第287話私人逮捕系動画投稿者に反抗してみた1
高校生の
「だめですよ」
冴えない中年男の眉がピクッと動く。一瞬、顔を引きつらせたが、
「と、突然なんだよ、兄ちゃん」
「どんな事情があろうと、万引きは犯罪です。お金に困っていたとしても、他に方法があったはずです」
中年男は目を見開くが、掴んでいた菓子パンを離して、両手を上げた。
「か、勘違いだ。オレは何もしてねぇよ!
立ち去ろうとする男の袖を掴み、和谷は丁度近くを通った店員を呼んだ。
「この人が未会計の商品をカバンの中に入れていたので」
「え」
店員は中年男に疑念の目を向ける。
「いや、だから勘違いだって。その坊主にそう見えただけで」
中年男は、しどろもどろになりながら答える。
「お客様、大変失礼ですが、目撃した方がいる以上、カバンの中を確認させて頂いてもよろしいですか? 何もなければ、それで問題ございませんので、ご協力をお願いします」
「いや、それ拒否権あるよな!? 嫌に決まってんだろ! あ、てめぇ」
和谷が男のカバンを少し強引に開いたのだ。すかさず中を覗き込んだ店員は表情を険しくした。
「これは、うちの商品のようですね」
「っ……」
店員はカバンからメロンパンとソーセージパンを取り出した。
「事務室へ来て頂けますか?」
「……」
「店長を呼んできますので」
何人かの店員に囲まれて、連れて行かれる様子を、和谷は自身のスマホでこっそり撮影していた。
胸ポケットに動画録画機能をオンにしたままスマホを入れているのだ。
「ああ、お客様。ご協力ありがとうございました」
「いえ。じゃあ僕はこの辺で」
会釈をしてスーパーを出る。
それから、そのまま帰宅した。親と顔を合わせた後、自室へ。
「よーし、緊張したけどやった〜。へへへ」
カバンを勉強机へ置き、ベッドへ腰掛け。
それから自室内にカメラを設置、録画を開始した。
「はい! 皆様、ご視聴お疲れ様でした。万引き犯無事逮捕でございます。情報を下さった視聴者さん、本当にありがとうございました。1ヶ月も張り込みした甲斐がありましたね。次回は電車での痴漢行為の摘発に参りたいと思います。女性の視聴者さんから痴漢が多い路線の情報も頂いてますので。よろしくお願い致します。調査報告は後日アップしますので見てくださいね」
エピローグとしての動画を取り終えて、ふうっと息を吐く和谷。
編集してアップした動画の再生数は数十万を越え、たくさんのコメントがついた。
和谷の動画サイト配信者としての活動は、警察が見逃しやすい超軽犯罪を独自で取り締まることだ。
○
昼休み。
奏介と真崎が風紀委員会議室へ入ると詩音と水果がスマホで何やら動画を見ているようだった。
「あれ、このBGMって」
真崎が何か気づいたようで、そう言って、
「ワイタニチャンネルか」
二人に問いかけた。
詩音は頷く。
「そうそう。人気だからちょっと気になっちゃって」
「結構最近は過激なことをしてるみたいでね、話題になってるよ」
水果に説明され、奏介も気づいた。
「ああ、俺も見たことあるな。万引きGメンみたいなことしてたやつ」
おすすめとして表示されると、つい見てしまうのは現代人の性だろうか。
「今回は痴漢してたおじさんを捕まえて駅員さんと警察に引き渡したんだって。ほら、100万再生」
「100万は凄いな」
奏介は画面を覗き込みながらそう言った。
「コメント欄、絶賛の嵐だね。特に女の人のファンがめっちゃいるみたい」
詩音がコメントを一つ一つ読みながら言う。
「まぁ、警察が手が回らない軽犯罪を取り締まってるから、困ってた人は喜ぶだろうな」
真崎も納得したように頷いた。
奏介も少し考えて、
「痴漢か。確かに。勝手に捕まえるのは良くないことなのかもしれないけど、被害者が救われるなら全て否定は出来ないよね」
「こういうの、私人逮捕って言うんだっけね? 菅谷は詳しいんじゃないのかい?」
「いや、知ってはいるけど、このチャンネルがやってるのはそれに当てはまるのかな」
私人逮捕には法律で定められた条件がある。必ず現行犯であること、私人逮捕後(拘束している状態)はただちに検察官や警察官に引き渡すことなどだが、他にも罰金の金額や対象者の罪状、状況なども満たさなければ出来ないらしいのだ。一歩間違えば逮捕者が暴行罪になる可能性も秘めている。
