第226話 番外編賭博女の兄津倉橋人after

 津倉橋人はうつむき加減で歩いていた。靴を履き替え、正門へ向かう。転校ピーク時よりはましになったが、耳をすませば聞こえてくる。

「もしかしてあの人?」

「うん。この前の賭博カフェで主犯の一人だって報道あったよね」

「主犯て……もしかしてヤク」

「しっ! やめなって」

 女子生徒達はそそくさとグラウンドの方へ去って行った。

(主犯なはずない)

 わけが分からなかった。妹ユウキはカフェの経営者と共に主犯として報道された。実名は出されていないが、特定などすぐされてしまった。

 しかも、彼女が桃華学園の生徒達を巻き込んで弱みを握り、賭け事を強要していた、と。証言する生徒もいたらしい。その中にはユウキと仲が良かったクラスメートもいた。

(ユウキも、騙されていたんだ。絶対)

 すべて、何もかも、津倉ユウキが悪いと、世間には認識されてしまった。そう誤解させるようなニュースを何度も見た。マスコミは賭博を強要した女子高生というスキャンダルを大いに騒ぎ立てたのだ。

(ユウキが関わっていたのは確かだ。でも)

 寄ってたかって妹を悪者にすることはないのではないかと思う。

「……」

 まっすぐ帰ってこいと言われている。しかし、足が向いたのは賭場となっていたカフェの周辺だった。今は看板も取り外されている。電車を乗り継いで、そこに着いたのは日が落ちた頃。

「ユウキ……」

 そもそも妹は何故犯罪に手を染めたのだろうか。悩みがあったのだろうか。

 と、その時だった。

 ぽんっと何が軽いものが頭に当たった気がした。

「え」

 振り返ると、若い男女数人がこちらを睨んでいた。大学生くらいだろうか。地面に落ちているのはルーズリーフを丸めたものらしく、そこでようやく気づいた。投げられたものが自分の頭に当たったのだ。

「え、え?」

「賭博女の兄貴だろ」

 そこでまたゴミを投げられた。

「うあっ」

 腕でガードするが、先程より大きな紙クズが立て続けにぽんっぽんっと当たる。

「お前の妹のせいで、オレらまで疑われたんだぞ」

「笑顔で勧誘されたの、忘れないんだから」

「このクズ! 犯罪者の兄貴が堂々と歩いてるんじゃねぇよ!」

 痛くはないが、惨めだった。カフェの近くだからか、道行く人が彼らを咎める気配もない。むしろ、そうされて当然だと言わんばかりだ。

 と、自分の前に誰かが立った。

「……?」

 顔を上げるとそこには、

「菅、谷?」

 菅谷奏介が橋人をかばうように立っていた。

「あなた達、大学生ですよね? 道端で他人に物を投げていいと思ってるんですか?」

「そいつは賭博女の」

「だから?」

 彼らは険しい表情をさらに歪める。

「だからじゃねぇんだよ! 賭博女の兄貴を庇うのかよ!」

「その賭博女の兄貴があなた達になんかしたんですか? こいつがあなた達を不愉快にさせることをしたとでも?」

「賭博女の」

「そうじゃなくて、ここにいるこいつがあなたに何をしたんですかって聞いてるんですよ。どっちにしろこいつはクズですが、なんであなた達みたいなまったく関係ない輩に嫌がらせされなきゃならないんですかね?」

「関係ない?」

 女子が睨みつけてきた。

「あたしはね、あの女にしつこく勧誘されたのよ。結局やっちゃったのは自分だから認めるけど、あいつが誘って来なければ」

「何語ってるんですか?」

 奏介は冷めた目で彼女らを見る。

「こいつに何かされたのかって聞いてるんですよ。こいつの妹の話はどうでも良いです」

「ごちゃごちゃ言ってるけどさぁ、そいつの妹なんだから責任があるじゃん。家族なんだから」

「百歩譲って保護者である親には責任があるかもしれませんけど、未成年のこいつになんの責任があると? ていうかそもそも、責任があるからって何しても良いんですかね? 悪いことをした人の家族にならどんなことをしても許されると思ってるんですか?」

 その場がしーんとなる。

「加害者はともかく、加害者家族になら何しても良いとか言う考えが一番腹が立つんですよね。あんたら、ただ便乗して叩きたいだけでしょ。文句あるなら、その賭博女がいる警察の施設に行って石投げてくればいいんじゃないですか? それが出来ないからこいつ叩いて憂さ晴らしするって? やることがダサいんですよね。本当に恨んでるなら、親相手に民事裁判でも起こせば良いでしょ」

「っ……おい、こいつのうざ絡みマジでヤバイわ」

「頭おかしい、ほんと」

「関わらない方が良いんじゃね?」

 彼らは口々に言い、それでも動揺したように去って行った。

 奏介は鼻を鳴らした。

「す、菅谷」

 振り返った奏介は冷めた目をしていた。

「なんで」

「あの連中、かなり前の駅からお前のことつけてた。偶然見かけただけだけどな。なんとなくムカつく展開になりそうだったから、着いてきたんだ。案の定、理不尽なことを」

 相当イラついている様子だ。

「……なんで……助けてくれたんだ」

 最後に会った時の彼の怒りようは今でも思い出せる。

「お前と違って、人の気持が分かるから」

「っ!」

 今の橋人の気持ちが分かると、言いたいのだろう。

 確かに今、誰かに助けてほしいと思った。思ってしまった。

「わざわざこんな所に来るから変なのに絡まれるんだろ。さっさと引っ越し先に帰れ」

「……あ、ああ」

 奏介は橋人の顔を見、

「へぇ、泣きそうになってたんだ」

「え」

 視界が歪んでいることに気づき、慌てて袖で拭う。

「そうやって辛い時に、なんにも事情知らない奴に追い打ちかけられたら、メンタルぶっ壊れそうになるだろ? 小学生の俺にお前がやったことだ」

「!」

 ドキリとした。同級生の石田に怪我をさせた彼に、堪らず声をかけ、その行いを咎めてしまった。何故怪我をさせたのか、橋人は未だに知らないのだ。小学六年生、人の話を聞いて物事を判断できる年頃だったと言うのに。

「す、すまなかった。あの時は」

「別に今更どうでも良いけど、その立場になるとよく分かるだろ。気づけて良かったな」

 奏介は橋人に背を向けた。

「菅谷」

 振り返る奏介。

「一つ聞きたい」

「なんだよ」

「妹は……ユウキは……騙されて無理矢理賭博をさせられていたんだろうか?」

「んなわけないだろ。自ら進んで楽しそうに賭場に出入りして学校でも他の生徒巻き込んで悪質な賭け事して笑ってたぞ。ドクズだ。あいつに同情の余地は一切ない」

 バッサリだった。清々しいまでに。

 橋人はぽかんと口を開けて、がっくりと肩を落とした。

「そう、か」

 敵対していた自分さえも理不尽だという理由で助けてくれた彼が、ここまで言うなら。

「分かった。……さっきはありがとう」

「もう二度と俺にクソみたいな綺麗事ほざくなよ」

 奏介は吐き捨てるように言って、夜の闇に消えて行った。

 橋人は左右に二、三回頭を振り、

「もうすぐテストだったな」

 帰って勉強でもしよう。ユウキのことを、考えるのを止めた。


※津倉橋人は112話登場のキャラです。


 


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