1-2 カリオトさんと街の事件

 パーティーを追い出された次の日。

 俺は冒険者ギルドの酒場で、途方に暮れていた。


 ザフールに殺されそうになり気が気でなかった俺は、今の宿にいたら危ないんじゃないかと思い、別の宿へ急ぎ泊ったのだ。

 そして今日ザフールたちが新しいクエストのために旅立ったのを遠目で見送り、自分の本来の宿に戻ったのはいいのだが……。


 部屋に俺の荷物はなくなっていた。

 きれいさっぱりだ。

 宿屋のおっちゃんに聞いたところ、昨日の夜、ザフール一行が訪れ、荷物を全部持って行ってしまったらしい。


「はぁ~まじかよ」


 まさか追い出すばかりか、俺の財産までもっていってしまうとは。

 ここまですんのかよ……。


「ご注文はどうします?」

「あー…………とりあえず水で」


 本日何回目かの水。

 そろそろウェイトレスの眼が厳しい。

 注文したいのは山々なのだが。


「金がねぇ……」


 ため息をつきながら、手元の金を数える。

 長旅に出ることが多い関係で、宝石に換金し自室で保管していたのが裏目に出た。

 俺のほぼ全財産ともいえる宝石は、今頃パーティーで山分けされているだろう。


 ギルドに預けていた金を全額引き出したが、ほんのわずかだった。

 数日もすれば尽きるのは明らかだ。


「クエスト受けようにもなぁ……」


 戦闘能力がほとんどないのだ。

 一人で無理してクエストを受けた日には、死んでしまいそうだ。


「どうすればいいんだ俺は……」


 机に突っ伏す。

 お先真っ暗だ。


「あのぉ」


 失意に沈む俺に声がかかる。

 顔を上げる。


「どうしたんですかぁ、キエルさん!? ひどい顔ですけどぉ!」


 そこには副ギルド長、カリオトさんがいた。

 よっぽど俺の顔がひどかったのだろう。

 心配そうに顔を覗き込む。

 そのせいで胸が無防備だ。

 カリオトさんが少しでも動くたび、タプンタプンと揺れた。

 そう彼女は巨乳だった。


 ◇


「それは……ご愁傷様ですぅ」


 カリオトさんはそういうと、レモネードを飲んだ。

 俺の分も注文してくれていたので、つられるように飲む。

 甘い酸味が話して乾いた喉を潤す。


 どうしたのと事情を聞かれたので、昨夜起きた出来事――俺がパーティーを追い出され、金もほとんどないこと――を話したのだ。

 ちなみに眼のことについては話していない。

 言うと話がこんがらがりそうだからな。


「むむむ、キエルさんが役立たずなはずないと思うんですけどねぇ」


 眉をひそめながら、カリオトさんは首をかしげる。

 それに合わせるように乳が揺れ、俺の視線も寄ってしまう。


 カリオトさんとはそれなりに長い付き合いになる。

 冒険者ギルドはクエストの斡旋以外にも様々な業務を行っている。

 その中にはギルド職員では解決できないようなものもあり、タイミングが合えば手伝っていたりしていた。まぁ、大したことは手伝っていないのだが。

 ともかくカリオトさんとは、そういう縁で知り合った仲だ。

 こうして話すぐらいには仲がいい。


「お世辞でもカリオトさんにそう言ってもらえると嬉しいです」

「違いますよぉ! キエルさんには色々と助けてもらってるのでぇ!」

「はは、じゃあそう言うことで」


 昔助けてもらった恩でも感じているのだろう。優しい言葉をかけてくれる。


「どうしてキエルさんはこう……。まぁいいですぅ。今後はどうするんですかぁ?」

「そうですね。他のパーティーに入れるか相談してみようと思います」


 そういったものの、すぐに入るのは難しそうだ。

 なにせ戦えないのだ。

 いくら元Aランクパーティー出身とはいえお話にならない。


「うーん。そうですかぁ。いやー出来れば、どうにかしてあげたいんですけどぉ。ギルドも今忙しくてですねぇ」


 カリオトさんが申し訳なさそうな顔を浮かべる。その気持ちだけで胸がいっぱいだ。

 ……言われてみれば、確かにギルド内は忙しそうだった。


「その、何かあったんですか?」


 昨日クエストを完了して街に戻ってきたばかりで、気がつかなかった。


「そのぉ、いいですかぁ? これは他言無用でお願いしますよぉ」


 カリオトさんは机ごしに身を乗り出しながら、ひそひそ声で話す。

 無理に身を寄せているせいで、谷間の深みが増している。たまらん。

 思わず鼻が伸びかけるが、次の言葉で正気に戻る。


「実はギルド職員数名が襲われている事件が起きてるんですよぉ」


 カリオトさんが事態の説明を始める。

 その話を要約すると、こうだった。

 ここ最近、この街で殺人事件が多発している。

 そして、なぜか殺されているのは冒険者ギルドの職員のようだ。

 殺され方からみるに【堕落者】ガイルという輩の手口らしい。

 だが足取りは全くつかめていないとのことだった。


「ガイルって? 初めて聞く名前ですけど」

「そのぉ。違う街から流れてきた冒険者崩れでぇ。窃盗、誘拐、強姦に、殺人とかなり怖い人なんですよぉ」


 犯罪のオンパレードだ。


「それでぇ。ギルド全員で捜査をしているんですが、何の成果もなくてぇ。徹夜もしてるのにぃ…………」


 確かにカリオトさんの顔にはクマが浮かんでいた。激務なのがうかがえる。


「そうなんですね。……その、俺に手伝えることありますか?」

「ありがとうございますぅ。お気持ちだけ受け取っておきますねぇ。大丈夫ですぅ。ギルドの戦闘部隊もいるのでぇ。それに冒険者の皆さんは、パーティーの兼ね合いもあると思うので!」

「ぐっ」

「……あ」


 思わず胸を押さえてしまう。

 パーティーを追い出されたばかりの俺にはその言葉は刺さる。


「そのぉ、すいませんでしたぁ。で、でもきっと大丈夫ですよぉ。キエルさんならいいメンバーに巡り合いますってぇ」


 慌てながらも、カリオトさんはそういって微笑んでくれた。

 そう言われると、なんとなくどうにかなりそうだと思うのだから不思議なものだ。


「あ、ありがとうございます」

「気分もよくなったみたいですねぇ。それじゃあこれで! あ、そのレモネードは奢りなのでぇ」

「そ、そんな申し訳ないですよ。払います」

「いいんですよぉ。次に誰か困っている人がいたら、奢ってあげてください!」


 助けられた分だけ、困っている人を助けろ。

 昔から冒険者ギルドに伝わるルールだ。


 軽やかに立ち上がったカリオトさんは、胸をバルンと張ると、

 と言うと、立ち去って行った。


 ……いい人だ。

 落ち込んでいる俺を見かけて元気づけるため、忙しいにもかかわらず話しかけてくれたのだろう。


「よし、俺も頑張るか!」


 奮起する。

 このままここで腐っていても仕方がない。

 出来ることから始めてくか!


 そう決意すると、俺はカリオトさんから奢ってもらったレモネードを一気に飲むと、

「ぶーーーーーーーー!」

 吹き出してしまった。


 でも仕方ないだろ。

 いきなり壁から裸の女性が出てきたんだから。

 ……痴女?

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