第19話 記憶...喪失?

 背中に意識を失ったミーシャと泣きじゃくるホープを乗せ拠点へと戻る。


 怒るイチゴに泣くホープさすがに寝てる場合ではなくなったからなのか、ミルクとシープも起きたようだ。

 介護してるのか窒息させようとしてるのかわからないがミルクがミーシャを抱きしめている。


「ちょっとミルク!!それミーシャ息できてなくない!?」

「え?」


 イチゴが慌ててミーシャをおっぱいの重圧から救出し呼吸が再開される、子を守る母の様にイチゴがミルクを威嚇する。

 流石に背中の上で繰り広げられる争いを止める事は出来ない、喧嘩になっていないだけ奇跡と思う。


 ようやく拠点に到着したので巨大化を解除する。

 イチゴがミーシャを抱えベットまで運び改めて容体を見る。

 外傷は見受けられない、多少かすり傷はあるが、致命傷とはならない、だがミーシャは目覚めない。


「だいぶ大所帯になってきたのぉそれで...どうしたんじゃ?」

「師匠!」「シザース様...それが...ミーシャが中々目覚めなくて...」


 私が言うよりも早くイチゴはミーシャの容体を説明する、私達では何がミーシャに起きているかわからないというのが結論だ...


「ふむ...外見の異常はないようじゃの...一先ず目を覚まさせてみるかの...少々強引じゃがこれしかあるまい」


 そっと師匠がミーシャに手を翳す。


「その魔法は?」

「これは幻術から覚めるための魔法じゃよ、効果は幻術やその類の魔法を解除する、これを利用すると睡眠状態からも解放することが出来るんじゃ、覚えといて損はないぞ」

「なるほど...」

「それより、いつから喋る様になったんじゃ?」

「それは...」


 話さなかったのは個人的な問題だ、ミーシャは私を助けようとし私はそれを拒否してしまった、早い話...なんて声を掛ければいいかわからない、ミーシャは私を救えなかったと後悔してるし、私はミーシャの手を汚させたことを後悔している、もっと違う方法があったのかもしれない、最初に会えた時に話せていたらきっと今とは違ったかもしれない...でもそれは...


「ここは...」

「ミーシャ!!」


 目を覚ましたミーシャは虚ろな目をしていた。

 思わず言葉を発してしまったが驚いては....と思ったが、ミーシャが驚愕しているのが手に取るようにわかる。


「ドラゴンが...しゃべった...」

『え...』

「大丈夫~」「大丈夫じゃない~?」

「ミーシャって...私の名前です...か?」

『え...』

「これは~」「大丈夫じゃない~」


 記憶喪失?もしかしてホープから落馬した時に頭でも打ったのかもしれない...。

 慌てるイチゴに額から汗を垂らす師匠...相当不味い状態なのが伝わりさらに涙をあふれさせるホープが貯めていた涙を一気に溢れさせた。

 訳もわからない表情を浮かべミーシャはホープの頭を撫でる。


「師匠...どうにかできないんですか...」

「記憶領域に干渉することは出来るが繊細な作業が求められる、もし仮に少しでも間違えたら記憶が破綻し廃人になってしまうんじゃ、それにミーシャは生を受けて13年元の記憶量が少ない故に一歩でも間違えれば...わしでは100%大丈夫とは言い切れんのぉ...」

