SCENE:Ⅲ-ⅰ〖授業とクラスメイト〗

20話


「ふぁあ……」


 堪らなく欠伸が出る。……暇すぎる。


(授業って全部面白いものだと思ってたけど、座学はつまらないなぁ)


 なにせ元々知っている事を懇切丁寧に説明されているのだ。この上なく暇な時間だろう。


(この時間で何人殺せるかな。……一人…………二人…………三人……)


 下らない思考に陥りかけて、慌てて戻す。

 しかし、暇だという問題は未だ解決しないまま。


(うん。寝るか!)


 この後教師からチョークを投げられ、痛がることは想像に難くない。





 実技訓練の授業では能力者を狙う犯罪者達に備え、対人戦闘を前提にした訓練が行われる。

 基礎が出来ない者は基礎から始め、それ以外の者は二人一組になり模擬戦闘をする。

 といっても、Sクラスの面々はほとんどが実用の域まで洗練されている為に実戦訓練のようになっていた。

 そんなクラスの中でも一際注目を集めている組がひとつ。


「授業中に寝ちゃ駄目だろう……」

「暇なんだよ。内容が分からなすぎて」

「なら分かるように努力をしろ」


 弥生がキリッとした顔で言えば、龍真は呆れたように息を吐いた。

 話すのと同時進行で、バシッ、バシッと音が鳴る。

 弥生が龍真の顔に向かって足を繰り出せば、龍真はそれを腕で防いだ後、バランスを崩させる為に手を翻し弥生の足を掴み上に引っ張る。

 弥生はそのまま地面に手をつき体を回転させ蹴りを見舞う。

 そのような攻防がコンマの時間で織り成されていた。


「あの二人、なんなんだよ……話してる言葉は聞こえてるのに、動きが全然見えねぇ……」


 コクコクと周りの生徒も頷き、組み合いの手を止めて二人の動きを見る。

 そう生徒達が戦慄するのも無理のない話だ。


(弥生、頭は悪いけど近接戦闘のセンスは抜群なんだよな。咄嗟の判断も最善だ。青霧に欲しい人材だな)


 龍真は弥生と組み合いながらそう考えていた。

 龍真が本気を出していないにせよ、弥生の動きとポテンシャルは最高だ。


(まあ、今はまだいい。卒業後に誘えばいいんだ)


 あくまで将来の夢が無ければ、の話だが。


「そろそろ勝たせてもらうぞ!」

「抜かせ、俺の方が強い」


 龍真は意気込んだ弥生の腹をそこそこの力で蹴る。

 咄嗟に腕で腹を庇った弥生だが、些か勢いが強すぎた。


「うわっとっと!」


 よろけて後ろに座り込んだ弥生の首に手刀を突きつける龍真。

 クラス内の緊迫した空気が弛緩する。


「あー! 負けちまった!」

「いや、いい線いってたよ」


 弥生に手を差し伸べる龍真。

 その手を取りながら弥生は思考する。


(龍真クン、本気じゃないにしろ学生の領域超えちゃってるよ、これ。まあ楽しいからボクは良いんだけどさ! でも、もう少し動きが速い方がボクとしては楽しいんだけどなぁ)


 実力の半分も出せていない、と弥生は不服に思う。


(まぁ、別にボクも無闇に教師に目をつけられたくないし、これでいいのかも)


 突然楽しそうに笑う弥生に、龍真は不思議に思う。


「にしても、龍真は強いな! その動きは誰かに教えてもらったのか?」


 だが、弥生がそう問えば、龍真はほんの少し顔を引き攣らせた。


「……あぁ。あの人には本当にお世話になっている」


 十中八九、その“あの人”というのは青霧の隊長である柊羽水琴なんだろうな、と弥生は考えた。


(それにしても、動揺が顔に出すぎだよ、龍真クン! そのくらいの質問の答えなんて聞かれるに決まってるんだから事前に考えとかないと)


「そういう弥生は誰に教わったんだ?」

「オレは名前も知らない人だな。師匠は旅人とか言ってた。偶然オレの住んでた田舎町に立ち寄って、気が向いたから稽古をつけることにしたんだと。まぁ、今じゃどこにいるかも分からないんだけど」


 弥生は酷く懐かしそうに顔を緩ませた。まるで本当にその旅人の事を慕っているかのように。


(実際は旅人なんていないし、しかもボクは都会生まれだよ!)


 心中ではこんな事を考えていたが。


「そうか……弥生をこんなに強くした師匠に一目会ってみたかったな」

「オレも久々に会いてぇな」


 いもしない師匠を思い浮かべ、顔に哀愁を浮かべていると、弥生は近くに玲香がいることに気がついた。


「あっ! おーい、玲香ー!」


 玲香はこちらに気がつくとこれでもかと言うほど顔を顰める。


「気安く呼ばないでくれる?」


 走り近寄ってくる弥生に向かって、玲香は足払いをかけた。


「うわっ!!」


 走ったままの勢いで地に倒れ込む弥生。

 これは痛そう、と龍真は弥生に同情した。


「なっ……なにすんだいきなり!!」

「あんたがいきなり走ってくるからでしょ」


 がばりと起き上がって弥生が憤慨するも、玲香は興味無さげに弥生に言い放つ。


(走って近寄るだけで、足払い……。痛くなかったけどさ、オモテにもそういう常識があるのかな?)


 弥生が生活しているウラの世界は、走って近寄ってくる奴は大抵自分を狙っている不届き者だ。

 もしかしたらオモテもそこそこ危険な世界? と、見当違いな思考を密かに巡らせている弥生だった。


(今度アキちゃんに聞いてみよー)


 そして悲しきかな、今や秋は弥生の便利な質問箱となってしまっている。


(アキちゃんに聞けばなんでも分かるよね!)





「ぶえっっくしっ!」

「おい秋汚ぇぞ」

「あ゙ー、すまん。噂でもされてんのかね」

「お前無駄にイケメンだもんな」

「うるせぇ。無駄にってなんだ、無駄にって!」


 その頃の秋は、早速できた友人と共に校庭を走りながら談笑をしていた。


「くしゅんッ!」

「おい……またかよ」

「俺一回くしゃみすると追いくしゃみ出るんだよね」




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