15話


 ボクが声を発してやっと侵入者に気がついたのか、目的の人物はこちらに目を向けた。


「なっ!」


 そしてボクを見た瞬間、絶望をあらわにした。


「な、なんでここに『アビス』が……っ」

「オジサン、本当は分かってるんでしょ? ボクがここにいる理由なんてさ!」


 腕を広げて大袈裟に言ってみせる。

 そしてオジサンの仕事机の上に軽やかに飛び乗った。


「オジサンさぁー、この間怪しい研究所に行かなかったぁ?」

「っ?!」


 アタリ、か。

 また今までみたいに掠らなきゃいいけど。


「ボクはその研究所の情報が欲しいんだよねぇ。教えてくれたら命は助けてあげるよ!」


 まあウソなんだけどね!


「……し、知らない」



 へえ?


「イマイチ信用に欠けるなぁ」

「ほ、本当なんだ!! あそこにはいいクスリがあると知人から紹介されて行ってみただけだし、それ以外のことは本当になにもっ……!」

「へー、そっか」

「だ、だから命は! 命だけはっ!!」

「あ、ごめんねぇ? さっきの話全部ウソだから。君が情報を持っていようがいまいが、ボクのことを見たからには殺さなきゃいけないの!」


 にこやかに言うと、オジサンの顔は青ざめていき、終いには白っぽくなった。

 それを見ながらボクはナイフを持ってオジサンに近づく。


「や、やめろ……やめてくれっっ!!!」


 いくら命を乞おうが無駄無駄。


 ───と、オジサンとボクとの距離が2mも満たない程になった時。




「ち、チサ! そいつは俺の親友だっ!!」
















 ……は?




「そ、そうだ! 俺はチサの親友なんだ! だ、だからやめてくれ!」


 動きを止めたボクを見て、初めてオジサンが勝ち誇ったような顔をする。





 ────違う。そんな筈が無い。


 彼女は聡明だった。こんな奴、友人にするなんて、そんな筈が、ない。



 かつて羨んだ、深紅のロングヘアが脳裏に浮かぶ。








 ────「弥生!」










 ……こいつは嘘吐きだ。

 ボクの敬愛する彼女の親友を騙り、彼女の価値そのものさえも下げようとする愚か者だ。


「ふふっ。……お前なんて、敵にもなり得ない癖に」


 ボクはそう言い男の胸ぐらを掴む。


「あんまり調子に乗らないでよね」


 そして、頭を掴み硬い床に叩きつけた。



 ガッ!



「ぐぁっ!」



 ガッ! ガッ! ガッ!



「がぁッ、ぁ!」


 血塗れの床にそいつの顔を押し付け、ぐりぐりと踏みつけた。


「ねえ、チサって名前、どこで知った訳?」

「うぐ、ぐぅ……」

「おーい。聞いてるんだけど」

「ぐっ……ぅあ……」

「あのさ、呻き声だけじゃなに喋ってるか分からないんだよね」


 ダンッダンッ!!


 ボクは再度男の頭を踏みつける。

 こいつが痛みに喘いでいようが呻いていようが関係がない。

 興味もない。


「何回言えば分かる? チサって、どこで知ったのー??」


 ゴッッ!!!


 男の髪を掴んで床に力いっぱい叩きつけた。

 血が大量に流れている。

 だが、いつもの如く同情なんて沸かない。





「────た……」

「え? 聞こえないんだけどー」

「研究所の、やつ、らが……こう言えば、『アビス』は怯む、と……言っていた……」

「へぇ」


 ぞわり、とボクの纏う空気が騒ぐ。


「じゃ、もうお前に用はないよ。さよなら」


 ボクは持っていた凶器で男の人生に幕を下ろした。

 朱が広がり、ボクの足下に届かないまま止まった。

 ボクはその男の最期を見届け、左耳のピアスに触れる。


 あの人の髪と同じ色のピアス。

 ありふれた、だが世界に二つとしてないそれは、いつからか形見になっていた。










「チサさんまで利用しやがって……。


絶対に許さない。必ず見つけ出して殺してやる……!」






 ─────かつて何度も口にした少年の静かな決意は、誰にも知られず、されど確実に、彼の運命を狂わせていた。



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