5本同時に迫りくる!
「危ない!」
カリオトさんの悲鳴が響く。
だが俺はそれらを
…………?
なんでだ?
なんで俺はさっきから
俺の眼は死を視ることができる。
ガイルがナイフを投げるたび、その軌道を黒い
それを避ければいいだけ……言葉にするのは簡単だが、これまでの自分じゃそれができなかった。
なのに、なぜ今はできているんだ?
最初の1本はまぐれかと思った。
だがその後の5本はおかしい。
偶然の領域を超えている。
「死ねぇ!」
そうこう思っている間に、黒の
またしても投げナイフ。
だが今までと明らかに違う。
ビュン!
渾身の一撃。
目にも止まらない速さだ。……普通であればだが。
なぜか宙でナイフが止まっているように見えた。
こんなに遅くては、避けつつ背後に回り込むこともできそうだ。
…………してみるか。
「ちっ! また避けたか……なっ、消えた!?」
ガイルが目を見張る。
俺が後ろに回り込んでいることに気がついていない?
気がつかれていないようなら幸運だ。俺は短剣を大きく振り、斬りかかろうとするが。
“なぜギルド職員を襲ったのか理由を聞くために、生け捕りにしろとギルド長からのお達しですからねぇ”
カリオトさんの言葉を思い出し、急ぎ短剣の柄で頭を殴打することにした。
気絶しなかったら、危ないかもしれない。
だというのに、俺には加減をする余裕さえあった。
こんな奴に負ける気がしなかった。
だから軽く殴ったつもりなのだが。
ガンッ!
予想以上の衝撃でガイルは壁にたたきつけられた。
そのままピクリともしない。
「ク、クエスさん?」
ぽかんとした顔でカリオトさんが俺を見る。
だがそれ以上に自分自身が戸惑っていた。
俺の身体がおかしい。
「と、とりあえず。俺が見張っているので、カリオトさんは増援を!」
ガイルの胸が上下に動く。どうやら死んではいないようだ。
あまりの衝撃だったので殺してしまったかと思ったが、元Bランクの冒険者なだけある。目が覚める前に捕まえる必要があった。
「ひ、ひゃい! 分かりましたぁ! クエスさんもお気をつけてぇ!」
カリオトさんがぴゅーと来た道を戻っていく。
(いやぁ、凄い凄い!)
そんな一部始終をルアネはずっとくつくつと笑っていた。
……その様子を見て確信する。
俺の身体の変化は、彼女と結んだ契約が原因なのだと。
強くなり嬉しいと思う反面。少し不安だ。
だってこの強さ、絶対何か裏があるだろ。
その後カリオトさんが無事に仲間を連れてきてくれたので、ガイルを引き渡すことができた。
「おお、あのガイルを!」
「これまでギルドの戦闘部隊でさえ撃退されていたのに!」
「素晴らしいですよ、これは!」
今回のギルド職員殺害とは別に他にも悪事を働いていたのだろう。ガイルを捕まえることができたことをみんな口々に喜んでいた。
ちなみにカリオトさんは、犯人逮捕により進展がありそうなので、ギルドに戻ることになった。
「ふえぇ、結局徹夜ですかぁ……。今日も立って睡眠ですかねぇ」
それはそれは哀れだった。
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