第245話パーティに気に食わない先輩と彼氏を呼んで馬鹿にしてきた社長令嬢の妹に反抗してみた
ネクタイを掴まれて、引き戻された。
「!?」
力任せに壁に背中を激突させられる。
「痛っ」
首を締め上げられて、目を開けると、同年代の少女がにやにやと笑っていた。
「……え?」
まったく見覚えのない顔である。いくら思い出そうもしても、目の前の彼女に心当たりがない。
「めっちゃ良かったねぇ。姉様をぶっ潰してやろうって気概が感じられてさぁ」
「姉様?」
「あたしは岸見みはな、リユの妹」
不気味な笑みを浮かべる。
「い、妹」
つまり、あの会場にいたということだろう。
「そうそう。ねぇ? 祠アイの彼氏役、菅谷奏介?」
「……なるほど。もしかして脅しに来た?」
少し動揺したが、感情を出さずに問う。
リスクはつきものだ。あれだけ目立ったのだから、目をつけられてもおかしくない。
「別にこっちから脅すものもないっしょー。むしろ、あんたに楯突いたらうちの会社の信用問題になるしぃ。てか、ボタン1つでネットに拡散されるようになってんじゃないのぉ?」
「……」
「あたしが来たのはねぇ」
次の瞬間、思いっきり左頬をぶっ叩かれた。
「ぶっ!」
不意打ち過ぎて、目の前に火花が散った。口の中が切れたのか、血の味が広がった。
「ちょっとした仕返し。あんな大勢の前で姉様に恥かかせて、放っておけないっしょ? おバカだけど、大好きなんよね、リユ姉様」
「痛ぅ……」
殴られるのは久々だ。頬が熱を持ってジンジンする。
と、首元が楽になった。
「ふぅ。スッキリしたぁ。めっちゃ強気だったあんたの間抜け面見れて満足満足」
すっと離れて、みはなは伸びをした。
「さて、帰ろっかな」
奏介は呆然とした。録音を開始したというのに、これ以上の暴力を振るうつもりはないらしい。
「お前」
「ん? どうするぅ? あれをネットに流すー?」
「……いや」
あの動画は岸見リユに対する脅しだ。妹に一発叩かれたからと言って、簡単には使えない。
(姉への制裁への仕返しか。ビンタ一発……)
「やーっぱり。馬鹿みたいに律儀だねぇ。それじゃ」
みはなは、にやにやと笑って去って行った。
奏介は頬に手を当てる。
「これで済ませられると、どうしようもないな」
ぽつりと、呟いた。
○
自宅マンションのエレベーターで上がり、フロアへ着くと菅谷家の前で詩音と姫が何やら立ち話をしていた。
「あ、奏介おかえり。さっき、アイから連絡が……えっ」
「奏ちゃん、どうしたの!?」
奏介は肩を落とした。頬に触れると、熱を帯びているようだ。ジンジンする痛み。
「あぁ、ちょっとね」
「完全勝利したってアイからメッセージ来てたけど、なんかあったの?」
「その後、岸見リユの妹に一発入れられた。ビンタだったけど」
「い、妹がいたの? ああ、でも今回は奏ちゃんかなり目立つやり方だったから」
詩音がおろおろしながら言う。
「ふーん? なら、妹には姉をぶつけるってことでいいわよね?」
姫が顔の前で拳を握る。姫に任せれば、きっとあの岸見みはなの泣き顔が見れるだろう。
「姉さん、締めるのはいつでも出来るよね。だから」
奏介は言葉を切って、
「ちょっと待ってもらえる?」
その日の夜、ネットの片隅にスレが立った。
○
数日後。
岸見みはなはビルとビルの間にある路地裏にいた。いつもつるむ5人組と一緒だ。
今日、病院から退院してきたクラスメートの陰キャ男子に暴行を加えた後、地面に転がしている。
「うう……」
みはなは、彼の胸元を掴んで上半身を引き上げた。
「あたしがいない日にさぁ、助っ人呼んだらしいじゃない。しかもその後、病院に逃げ込んでたってぇ? 上手くやってくれたじゃん。あんたの親、被害届出す予定なんだっけー?」
