第181話過去のいじめっ子と、奏介と、風紀委員室お昼メンバー

 奏介はそう言い放った。意外なことに丸美と南城は狼狽する。

「は……? 脅しの、つもり?」

「何驚いてるんだよ。お前らは最終的に俺を自殺に追い込んでこの世からいなくなってほしかったんだろ? 手間を省いてやろうとしてんだよ」

 南城はごくりと息を飲み込んだ。

「じ、自殺って、脅すにしても」

「脅しじゃない」

 奏介は感情がこもっていない瞳で二人を見た。

「お前らが死ねって言ったんだろ」

「い、言ってないっ、そんなこと言ってないっ」

 丸美が狂ったように怒鳴る。

「なら、小学生の時、お前らは俺をいじめて、最終的にどうなってほしかったんだ? クラスの雰囲気が最悪? だから消えてほしかったんだろ? 今ちょっかいかけてきてるのも、あの時死ななかったんだから、今死ねってことなんだろ? お望み通り、ここで自殺してやるよ」

 南城は顔を引きつらせた。

「あ、頭おかしいだろっ、どういう解釈をしたら僕らが君に死ねと言っているなんて」

「解釈? 死ねなんて言ってないか。それは初めて聞いたな」

 南城は冷や汗を掻きながら、拳を握りしめる。

「当たり前だ」

「お前の当たり前なんて知らねぇよ。俺とお前は心が通じ合う親友同士なんかじゃないだろ。俺がそう解釈したんだ、おまえがどうこう言う問題じゃない。皆で俺のことを殴ったり蹴ったりしたの覚えてるよな?」

「それは、ただのゲーム、でしょ?」

 丸美は口元を震わせながら言う。言い合いになるとは思っていたが、まさかこの場で自殺をするなどと言い出すとは自傷行為もしているように見えるし、首元に食い込ませている機械が脅しとも思えなかった。

「お尻蹴りゲームな。人間に暴行する目的は一つだよな? 殴り殺そうと思ってたんだろ? 俺をさ」

 奏介の鋭い視線に怨念のようなものを感じる。

「殺そうなんて」

「何言い訳してんだよ。お前らは俺に自殺を強要してんだよ。小学校からずっとな。俺はここで死ぬけど、お前らは物理的に何もしてないから、逃げて良いぞ? まぁ、遺書にはお前らや小学校でのいじめのこと全部書き殴ってあるし、SNSにも流れるように仕掛けしてあるからさ。警察に事情を聞かれるかも知れないな」

 口からでまかせかもしれない。しかし、目の前の彼ならやりかねないだろう。

「そういえば喜島は遊びの延長でいじめだと思ってなかったって言ってたな。あのばかの性格なら納得なんだけどさ、お前らは確実に悪意あったよな?」

 悪意はなかった。喜島と同じだった。そう言い訳したところで、目の前の状況が変わるだろうか?

 丸美は歯を食いしばり、奏介を全力で睨みつけた。

「言いたい放題言ってるけど、あんたは最低の卑怯者だよね」

 奏介の目がすっと細まった。

「自殺なんて逃げじゃない。それを盾にあたし達を脅して言うこと聞かせようだなんて。気に食わないことがあるとすぐ泣いてた小学校の頃となんにも変わってない」

「だから何?」

 奏介の半笑いの問いに戸惑う丸美。

「いわれなくても最低の卑怯者だって自覚してるし、自殺を盾にお前ら脅して社会からの信用落としてやろうとしてるけど、それが何? ドヤ顔で状況説明してなんになるの? 最低だろうが卑怯者だろうが、お前らを不幸のどん底に引きずり込めるならなんでもするよ、俺は」

 奏介はふふと笑う。

「なんなら、どっちか俺を直接殺してみるか? やって見ろよ」

 丸美と南城は固まってしまう。

「まぁ、いいや。お前らには言いたいこと言ってあるし、これ以上話し合う気はない。じゃあな」

 スタンガンのスイッチをオンにしようとした時だった。丸美達の後方から、何か大きなぬいぐるみのような物が飛んできた。

「!?」

 スイッチを入れる瞬間だったので、首元から離してしまう。しかし、ほんの少し触れたスタンガンの先端から電流が走り、

「っ!」

 体の自由が奪われ、地面に倒れ込んだ。

「っ……」

 路地裏へ飛びこんで来たのは詩音や真崎達、そして制服警官。

(なんで、ここに)

