食べて下さい。溶ける前に
きばとり 紅
本編
この日のために私は入念に準備を重ねてきた。
2月14日、遍く恋に命を懸ける乙女たちにとって決戦の日、バレンタインデー。
思い馳せる彼にこの気持ちを届けるためにどうすればいいか、必死になって考えたわ。
直接会って告白すればいい、と言うかもしれないけど……
「それが出来たら苦労はしないわっ」
転機が訪れたのは今から9ヶ月前。家の近所に出来た隠れ家的なスイーツ店を見つけた時からだった。
その店は小さくて、どうやって見つけたのか自分でも覚えていないけど、とにかく良い店だった。
何が良いかって、出てくるケーキやその他のお菓子が、まるで宝石のように綺麗だったから。もちろん味も文句なしの極上品で、お値段も手頃で、私は機会ある度にその店でお菓子を買ったの。
そうしている内に、その店を一人で切り盛りしている店長さんと仲良くなった。
店長さんは黒肌の外国人だったけど、とても日本語が上手だった。それにイケメンね。ま、私の彼には負けるけど!
そんな店長さんは、相談した私に一つの提案をした。それは遠い昔から、人が体を超えて気持ちを一つにするために作られてきた、特別なチョコレートの作り方。
店長さんは私にそれを味見させてくれた。なんて素敵な味だろう!
「私もこんな味のチョコレートになりたいわ」
ということで、早速店長さんに協力してもらい、私は9ヶ月掛けて体をちょこっとずつチョコレートに置き換えていった。髪を、目を、爪を、歯を、舌を、骨を、神経を、筋肉を、内蔵を、皮膚を、店長さんが私の目の前で作るチョコレートが私になっていった。
目の前で店長さんが最後の臓器である脳を作っている。白くてふわふわでとってもおいしそうだ。
完成した私は店長さんの手で梱包され彼の家に送られる手はずになっている。
ああ、今から彼に食べてもらう瞬間が待ち遠しい。
せめて、せめて、彼の家の暖房が利きすぎていませんように!
食べて下さい。溶ける前に きばとり 紅 @kibatori
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