第13話 荒ぶる汝に祝福を
「助かったぜ。少しばかり押され気味だったんだ」
「少しどころじゃないわよ! あなたも早く手伝って!」
部屋の隅で目覚めると、そこは戦場であった。
霧の中でうこめく不気味な竜の腕を中心に、無数の光弾が形成され、曲射と直射を交えてこちらの陣地に飛んで来ている。
光弾はガラスのように無色透明、大きさもバラバラだが、概ね板状か楕円形のようだ。
彗星のように尾を引いて、こちらに向かって高速で飛んできている。
対するこっちはこの非常時にぐーすか寝てしまっていた俺と、冷や汗をかきながら瓦礫を壁にして火縄銃をぶっ放すクリフ。
二本の角から放電して角の間に電磁シールドを展開し、それを瓦礫の上に投影することで俺たちを守ってくれている赤い鹿。
そして、それでも防ぎきれない弾群を必死に斬り払っているスクルドがいた。
「はっ!」
鋭い呼気と共に剣閃が閃く。
見た目通り素晴らしい速さの剣士だ。
太刀筋も美しく、必死の抵抗なのにまるで舞を踊っているかのよう。小さく円を描くような足捌きで、次々と弾を斬り落としていく。
だが、その真髄は防御ではなく、攻撃にこそあるのだろう。
薄くだが歯痒そうな顔をしている。美しい波紋の刀剣もボロボロだ。
おそらくこういう使いかたをするための武器じゃない。
そうだ、彼女一人なら敵の攻撃を避けながら、攻撃出来るのだ。
そう思った途端、俺は前に飛び出していた。縦横無尽に剣を振るい、敵の弾幕を斬り払う。
俺たち西の剣士が使う諸刃の直剣は、北東で作られる片刃の刀剣より一撃の鋭さでは劣るが、鍔迫り合いや連続攻撃には向いている。
俺の剣は頑丈さと威力に優れた両手剣だが、その特性はしっかり受け継がれていた。
無色透明な上に極小の弾丸とは考えたもんだが、これくらいでは負けんぞ。
小さいにも関わらず、やたらと重い手応えの弾群を無理矢理弾き飛ばし、言った。
「遅れてすまない」
弾き飛ばした先で次々と爆発が起こるのをバックに、彼女は快活に笑った。
「ほんとよ。残業代はサービスしてもらうんだから」
「了解、あとで領収書をくれ」
冷たい言葉とは裏腹に、俺の謝罪を笑い飛ばしてくれたスクルドに、ありがたく乗っかる。
重い空気は苦手だ。明るい方がいい。戦場でなら尚更だ。
「おいおい、そういうことはこの俺、クリフ様を通してやってくれ。傭兵団の経理を任されてるんだ」
「あら、そうだったの。じゃあ、わたしとエメットの分のお代、お願いね?」
「まっかされよう! とびっきりの剣とどんぐりを用意してやるから、いっちょ頼むぜ」
クリフがふわふわの親指を立てる。
いや、本人的にはそうしてるだけで、実際はもこもこの手の平を見せつけられてるだけなのだが、こういうのは雰囲気だ雰囲気。
「りょうかい! じゃあ、わたしとエメットは攻撃に回らせて貰っていいかしら?」
「頼む。こっちはこのまま防御に回る」
剣と弓を使う彼女を見て、一目で分かった。
スクルドの剣は、というより戦術は攻撃と機動力に大きく傾いている。
装甲を削ってでも敵の攻撃は全て避け、圧倒的な攻撃力で叩き潰す。
可憐な見た目とは裏腹に、実に男らしい。
清々しいまでの短期決戦型。覚悟の決まったストロングスタイルの軽戦士だ。
俺たちガリア傭兵団も概ねそういう戦術だが、ここまで極端じゃない。鎧や額当てくらい付けるし、保険や回復も怠らない。
その蛮族極まりない姿勢には共感と敬意すら覚えていた。
そんな彼女と比べれば、俺の剣や戦術はバランス型だ。
俺たちが陣地を守って敵の注意を引き、スクルドに先鋒を任せるスタイルがいいだろう。
「スクルドの攻撃で隙が出来たところを、一気に畳み掛ける。いいな?」
「おうともさ!」
俺の号令に、クリフが元気よく返事をした。
単純な作戦だが、これ以上複雑な作戦は無理だ。
俺も指揮官用のマントを付けさせられているだけあり、いちおう親父から指揮官としての訓練は受けているのだが、それでも無理なものは無理だ。
なにしろ俺たちとスクルドは、一緒にいた時間が数えるほどしかない。
互いの実力も戦い方も性格も切り札も、なんとなくでしか分からない。
これでは綿密な連携や緻密な作戦など望むべくもない。
だが、俺たちも向こうも戦士だ。駆け出しだが、素人じゃない。
戦術や考え方に違いはあるだろうが、戦士ならば抑えるべき最低限のポイント、論理や感覚がある。
それがあるなら、スタンドプレーから生じるチームワークって奴に、期待する事が出来るはずだ。
自分の力を最大限発揮しつつ、互いが互いを利用し合うことで、戦況を優位に進ませる。
なんて、言うほど簡単じゃないがな。
やるしかないんだ。
「で、あれからどれくらい経った? どうしてこうなったんだ?」
俺は建物を飛び越えて、あるいは貫いて飛んでくる無色透明な弾丸を剣で弾き飛ばしながら、クリフに尋ねた。
分厚い鉄でも切ったかのような感覚が腕に届いたが、構わず逸らし続ける。
横薙ぎからの斬り上げ、肘鉄からの膝蹴りと。