「どうしたら...」


 堪え切れなくなったのかイチゴは家から飛び出した。


「ちょっとイチゴ!」


 ミーシャの事はみんなに任せイチゴの後を追いかける。

 後を追い外に出ると夜空に向かいイチゴは吠える。


「ゼルセラさん!ミーシャが大変なんです!!助けてください!」

「イチゴ...」

「お願いです...ミーシャが...」


 いくら叫んでも返事はない。聞こえてくるのは虫の音ばかり...寂しさだけが木霊する。


「中に行くよイチゴ...ゼルセラ様も忙しいはずだから...」

「ゼルセラさん...もうっ!!なんで来てくれないの!私じゃどうする事も出来ない!!私じゃミーシャを助けられない!お願いだから...助けて!!」


 草原に響く声を聴く者は居ない。

 イチゴの慟哭は天には届かなかったのだ...。


「ほらイチゴ行くよ...」

「はぁ...はぁ...今助けてくれないなら!私ゼルセラさんを許さない!いつか!絶対!!ぶっ殺...」


 最後の言葉を遮るように空は紅く染まり突如落雷が目の前に落ち爆発的な衝撃波を生む。

 土煙は空高くまで伸び煙をなぞる様に雷は駆け抜ける。

 やがて煙の中に見えてきたのは真っ赤な光。十字型に光るその光は一瞬消えた後爆風と共に煙を吹き飛ばす。


「ほう...それはそれは....なんとも楽しめそうな響きな言葉ですね」

「ゼルセラ様...ほんとに...」


 落雷と共に現れたのは本物のゼルセラ様だった。

 桃色の髪に禍々しく光る黒い天使の輪、白銀の翼に深紅の瞳。両手に握られているのは漆黒と純白の二振りの剣。

 真っ赤な瞳には瞳孔の代わりに十字架が刻まれている。

 不気味なまでに口角は吊り上がり出鱈目な魔力を隠す事も無く垂れ流している。


「それで...イチゴ....私を絶対...どうしようと?」


 ゼルセラ様の向ける殺気を前にイチゴは頭を下げてお願いする。


「お願いします....ミーシャを...助けてください...私はどうなっても構いません...お願いします」

「はぁ...まったく...期待外れも良い所です、だけどまぁ...私をおびき出す作戦と言うなら理に叶っていると言えるでしょう....せっかくの宣戦布告で楽しみだったのに...」


 ゼルセラ様はつまらなそうに剣を仕舞い出鱈目な魔力を抑える、すると瞳の十字架も小さくなり光力も弱まり、血の様な空はいつもの静かな夜空へと戻る。

 再度大きなため息をつくとゼルセラ様はイチゴの前に立つ。


「いい覚悟です。ただ、喧嘩を売る相手は慎重に選んだ方が良いです。もし仮に次に挑発することがあればその時は容赦するつもりはありませんから」

「は...はい...出過ぎました....」


 イチゴの反省をしっかり受け止めたうえでゼルセラ様は家の中に入りミーシャの身体を眺める。


「どうでしょうか...」

「見た所後頭部を強打した事に寄る記憶障害のようですね、これ位ならすぐに治ります。はい、終わりました」


手を翳す事も無くゼルセラ様は治療を終わらせる


「これって...超を超える程の高等技術なんじゃ...」

「確かにシザース程度では無理でしょう、まぁこの程度私のご主人様からしたら児戯にもなり得ない程度の技術です」


 記憶の修復が児戯にもならないなんて...流石にもう訳がわからない。


「ご主人様であれば記憶の改竄、からもっとも難しい技術である魂に刻まれた前世の記憶まで改竄することが可能ですからね、まずそれには...途轍もない集中力と綿密な魔力操作技術、膨大な情報を組み立てる処理能力が必要になり、それも年数が経てば経つほど記憶の辻褄を合わせるのが難しくなり...さらに...」

「あの...ゼルセラ様の言うご主人様って覇王様ですよね...」

「えぇ。偉大にして至高で在らせられる最強の御方のグレーステ・シュテルケ様です」

「覇王様っていったいどれくらいすごいお方なんですか?」

「どれくらい...」


 少しの間思案し結論を出す。


「私以上に全知全能であり世界の創造と破壊を一人で行える御方でしょうか...」

「世界の創造と破壊を一人で....」

「知ってるとは思うけど、この世界を創造されたのもご主人様であり、何を隠そう、この私を創造したのもご主人様ですね」

「人体の創造...途轍もないですね...」

「あぁそれと、戦おうと思えば戦えますよ、この世界の果てには覇王城が存在し挑むことが出来る、まぁご主人様に挑むにはこの世界の私を倒す必要がありますが...」

「ってことは...覇王城に行ってゼルセラ様を倒すことが出来たら...覇王様に挑めるってことですか...?」

「挑めますよ?勝てるとは言ってませんが」


 ゼルセラ様の言葉を聞き改めて思う、やっぱりあの人は途轍もない人だ、想像が出来ないくらいには...。


「そろそろ私は戻ります」

「はい!ありがとうございました!ミーシャには会っていかれないんですか?」


 一瞬で治してしまったが、ミーシャはすやすやと寝ている、きっとミーシャも会いたかったことだろう。

 せめて目を覚ました後、一言言ってあげて欲しかった...。


「明日までは安静にしておくこと、特に問題はないけど、記憶を失っていた間の記憶は残らないので多少の認識不一致が発生してしまいます、何が起きたかの説明はシリュウに任せます」

「はい!」


 私達の返事を聞いた後ゼルセラ様は一瞬にしてその場を去っていった。

 私達も一先ず休むことにする、今は起きてくれることを祈るしかない。

 ホープだけは傍にいると言って聞かなかったので今日だけはみんなで寝ることにした。

 結局最後まで起きていたのは私一人。

 一瞬目を覚ましたミーシャの「ありがとう」を聞いたのも私一人だ。

無事でよかったよ。ミーシャ。

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