「っ……。ちが、あの人達……知らない。知らない、人だっ」
みはなは、彼の頬を思いっきり張った。
「がふっ」
「そういう言い訳いらないんよねぇ。じゃあ、改めて撮影会しようかぁ? 今日は邪魔入らないだろうし」
他の5人もニヤニヤと笑っている。
「あの時は運が悪かったんだよね」
「いやいや、こいつにとっては良かったんじゃない? 泣いてるところを助けてもらえてさ」
「確かに。あの女、美人ていえば美人だったし、陰キャは惚れんじゃない?」
ギャハハと笑う、みはなと5人組。
と、その時、地面に何か柔らかいものが落ちる音がした。
「ん?」
振り返るみはな達。
そこに立っていたのは、奏介だった。手には何やらクリーム色のビニール袋のようなものを持っている。
「よう、岸見みはな」
「……」
みはなは、ゆっくりと立ち上がった。
「あぁ、あんたかぁ。なんでここにいんの?」
「何してるんだよ、お前」
みはなは、クスクスと笑った。
「この気持ち悪い陰キャボコってるだけだけど、なんか文句あんのぉ?」
「ボコってるで済ませんなよ。犯罪だろ」
相当怒っているようだが、それは滑稽に見えた。口だけの偽善者そのもの。
「あー、はいはい。そういうの良いから。仲間入りたいなら入れてやろうかぁ?」
「みはな、あいつ捕まえてボコっちゃおうよ」
「キモオタクと陰キャ合わせておもろいし」
下品な笑い声で笑い合うみはな達。
「さすが、いじめの生配信をしているバカ共は違うよな」
「……はぁ?」
「これ、お前のだろ?」
近くのエアコンの室外機の上に、手帳型のケースをつけられたスマホが立てかけられていた。
カメラレンズがみはな達に向いている。
「……は?」
「ネットでニュースになってるぞ、岸見グループ社長の娘、岸見みはな。何もしてない少年を6人がかりで暴行した上に、ライブで配信するなんてな。イカれてるんじゃないか?」
奏介は無表情で頭をとんとんと突く。
怪訝そうに眉を寄せるみはな。
「何言ってんの?」
「もう配信やめろよ」
奏介はそのスマホを地面に落として踏みつけ、画面を割った。
「……あんた、ほんとになんなの?
意味分からないんだけど」
「配信切ったから言うわ。お前らがその少年に暴行してる一部始終をネットの配信サイトに乗せてたんだ。コメント欄は炎上してたぞ」
「へぇ?」
にやにやと笑うみはな。
「スマホのカメラで配信したとして、遠目であたし達の素性が分かるかなぁ?」
「……」
「考えてなかった? 演技までしたのに間抜けだねぇ」
みはなは奏介に近づいて、前と同じように胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
しかし、彼女の手首が第三者の手によって掴まれた。
「!」
顔を上げると、スーツ姿の若い男だった。見下ろしてくるその目は、氷のように冷たい。
「は!? 誰」
「まぁ、最後まで聞いとけよ。それまで暴力を振るわせないっつー約束だからな」
奏介は自分のスマホを突きつけた。
「ほら、例の配信のアーカイブだ」
配信が切られた後に動画として残る、それがアーカイブだ。
そして、再生した瞬間に映ったのは岸見みはなだった。
「え……?」
動画の中の岸見みはなは、両手で手を振って笑顔。
『岸見グループ社長の娘、岸見みはなでーす。今から、クラスの根暗男子ボコりまーす』
みはなは、びくりと肩を揺らした。声も自分にそっくりだった。若干機械的な気もするが自分の声だ。
『6人で蹴ったり殴ったりした後、ヌード撮影会しまーす! 最後まで見てくださいね〜。開始まで少々お待ち下さい〜』
そこで画面が真っ黒になった。音声、雑音は続いているので移動中だろうか。そして数分後。
少年と女子高生6人組が現れて、予告通り暴行が始まった。
「何、これ?」
最初の挨拶は心当たりがない。
「岸見グループ社長の娘が楽しくいじめを配信してる動画だよ」
奏介は鼻で笑った。
「お前、頭おかしいんじゃないか? 岸見グループの名前を出して、わざわざ社長の娘だと本名を明かして、その上で暴行いじめ。岸見グループの信用問題だぞ」
みはなは顔を引きつらせた。
「な、何言ってんの!? これはあたしじゃないっ」
「じゃなくても、この配信みた奴らは岸見みはなだと思ってるんじゃないか?」
「っ……! ふざけんなっ、勝手に何してんだ!」
「俺とあの少年に暴行したクズにその言葉、そっくり返すよ。ていうか、勝手なことされんの、理不尽だろ? こんなことをされて、怒りが湧いてくるだろ?」
制服のポケットの中で、スマホの通知音が鳴り止まなくなっていた。
恐らく、配信に関することだろう。
「お前がやってんのはそういうことなんだよ。お前の姉も大概だけどな」
「っ……! なんてことすんの!? 岸見グループにどんだけ影響が出るか! あんたには一発で済ませてやったのに、仕返しの内容が見合ってないっ」
奏介は鼻で笑った。
「仕返しの内容を見合わせる筋合いはない。勝手にふざけたことしといて、3倍返しされない自信があったのか?」
奏介は自分のスマホを操作して、配信サイトのアカウントを消した。
「アーカイブは消してやったけど、色んな場所に動画が拡散されてる。全て回収は不可能だ。証拠も隠滅したし。岸見グループは、どうなるんだろうな?」
男性がみはなの手首を離すと、呆然と座り込んだ。この先どうなるか、想像して怖くなった。
「やめ……どうにかして! 嘘だったって、言って!」
威厳ある父の顔が浮かぶ。父はどんな顔をするだろう。想像出来ないが、きっと表情が歪む。
奏介はしゃがんだ。
「なんでこうなる前になんとかしなかったんだよ。お前の行動の結果だろ。今さら、懇願してもおせぇんだよ、ドクズが」
みはなはブルブルと震えだしたところで、路地へ数人の警官が駆け込んできた。
「いたぞ! 捕まえろ!」
配信を見ていた警察が動いたようだ。
「大丈夫か!? 救急車!」
「全員拘束しろ!」
バタバタとし始めた現場。奏介と若い男性はそっとその場を離れた。
○
彼と歩きながら、奏介はちらりと顔を見る。
「ありがとうございました。暴力を止めてもらって」
「マジで、ただ止めただけだがな」
彼の本名は知らない。以前、スレでお世話になったいわゆる特定班、『匿名6』だ。
「それに、あいつのいじめの現場とか色々特定してもらって」
「趣味だからな。それと、お前のスタンスは結構気に入ってんだぜ?」
「あの、今後改めてあいつらをボコるつもりですか?」
『匿名6』はふっと笑う。
「そりゃそうだ。今回はスレ主の頼み、お前を尊重する。次はオレの個人的な感情で、純粋な暴力で分からせる。お前は止めねぇだろ?」
「……自由、だと思います。否定はしません」
「じゃあ、またな」
彼は手をひらひらと手を振って去って行った。
(あ、大山先生にもお礼言っておかないと)
岸見みはなに見えるように特殊メイクをしてもらったのだ。まさに自作自演。声の加工もヒナに頼んだ。色々な人に協力してもらった。
ここまでやるのは、自分の過去に起因している。
ふと思う。やり過ぎだっただろうか?
(悪気なくいじめしてる奴に、情けは必要なのかな?)
奏介は息を吐いた。
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