第2話 初任務 雪の降る朝
早朝。
まだ薄暗い空に雲が白い線を作り、黒い森と雪原を沈みかけの月と星が微かに照らしている。
「それでは作戦を説明する」
空気まで凍てつくような静まり返った空の下で、馬に乗った親父は戦況を話し始めた。
「敵は山賊、数は十七人だ。川辺の村を襲い、今は使われていない領主館に立て篭っている」
「結構、多いのぉ……」
うち一番の古参兵ホルストが槍を片手に合いの手を入れた。
「ああ。こちらは偵察に出ているアシッドを入れても五人。各自、取り逃がさないように動け」
「おうよ。しかしのう……」
「なんだ? 心配ごとか?」
「うむ……こっちの半分はジジイとひよっこじゃ。大丈夫か、と思うてな」
ホルストがこちらを心配げに見やる。
まあ、たしかに、と思う。
ホルストは強い戦士だが、流石に年だ。まだまだ元気だが、全盛期とは言えないだろう。
俺は駆け出しだし、もう一人もそうだ。
負ける気はしないが、余裕というわけでもない。
「…………」
「そうブスッとするな、クリフ」
「……わかってるよ」
ホルストの言葉に、クリフはふてくされたような顔で、ウサギのように柔らかい薄茶色の頭を縦に振った。
狩人帽子を目深に被って、外套の襟に顔を埋めた彼の肩には最新の火縄銃が揺れている。
彼は鍛治屋ホルストの末息子であり、俺の幼馴染みのクリフ。
今回の戦は彼の初陣でもあるのだ。
『俺は北側から攻める。ホルスト、アシッドと合流して東から攻めろ。アーク、クリフ、お前らは南だ』
『分かった。役割は狙撃と陽動か?』
『ああ、そうだ。タイミングはこちらで合わせる。好きにしろ』
親父の指示を思い出しながら、俺とクリフは遠く離れた高台から村を見下ろしていた。
村は全体を巨大な木の柵で覆われていた。西にはそれなりに深くて、流れの早い川が流れており、何の対策もなく入ったら凍死しそうだ。
これだけでも田舎の村には十分な防備だが、この村には空堀と跳ね橋、見張り塔まであった。
「柵だけじゃなく、空堀に跳ね橋まであるのか。ただの村にしちゃ防衛設備が大袈裟だな」
俺の呟きを聞いていたのか、クリフは銃口に棒を突っ込みながら言った。
「あの川の勢いじゃあな。土が削れちまうし、かといってため池のようにしたら凍っちまう。穴ぼこの方がまだマシってわけさ」
「なるほど」
大した防備だ。木の柵なんて、大きさや丈夫さからして殆ど城壁と言っても良い。
もっともそれら施設も奪われ、今や山賊のものになっているのは皮肉だが。
「って、おまっ、そんなに顔を出すなよ。見つかったらどうする気だっ」
「こんなに離れているのに、心配症だな」
しゃがんだまま崖から頭を少し覗かせただけで、怒られてしまった。
こっちが高台にいる関係上、向こうからは6階建ての建物くらいジャンプしなきゃ、見えないだろうに。
だが、臆病さは彼の種族の特性なので、気にしても仕方がない。
置きやすいところにある頭をうりうりと撫でてやると、鬱陶しそうに払われた。
「向こうの気配は掴んでるし、こっちの気配は消している。それに、こっちに来てくれるなら、それはそれで構わない」
「おやじたちの負担が減るからか?」
「ああ。村からここに来るには、俺たちの眼下を通る以外に道はない。少数でのこのこやって来たら、お前とアシッドの良い的だ」
「敵が大群なら?」
「その時は一二発撃って、さっさと姿を眩ませれば良い話だ」
別にここに固執する理由はない。丁度良い場所に崖があったから使っているだけで、別の地点から狙撃しても良いのだ。
それが分からないクリフではないのだが、彼が神経質そうに銃を点検する姿を見て、俺は言った。
「そうカリカリするな。かわいい顔が台無しだぞ?」
「うっせえな。男にかわいいとか言ってんじゃねぇよ」
俺が慣れない冗談を飛ばすと、少しだけいつもの口の悪さを取り戻してきた。よしよし、このまま行こう。
「じゃあ、さっさと敵を片付けてくれ。そのかみなりかん、だっけか、クズ魔石にソフィが雷を入れた……」
「雷管な、雷管。へえへえ、言われなくてもやってやるよ」
ほどよく緊張がほぐれてきたところで、彼はため息をついて、胸ポケットから片眼鏡を取り出して右目に当てた。
キュイーーン、と小さな音を立てて、彼の右目の片眼鏡がいくつものレンズを展開する。
「距離450、風向き北北東、風速3……」
必要な情報を淡々と報告していく。
あのレンズにもそのくらいのことは書かれているだろうが、最初だし一応な。
それに合わせて膝立ちのクリフが火縄銃の位置を微調整し、新鮮な縁銅豆の鞘と雷管を入れて……
「目標、見張り台。撃て」
雷が閃き、銃口から炎と共に弾丸が射出され、見張り台を山賊ごと粉々にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます