第288話私人逮捕系動画投稿者に反抗してみた2

 少し歩くと、小ぶりなリムジンが停まっていて、そのそばに執事服の初老の男性が立っていた。手にはイエローグリーンの財布が。先日も会った。僧院家の執事、鈴野だ。

「お帰りなさいませお嬢様。こちらを」

「おまたせ。あ、ありがとね」

 ヒナは彼から受け取ったそれを詩音へと手渡す。

「はい。一応中身確認した方が良いかも」

「あ、うん。ありがとう、ひーちゃん。鈴野さんも、ありがとうございます」

 詩音が頭を下げると、

「いえいえ、荒事担当の別の使用人が取り押さえましたので私は何も。しかし大変でしたね。お気をつけ下さい」

 わかばが耳打ちしてきた。

「荒事担当って、あんた会ったことあるの?」

「いや、俺も始めて聞いた」

 最近雇ったのだろうか。荒事担当という遠回しな言い方が少し怖い。

「あの、それで犯人は」

 奏介は辺りを見回しながら聞くと、

「…………取り押さえた使用人が然るべき機関へ引き渡したのでご心配なさらずに」

 警察という単語が出ないことに少し不安を覚えたが、それ以上は聞かないことにした。

「それじゃ、皆気をつけて帰ってね!」

「失礼致します」

 ヒナと鈴野は車に乗り込み、そのまま走り去って行った。

「まぁ、詩音も気をつけなさいよ? この辺り、最近はひったくりとかスリが多いらしいし」

「ああ、ワイタニさん言ってたよね」

 思い出したように頷く詩音。

「ん? あのチャンネルの人が言ってたの?」

「そうよ。視聴者さんが結構被害に遭ってるらしくて、スリとひったくりを捕まえて動画にするって予告してたのよね」

「へぇ」


 その翌日、ワイタニチャンネルに新しい動画が投稿された。


『ひったくり確保! 女性ばかり狙う最低男だった……』



 昼休み。

 風紀委員会議室でメンバーと弁当を突いていた奏介は雑談で盛り上がっている女子達をぼーっと見つめていた。話題はもちろん、ワイタニチャンネルだ。クラスでも話題になっていた。

「ニュースにもなってたし、人気大爆発ってやつだな。何より、イケメンなんだよなぁ」

 真崎がパンを噛りながら、言う。

「橋間」

「んー?」

 わかばを始め、女子達の視線がこちらへ向く。

「ワイタニチャンネルはスリも捕まえたのか?」

「ひったくりだけみたいよ。後、スリは他の人が捕まえたから大丈夫だってワイタニさんが」

 奏介は昨日のことを思い出していた。


『男連れの女の子を狙うなよ……。あーあ、助けに入るのはまた今度だな』


 不穏な呟きはやけに耳に残っている。

(自作自演か、犯罪の瞬間を撮るためにスタンバってた、とかか)

 奏介はため息を一つ。

(下らないことを)

 今度はヒナへ声をかけた。

「昨日のスリのおじさん?」

「警察に引き渡したの?」

「お仕置きした後にね。被害届も結構出てたみたいだから、逮捕されたみたい。本当は被害者のしおちゃんがいたほうが良かったみたいだけど、結果オーライだったね!」

「へぇ。…………お仕置き?」

「ふふ」

 不敵に笑うヒナである。

「いや、怖いよ、僧院」

「あはは、なんてことはないよ。こういうことしちゃダメだよ? って強めに注意しただけだから。うちのレオナルドが」

「レ、レオナルド?」

 荒事担当の使用人というのはその人物なのだろうか。名前からして外国人のような気もするが。

 しかしながら、ワイタニチャンネルがスリ男の結末を把握しているということは、やはりあの場所で犯罪が起きるのを待っているということなのだろう。

 と、モモがこちらを見ていることに気づいた。

「菅谷君、興味あるの? チャンネル作りたい、とか?」

 何やら期待の眼差しを向けられる。

「いや別に。ん? 作りたいって?」

 わかばは苦笑を浮かべる。

「モモは、あんたが動画配信活動を始めるんじゃないかと期待してるみたいよ」

「き、期待してるわけじゃないけど、何かやるなら、わたしも手伝うから」

 モモはもじもじと両手をすり合わせていた。

「須貝、俺にやってほしいの?」

「なんか面白そう〜。奏ちゃんがやるなら応援するよ! 反抗してみたチャンネル」

 詩音が無責任なことを言ってくる。

「そこネーミング、ありそうじゃないか」

 水果がおかしそうに言う。

「ないない。成り行きならともかく、被害者のプライバシー侵害とか盗撮問題とかあるし」

「確かに、犯罪と紙一重だよな」

 真崎の呟きに女子達も納得の様子だ。

「ちなみに、次回は駅に出る盗撮魔をターゲットにするみたい。予告してるわよ」

 見せてきたわかばのスマホの画面にはチャンネルの告知ページが表示されていた。

「……」

 こうした活動が犯罪の抑止力になるのだとしたら、『良いこと』なのだろうか。

 と、その時。風紀委員会議室の戸が開いた。

「……え?」



 3日後。

 和谷燈矢はとある大きな駅の上りのエスカレーターに乗っていた。前の前に乗っている会社員の女性はスカートタイプのスーツ姿。その横にぴったりと張り付いて、小型のカメラを彼女のスカートの中へ滑り込ませているのは若い男達。

(たく、変態め)

