第29話
「……どうしたんですかね、ループさん」
「うーん、分かんないけど疲れてるんじゃないかな」
「そっか」
彼女達はバレントに案内された部屋の中でしばらく時間を潰していた。ミリナは窓の外を見たり、部屋の中の気になる所を見ていたりしたが、飽きたのかベッドに飛び込んだ。
食事を終えたばかりで、膨れ上がった胃袋が睡眠を要求してくる。体から力という力が抜けていく。
しばしの微睡みの時間。少女の隣では大きな狼が寝息を立てて、大きく体を上下させている。
時計はないがきっと三時頃なのだろうか、陽が斜めに傾き始め、部屋に入ってくる陽の光が伸びてくる。
風も、砂も、怪物も、どこか別の世界のもののようにすら感じられるほど、静かで平和な時間が流れた。
しばらくすると、アーリの右側にいたミリナがガサゴソと動き始めた。どうやら、眠るのにも飽きたらしい。うーん、うーんと時折唸っている。
アーリは起き上がると、ミリナに話しかけた。
「ミリナさん、平気?」
「あ、いやー疲れては、いるんだけどねー」
「確かにまだ明るいし寝るのには早いよね」
アーリは少し考え、バレントの言葉を思い返した。
「バレントは『城から出るな』って言ってたから……お城の中、見て回ってみる?」
「いいね、それ! 行こ行こ!」
ミリナは跳ね起き、扉を開けて欲しい子犬のようにはしゃいでいる。
廊下に出てもう一度しっかりと確認すると、階段を上がってすぐのバルコニーの中央には、豪華な装飾のされた二枚扉があった。
「まずは、あの部屋!」
ミリナはそこを指差すなり、スタスタと歩いて行って、その扉に手をかけた。
ギリギリと鈍い音を立て、扉が開いていくと、中からは湿気を含んだ古臭い空気が溢れ出てくる。
埃の混じる空気を直に吸い込んでしまったミリナは、顔を背けながらも軽く咳き込んだ。
「大丈夫?」
「うん、平気平気」
「バレント達もここには入ってないんだねー」
部屋の中はかなり薄暗い。陽の光はあまり入らず、クリスタルランタンを持っていなければ、二メートル先が見通せないほどだ。
もちろん空気が出入りする隙間もないため、溜まりに溜まった空気がそのまま残されているのだ。
「うっわー、古い部屋だね!」
「なんの部屋……なんだろう?」
二つの橙色の光が部屋の中に入ってくる。
「結構、広そうだけどー」
それらが部屋の大部分を照らし出すとこの部屋は、彼女達の寝る部屋の二倍ほどの広さがあるようだ。
「それにしては何もない……ね」
アーリがこの部屋で見つけたのは天井を支える二つの柱、部屋の奥まで伸びる朱色の絨毯、そして小さなステージのような段差と、その中央に置かれた少し大きめのワインレッドの椅子。
「豪華な椅子だね」アーリはその椅子の感触を確かめる。「これ、王様の部屋なのかな?」
「おー、なるほどね!」
それが分かるとミリナは、椅子に飛び込んだ。勢いよく彼女が座ると、布繊維に絡まっていた無数の埃が空気に飛び散る。
ゴホゴホと噎せ、涙を目に貯める二人。しかし、彼女達はケラケラと笑い合う。
「ミリナさん、へ、平気?」
「う、うん! 埃まみれの王様になっちゃったけどー」
「なにそれー!」
こんな状況も楽しめる。それもこれも、バレント達を見つけられたからだった。
その後もこの部屋を調べてみると、壁に掛けられた数枚の絵画が目に付いた。
アーリはそれをランタンの光で照らしながら、古めかしい絵の中にいる髭面の男性の顔を見ていた。
「どうしたの?」
「うーん、誰かに似ているような気がして」
鷹のような鋭い目つき、皺の寄った顔。アーリの脳裏にはぼんやりとした影が浮かんでいるが、その輪郭や詳細な造形はゆらゆらと揺らいでいる。
「んーそっかな」
アーリの横で、ミリナもうーんと唸りながら、絵が焼き切れるほど見つめてみる。
「わっかんない! あたしには心当たり、ないかも!」
「うーん、どこかで……」
アーリは床を見ながら、考え込んだ。しかし、やはり思い浮かばない。
彼女達は二階の別の部屋を見てみるが、食堂以外の部屋はアーリ達の部屋のようにベッドが三つある部屋になっていて、彼女達の興味を引くような物はなかった。
「一階とかどうかな?」
「そっか、ホールに別の部屋があったねー! 行ってみよう!」
彼女達は一階に降りた。一階から続く部屋を開けようとするが、ホールの左右の扉は向こう側から施錠されているのか、ガタガタと音を立てるのみで開かない。
「開かないのかー残念だなぁ」
「奥の部屋はどうかな?」
アーリはバルコニー部分の下にある、二枚扉の部屋を開けようと手をかけると、力を入れるまでもなくそこは開いた。
「開いたよー、ミリナさん」
「お、早速探検だー!」
彼女達は既に探検隊気分だった。見たこともない巨大な建物だ、探検したくない子供の方が逆に不自然だ。
何があるのかという、好奇心が彼女の心を満たす。胸がわくわくと高鳴っているのを少女は感じる。
高鳴る鼓動と共にこの部屋の扉を開くと、そこは武器庫のようだった。
「武器庫……かな?」
「やっぱり埃臭いー!」
どこかで嗅いだことのあるような鉄の匂いが充満している。部屋には幾つかのラックがあり、色々な種類の武器がきちんと分類ごとに分けられて収められている。
塚に金属の持ち手が付いている刃の黒い槍や斧、グリップ部分にハンドルの付けられた長剣、先端が黒っぽい金属でできた矢と歪な形をした弓。真っ黒な金属で作られた菱形盾。
「なーんかどれもこれも、変な形だね」
「うん、ロッドさんでもこんなの作らないよ」
アーリは槍を一本手に取ってみる。
ずっしりと重たいその槍は彼女の身長以上の長さがあり、振り回してみようにもかなり難しい。
「意外と……重たい!」
「う……こんなの振り回して……」
ミリナは剣を取ってみるが、やっと引き抜けた程度だったらしい。どうにか動かそうにも、剣先が床を削るのみで、キィキィと耳障りの悪い音を立てる。
やっとの思いで剣と槍を元に戻し、部屋の中を探ってみるが、本棚に幾つかの本が残されているのみだ。
アーリは気になった幾つの本を手に取って、ペラペラと捲ってみるが内容は掠れていてほとんど読み取ることができない。
「武器についての本かな……バレントも古い時代の街って言ってたし、きっとその時の武器なのかな?」
残された図式は武器の細かいパーツや、構成している部分、作り方などがどうやら書いているらしい。
「うーん、難しそう……ロッドさんとか、師匠とかなら分かるんじゃないかなー」
「そうだね、持って帰ってみるね」
アーリは三冊の本を抱えてその部屋を後にし、自分達の部屋に戻った。ループはまだベッドの上で眠りこけていて、窓から差し込む光は赤を帯び始めている。
「今日は休もっか」
「うん、ちょっと疲れたね」
彼女達はそれぞれのベッドに横になる。
ミリナは数分も経たないうちに、いびきを立て始めた。相当疲れていたようだ。
アーリは寝息を聴きながら、布団の上で持ってきた本をいたずらに捲っていく。聞いたこともない難しい単語が並ぶ本は、気づかない内に少女を眠りの世界へ誘っていた。
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