第22話
しゃくしゃくと馬が砂を踏みしめる。その下に先ほどのトンネルと同じ様な石が敷き詰められているが、ルズはなんだか歩きづらそうにしているのが、背に乗っているアーリにも分かった。
先ほどから見えている城がどれだけ進んでも大きくならない。両脇の崩れた建物は何処まで行っても続いており、同じ様な景色が続いている気がする。よくよくみればどれも違うのだろうが、そこまでしている暇もなかった。
「なんか、視線を感じる気がするんですけど……」
「気のせいだろう。人間や怪物の匂いはしない。少なくともこの付近にはだが」
「でも……人が住んでいてもおかしくはないよね、家がこれだけあるんだもん。もしかしたらこの辺に暮らしている人がまだいるかもしれないよ」
「それにしては水があまりないな。これだけ乾いていたら、私たちも——」
「あれって……」
ミリナは馬を止め、左の方を指差している。僅かに残るオレンジ色の陽の光を、キラキラと反射している水溜まりが建物と建物の間から見えている。
「……ミリナ、良く見ているな」
「まぁ、元々盗人だからですかね!」
自慢できることではないのだが、ミリナはそういうと笑った。
砂の中にぽっかりとできた池は、隙間から見て想像したよりもかなり大きかった。
「ちょうどいい、水もあるし日も落ちかけている。この辺で今日は休もう」
「でも……もしかしたらバレントが近くに——」
「休憩も大事だぞ。バレントを見つけてもお前がボロボロだったらどうする。逆に心配させてもしょうがないだろう? それに、この辺りからはバレントの匂いはしないんだ」
「そうだよ、アーリちゃん! 頑張りすぎてもダメだって。馬も疲れてきてるみたいだし、ね!」
「そう……だね!」
一面を砂に覆われたこの場所で、池の周りにだけ背の低い植物と、木々に囲まれている。
もしかしたら、この街に住んでいた人々の水源になっていたのかもしれないと、アーリは過去に思いを馳せた。そもそもこの場所は元々砂だらけだったのか、それとも怪物に荒らされてしまったからこうなったのか。なぜ怪物はこんな所から来ているのか。取り留めのない考えが浮かんでくる。
池の辺りに馬を止めると、ルズとミリナの馬は乾いた喉を潤し始めた。慣れない環境でかなり疲弊していたのだろう。
「がんばったね、ゆっくり休んでね」
アーリが背中を撫でてやると、ルズは心なしか優しい目をした。
「ねぇ、バレント達もこの辺で止まったのかな?」
アーリの問いかけにループは首を縦に振らなかった。
「この辺りに匂いはしない。きっともう少し先で止まったんだろう。これだけ広い街だ、同じ様に池があるんだろう」
「さ、寝るとこには困らないよー! 少し辺りを見て回ろ」
「ふむ、悪くないな。正直この場所を見た時は砂の上で寝る事になるかと思ったが……まぁ草の上ならいいだろう」
ループがそういうと、二人は珍しい物を見る様な目で見ている。
「えっと、こんなに建物があるのに外で寝るんですか?」
「そうだよ、人がいないなら家の中でいいんじゃない」
「アーリちゃん! すこし見てまわろうよ、ベッドとかあるかもしれないし」
「うん、それに調べればなにか、この場所について分かるかも!」
周囲の建物はほとんどが崩れているが、確かに幾つかはかろうじてその原型を保っている。
「……まぁいいか。家の中の方が安全だな」
未開の地で寝床を探そうと歩き出したアーリとミリナの後ろでループはそう呟いた。
「まずはこの家を見てみよっか」
「おー、結構いい感じだね」
ミリナは池のすぐ近くにあった家を指差す。例に漏れずボロボロと外壁が崩れ落ちている箇所もあるが、屋根はまだ付いており、家としての機能を果たすほどには原型を保っていた。
元々ドアがあったであろう空間から中に入ってみると、境目のなくなった廊下が伸びている。壁の色はくすんだグレー。洞窟の手前にあった石の壁と同じ様な材質だ。
入ってすぐの場所には狭い部屋——といっても壁は崩れていて入り口から丸見えなのだが——があり、砂埃を被っている机や椅子、そして石を組み上げた暖炉らしきものなどがある。どうやらこの部屋は団欒する空間であったようだ。
奥には壁が残っていて、ドアのない部屋の入り口もあるが、薄暗くなり始めた家の中では何が置いてあるのかはあまり確認できない。
床は石を切り出して作られているが、半分は砂に埋もれていた。寝ることはできるがあまり快適ではなさそうだ。
「んー、結構いいんじゃん? 机もあ——」
ミリナが机に手を置くと、シャカっという脆い音とともに木製の机は二つに割れた。体重をかけていたミリナはそのまま机に倒れこむように地面に沈んでいく。