「あ」
と、詩音が声を上げた。
「どうかしたのかい?」
画面を覗き込んだ水果は眉を寄せた。
「このコメントかい?」
「うん。ほんとかな?」
詩音と水果のやり取りに奏介と真崎は顔を見合わせる。
「どうしたの?」
「アンチコメでも見つけたか?」
奏介の疑問と真崎の問いに、詩音が首を横に振った。水果が口を開く。
「えーっと、ノノコさんて人のコメントだね。一ヶ月前に大学生の兄を盗撮犯として警察に引き渡されたけど、兄はそんなことしてないと今でも言っています。話も聞かず、大声で騒ぎ立てて警察を呼んで連れて行かれたと。一瞬だけど顔も映されたから、今は兄は外を歩けません。どう考えてもおかしいです」
なんとも苦い気持ちになるコメントだった。返信欄ではファンとアンチがバチバチに喧嘩をしているし。
「あー……」
詩音も脱力したようだ。
「本当かどうかはわからないけど、警察みたいに証拠を集めるための捜査をせずに、その場の状況やその人の行動で判断して突撃すると、冤罪になる可能性もあるし、動画にしてネットにアップしたら名誉毀損だよ。その人が何もしてないならね」
「ああ、何もしてないのに犯罪者として動画に出演させられたら堪らないだろうな。……難しい問題だな、これ」
真崎もうーんと唸った。
○
放課後。
奏介は、詩音、ヒナ、わかばと共に下校していた。
水果とモモは演劇部、真崎は用事があるらしく先に帰宅した。
「あー、そのチャンネル話題よね。見てると結構スカッとするわよ? なんかこう、下心なくて世直しのために頑張ってる感じ。視聴者さんの意見を聞いてくれるし、被害者の人を気遣ってたり」
「あはは、わかばはああいう感じのイケメン君好きだもんね」
ヒナのからかいに、視線をそらす。
「……いや、好みなんだから仕方ないでしょ……?」
「ちょっと分かるなぁ、サラッと格好良いこと言うんだよね、ワイタニさん」
詩音とわかばの反応からも、ワイタニチャンネルがヒーロー的な存在になっているのがわかる。
「そうそう。ああ、でも最近は本当に過激よね。ワイタニさん格好良いんだけど、ちょっと怖くなる時があるわ」
ワイタニチャンネルのファンらしい、わかばからもそういう意見が出るということは本当に行き過ぎ行為があるのだろう。
「ねぇねぇ」
ヒナに背中を突かれて振り返る。
「菅谷君的にはどうなの? 私怨とか頼みごと以外で、世直しのために制裁してる人って」
「んー……。純粋に世直ししようとする気持ちは分からないけど、俺もその場でイラッとすることあるしな」
「あ、ボクもあるかも。なんか紙一重だね。ついやっちゃったってあるもんね」
否定できない。
と、その時。
詩音に中年の男性がぶつかった。
「きゃっ」
短い悲鳴を上げた詩音がわかばに支えられる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「気をつけろよ、ガキ!」
そう言って走り去っていく。
(ん?)
歩きながら、ズボンのポケットに手を入れた男、ちらりとイエローグリーンの財布が見えた。
「しお、財布は!?」
「へ? あっ」
肩掛けカバンのファスナーが開いていた。どうやら中にあったはずの財布がなくなっているようだ。
「え、まさかスリってやつ?」
わかばが顔を引きつらせる。
「っ! 追いかけるか」
真崎が入れば一緒に走ってもらうところだが。
するとヒナがスマホを取り出した。耳に当てる。
「もしもし、ボクだけど。そっちに走って行った、全身グレー服の四十代くらい、メガネに野球帽のヒゲ親父締めといて」
奏介、詩音、わかば、動きを止める。
「あー、えー、ひーちゃん?」
「ヒナ、今誰との会話?」
「うちの使用人さん。この先で待たせてたからさ。多分、財布無事だと思うよ」
笑顔でピースを作って見せる。
中々インパクトが強い会話だったが。
と、奏介は背後の視線に気づいた。
そしてボソボソと呟く声。
「男連れの女の子を狙うなよ……。あーあ、助けに入るのはまた今度だな」
振り返るが、声の主はすでにいなかった。
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