 気づいた女性がもじもじとしているが、一階から三階へ向かう長いエスカレーターのため、逃げられないようだ。

(この怯え顔も撮ってっと)

 エスカレーターから3階へ下りたところで和谷は男の1人の腕を取った。近くにいた女性がびくっとする。

「待って下さい。今、撮影していましたよね? この女性を」

 会社員の女性ははっとして、和谷の後ろへ。

「は? なんだよ、お前」

 明らかな動揺を見せる男達に、『勝った』と心の中で呟いた。

「一部始終は証拠として撮らせて頂きました。スカートの中にカメラを入れているところも。女性に対して、この上なく酷い仕打ちです」

 撮った動画を再生して、スマホの画面を見せつける。

「……っ!」

「こ、このガキ」

 和谷はふっと笑った。

「お姉さん、この人達に撮られてたんですよね?」

「は、はいっ」

 周りの鋭い視線は男達二人に注がれ始める。

「そのカメラに撮られた動画が証拠になるはずです。誰か、駅員さんを呼んでください」

 大声で言うと、何人かが改札口へ走っていくのが見えた。

(これこれ。絵になる構図!)

 被害者の女性を庇いながら、盗撮犯二人と対峙する。良い気分だ。

「おーい、大丈夫ですかー?」

 すぐに駅員が走り寄ってきた。

「あ、駅員さん、この人達が女性を盗撮して」

 和谷が説明しようとした時である。

「いや、違うだろ」

「そうそう。駅員さん、そいつが盗撮魔だよ」

 和谷は、はっとして男達を見た。茶髪男が和谷を指でさす。

「だってこいつ、3日くらい前から駅でうろうろしながら女の動画撮りまくってたし」

「ミニスカートの女ばっかりな」

「なっ!?」

 事実ではあった。3日前から盗撮魔を探していたのだ。ミニスカートの女性を撮っていたのは、盗撮魔の標的だったから。

「えー、つまり盗撮をしていたのは……?」

 駅員も動揺しているようだ。

「このガキだよ」

「オレらは盗撮する振りして、このエロガキを突き出してやろうとしてただけだし」

 茶髪男と短髪の男が和谷を示す。

「ち、違います! 駅員さん、この人達はスカートの中にカメラを入れて撮っていたんです。証拠もあります」

 盗撮する振りなんかではなかった。スカートの中にカメラを入れていたのは事実だ。

「3日前から女を物色してた盗撮野郎に言われたくねぇよ」

「正義の味方面してんなよ、ヤラセのワイタニチャンネルさんよぉ」

「! ぶ、侮辱だっ! 失礼な」

 和谷のチャンネルのことを知った上で罠を仕掛けてきていたらしい。

 ざわざわし始める周囲。


「え、ワイタニチャンネルって私人逮捕系の?」

「盗撮魔捕まえるって話だっけ? てか、ヤラセ……?」

「自演てこと?」


 いつの間にか水掛け論になっていた。彼らが盗撮していたのは間違いないのだ。しかし、3日前からミニスカートの女性を撮っていたと言われてしまえばそれも事実だ。

(いや、待て、スカートの中を撮ってたのは完全アウトだろ)

 女性を撮っていただけなら、まだギリギリ許されるはずだ。

 和谷は茶髪男を指でさした。

「論点をすり替えないで下さい。どう考えても、スカートの中を撮るのは犯罪です」

「何言ってんだ。中も外も勝手に撮るのは犯罪だろーが。つーか、オレらはスカートの中なんざ撮ってねぇし。なぁ?」

「ああ、その通り」

「くっ……」

 この余裕の表情、おそらく本当に撮っていないか消したのだろう。 

(ど、どうしよう)

 一方和谷は3日前からの動画は全て保存している。それが盗撮の証拠だと言われてしまったら……。

(まずい、こいつら)

「とにかく駅員さん、盗撮犯捕まえる振りして、盗撮してんのこいつだから」

「そうそう。こいつのスマホ、絶対真っ黒だぜ? 調べてみろよ」

 和谷はカッとなる。

「そ、それなら、あなた達のも」

「良いぜ? 撮ってねぇからな」

 非常にまずい流れだ。

「観念しろよ、変態盗撮魔」

「自演でヒーロー気取り野郎が」

「っ……!」

 と、その時。

「いや、変態はお前らだろ」

 横から聞こえてきた声に和谷、茶髪男、短髪の男がそろって視線をそちらへ向ける。

「撮ってねぇも何も、女性のスカートの中にカメラ突っ込んでんだからセクハラだし痴漢だよ。てめぇらにこいつ責める権利ねぇだろ」

 男子高校生だった。桃華学園の制服だ。つまり、奏介である。

 周りが一瞬、しんと静かになったような気がした。

「は……? んだと!?」

「お前らの罪状は痴漢とセクハラ、だろ」

 奏介はスマホを見せつける。そこには、スカートの中にカメラを入れている様子がバッチリと写っていた。3秒ほどの動画ではあるが、鮮明だ。

「こ、これこそ盗撮じゃんか!!」

「何言ってんの? スカートの中にカメラ入れてたから証拠として撮影してんだよ。裁判にも使えるように証拠を撮るのは当たり前だ」

「さ、裁判……?」

 現実的な言葉に男達は固まる。

「で、そこのお前」

 いきなり割り込んできた少年の睨みに体がびくっとなる。

「証拠撮れたらすぐに止めろよ。嫌がってる女性を放置して、なんで一分以上カメラ回してるんだ。お前、動画の尺のことしか考えてないんだろ?」


○あとがき○

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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