「だ、大丈夫⁈ ミリナさん!」
「えへ、平気平気! 地面が砂でよかった! それと薪も作れたよ!」
「かなり長い間雨風にさらされていたんだろうな。あまり不必要に触らないほうがいい」
アーリが差し出した手を掴んでミリナは立ち上がると、コートについた砂を払った。
「奥も、みてみよっか」
そう言うとアーリはその部屋の奥へ進んでみる。どうやらそこは寝室だったらしい。狭い部屋にはマットレスの敷かれたベッドが置いてある。しなびて白っぽくなった本棚もあるが、一冊も本は置かれていない。
「これ、どう? 寝れそうだけど!」
ミリナが慎重にベッドに体重をかけてみると、キシキシと弱ったベッドフレームが音を立てた。こちらもやはり時間が経って朽ち始めている。
「うう……寝れなくはなさそうだけど!」
「最悪ここだな。もう少し見て回ろう、他にも寝れそうな家はあった」
ループとミリナは踵を返した。
「そ、そうですね、ループ師匠」
「ミリナ、いつから私はお前の師になったんだ」
「いいじゃないですか、師匠が一杯いれば、助けてくれる人がいっぱい——」
そんな会話を聴きながら、アーリは少し感傷に浸った。
ここで暮らしていた人はどうなったのだろう。あんまり大きくない家だし、きっと二人暮らしだったのかな。この家以外にもたくさんの家があって人がいて、きっと幸せな生活を送って……。
「アーリちゃーん! 置いてっちゃうよー!」
外からの自分を呼ぶ声に、ハッとさせられ、アーリはその家を飛び出した。外ではミリナとループが待っていた。
「平気ー?」
「うん、ご、ごめんなさい」
「大丈夫か? 疲れたか?」
「ううん、ちょっと考えちゃって。ここの人達の暮らしとか……ね」
「気になるか?」
「ちょっとだけ、ね」
「難しいこと考えてるんだね。あたしは街でもそんなこと考えなかったなー」
ミリナは能天気に次の家に向かって歩き出した。
「これだけ大きな街だからな。きっと資源も潤沢だったのだろうな。まぁそれも怪物が出現するまでだったんだろうがな」
それから彼女達は幾つかの家を見て回ってみるも、どれも破損や風化の具合は違えど、ほとんど代わり映えのない様子だ。
彼女達はもう一つの家を見に行こうと池のほとりを歩いている。
夕暮れ時、もう太陽は山の向こうへと沈み始めた。あと十分もすれば完全に辺りは闇に包まれるだろう。
「ねぇ、ループ。なにかおかしいと思わない?」
「全部が全部同じ様な構造をしているってことか」
「……うん、それもそうだし、なんだか生活していた感じがしないというか」アーリは顎を撫でた。「……本とかもない」
「確かに、これだけいっぱいの人がいたなら写真とか絵とかがあってもおかしくないのにね」
「誰かが故意的に消したのか……それともそういう技術や能力がなかったのか。まぁあまり考えても仕方ないことだ」
「さすが、師匠! やっぱり違いますね」
「……まぁいいか」
彼女達は最後に目星を付けた家に近づいた。壁の破損はところどころあるものの、人の手によってひびや空いた穴が補修された痕がある。
「ここ、なんだか新しいし……人が住んでるのかも」
入り口に扉は付いていないが、ブラインド代わりの布がかけられている。赤と白と青の生地が段々になるように連ねられた生地であった。砂埃を受けて黄色を帯びているが、ドアとしての役目を全うしている。
「風で飛ばされて丁度ここに辿り着いたってことは……無いだろうな」
ループは布を押しのけるように中へ入っていく。
続いてミリナとアーリも中を覗いた。
部屋は先ほど覗いてきた家のどれよりも綺麗だった。窓がはめられていたであろう場所は壁とは別の素材で埋められている。手入れされた机や椅子、同じような布でできたカーペットまで敷かれている。砂が少し積もっているものの、明らかに量は少ない。
「……ほう、これはどういうことだ。人が住んでたとしか——」
「おー、一番いいねー! ここにしよー!」
ミリナは入り口で止まっているループを押しのけて、中へと飛び込んだ。家の中にあるものを手当たり次第に触って嬉しそうだ。
「うん」アーリはそういうと奥の部屋に歩いていく。「……本だ」
そこには少しだけ綺麗にされ、綿の詰め直されたベッドが置いてあり、その脇には本棚があり、ぎっしりと押し込めるように本が置かれている。
この家だけは砂の街の中で明らかに異質だが、彼女達にとっては人間の温かみを感じ取れ、安心を覚える空間であった。
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