無理に斬るのではなく、ともかく弾幕を捌き、遠くへやることを意識した。
斬ったはいいが、自陣で大爆発でもされたら大変だからな。
しかし、水溜りに映る太陽の位置からして、時間は殆ど経っていない。
いまだスクルドの放った竜狩りの矢は、遠くの方で竜の手と押し合いへしあいしているし、クリフの弾だって五発しか減っていなかった。
たぶんこれ、俺が気を失ってから、二十数えるか数えないかくらいしか経ってないぞ。
なのに、なんだこの弾幕は。
どうして神話の竜との戦いで、科学の国スクルディア連邦との市街戦みたいな状況が発生するんだ。おかしいだろう。
「お前、いつもみたいに寝ながら、こっちの状況を把握してたんじゃねえのかよ」
「すまん。言い訳にしかならないが、生命力と一緒に騎士神や、水に混ざったこの土地の記憶まで流れてきたんだ」
驚き呆れた顔のクリフだが、こっちだって似たようなもんだ。
今まで親父に連れられて、色々なものを斬ってきたが、土地の記憶が流れ込んでくるなんて初めてだ。
ついでに、竜の力を宿した腕も、雷神の力を宿した弓矢に会ったのもな。
「お前、よく死ななかったな」
「よく言われるよ」
親父の課した試練を乗り越えるたびに、自分が少しずつビックリ人間に近づいているような気がしてならず、思わず乾いた笑いが出た。
「まあ、いいや。向こうさん、お前が寝てから十も数えないうちに、魔術で弾幕を張り出したんだよ。それから五数えたくらいで、お前が起きた」
「魔術だと? 腕だけしかないのにか?」
「そうなんだよ! オイラも正直訳分かんねんだ!」
あっ、これは本気で困ってる時の声だ、と長年の付き合いで俺は察した。
一人称が昔に戻っているし、クリフは今、かなりいっぱいいっぱいだ。
クリフは早口でまくしたてた。
「奴が書いても唱えてもいない文字が次々と浮かんできては、攻撃してきてる! 一つ数える間に万を越える数が飛んできてるのに、一発の重さも速さも大きさも全部バラバラ! 何の属性を使ってるのかも皆目分からねぇ!」
無茶苦茶な魔術を行使する敵に、分析することで敵を倒すタイプのクリフが頭を抱えている。
普段なら冷静にしていられるはずの彼が出来ないのは、やはり竜によって魂が蝕まれているからだろうか。
回復、回復が必要だ。
「奴に知能はないから自分じゃ魔法は使えねえ! だが、魔法が封じられた魔導書やアイテムを使えるとも思えねえ! 本能だけで、あんな高度な魔法を使えるはずがねぇんだ!」
「奴は傷ついた体を霧を使って治してただろう? あれと同じなんじゃないか?」
「そんなのはただの身体機能の延長だ! 自然治癒力が竜の力で強化されただけに過ぎねえ! でも、アレは違うだろ!」
クリフ曰く、肌荒れとか骨折とかが治ることの延長線上にある自己修復ならともかく。
あのような複雑精緻な攻撃魔法を行使するには頭脳が、少なくとも心や魂のようなものが不可欠らしい。
そしてそれは、本能のままに暴れ回るゾンビ同然のアイツにあるとは思えない。という話のようだ。
混乱の原因が見えてきたので、俺は口を開いた。
「まあ、これでも飲んで落ち着けクリフ。まず、あのドラゴンは死んでいない。生きている」
クリフの推測は実際に戦った経験を元にしている。
実際俺も、戦った限りでは奴に本能はあっても、理性があるとは思えなかった。
あの変な夢がなければ、奴にまだ心が残ってるなんて思わなかっただろう。
竜は賢い。
竜の中でもっとも数が多く、それ故に最も格下である小型の騎竜や翼竜すらも、人間と同等かそれ以上の賢さを持っている、と言われる。大きなものなら尚更だ。
だからこそ、クリフはその知性を持たないように見えるドラゴンを、心がないと勘違いしてしまった。
実際、頭も付いてないしな。
「ああ、そうでしょうとも。電極に繋がれたカエルの脚だって生きてらぁな」
「違う、違うんだ。奴の本体、水竜はまだ生きてる」
ガキの頃にやらされた、カエルの脚を生きたまま切り取って、電気を流した縁銅豆に繋ぐという残酷な実験。
それを引き合いに出したクリフに、俺はもどかしく思った。
自分とクリフを守るのに精一杯で、話がまとまらない。
というか、変なことを思い出させないでくれ。
頭もないのにビクビクと跳ねる脚を見て心底怖気が走ったのを今でも覚えてるんだ。
『決して命を玩具にしてはいかん。いいな』
命が玩具にされた醜悪な様をまざまざと見せつけられて、決してそんなことをしないと俺たちは誓ったもんだが……
「今回はアレとは似ているようで違う。奴は本当に生きてるんだ」
「マジで? え、死霊とかゾンビドラゴンとかじゃなくて本当に? っていうか、水竜ってもしかして……」
さっき調合した回復薬を飲んで、ようやく顔色が戻ってきたクリフの顔がまた青くなっていく。
「ああ、エッダ湖の水竜だ」
ぽろっ、と手から瓶が転げ落ちた。
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