 場所や最終的な目的は皆には伝えていなかったはずなのに。

「奏ちゃんっ」

「菅谷くんっ」

 詩音とヒナが駆け寄ってくるのが見えた。真崎が南城達に怒鳴っている。わかばは焦ったように電話、水果、モモは必死な様子で警官と話している。

 奏介はゆっくりと目を閉じた。





 南城達を煽るために自分でつけた傷はともかく、スタンガンの感電の影響はそれほどなく。意識を失ったのはいわゆる迷走神経反射という一時的なストレスや緊張で起きるものだったらしい。

 すぐに意識は回復したが、精神面を心配したのか、医者が一晩泊まることを提案し、翌日の夕方に退院することに決まった。

 その日、面会時間終了一時間前に刑事が二人で病室へとやって来た。

 話を聞きたいとのこと。

「……なるほど、それで二人の前で自殺をしてやろうと思ったと」

 年配の刑事谷口たにぐちが聞き役。若い青年刑事、見王みおうがメモを取っている。

「はい。スタンガンの先で首の頸動脈を切れば良いかと思って」

 実際は電力を上げた改造スタンガンで自殺を計ろうとしていたのだが、生き残ってしまったので、誤魔化すことにする。死んでしまえば知ったことではないが、法律に触れる可能性がある。

 奏介は肩を落としてうつむき加減でさら続ける。

「小学生の頃、酷いいじめを受けてたんです。せっかく高校生になって友達も出来たのに、南城君や丸美さん、土原さん、納谷さんが俺に冤罪を被せてやろうって話してるのを聞いてしまって。それで怖くなって、どうしていいか分からなくなったんです。こんなに悩むなら、二人の前で死んでやろうと」

 奏介は手を目元に当てる仕草。

「……」

 二人の刑事は気まずそうに顔を見合わせる。

「それは、辛かったと思う。だが、自殺だなんて」

「はい、反省してます。……でも、土原さんには実際、万引きの冤罪を被されそうになったんです。映画館で盗撮なんかもされて」

「その話は聞いているよ。スーパーでの映像も見せてもらった。証拠として動画を撮っていたのは君の友達だったかな?」

 奏介はこくりと頷く。

「土原アカノさん達にその指示を出したのが南城泰親君と丸美カナエさんで合ってますか?」

 青年刑事の問いに、はいと答える。

「あの……今回のこととは関係ないんですが、これ」

 奏介はベッドの横の紙袋を彼らに差し出した。

「ん?」

 彼らは中を確認し、顔を引きつらせた。

「小学生の頃にやられました。あの頃を思い出すと本当に辛くて」

「う、ううむ。……君の言い分は分かったよ。思い出させてすまなかった。では、お大事にね」

 刑事達はそのまま病室を出て行った。

 紙袋の中には、ズタボロの体操服や落書きをされた上履き、教科書などが入れられている。母親に持ってきてもらっていたのだ。



 病室を出た谷口と見王は顔を見合わせた。

「あれは下手に注意出来ないですね」

「あぁ。あの様子だと誰も助けなかったんだろうな」

「取り調べをした南城や丸美、土原は菅谷君に嫌がらせをされたと主張しているようですが」

「信憑性は薄いだろう。母親や友人から聞くに相当陰湿ないじめだったらしいからな」

「そういえば、桃華の元非常勤講師兼小学校元教師による暴行事件の被害者も彼ですよね? 谷口さん担当だったのでは?」

「ああ、いじめを受けていた時の担任が土岐、そのクラスメートが南城達だそうだ」

 青年刑事は納得したように、

「卒業して高校生になってまで執拗に追い回して、嫌がらせですか。中々キツイですね。……そんな話を聞くと菅谷くんの行動も納得出来てしまうというか」

「いじめによる自殺は、年々増えているからな」

 刑事達はエレベーターホールへと歩いて行った。



 奏介は病室のドアに耳を当てて、刑事達の話を聞き終え、ふっと息をついた。

(これで土岐達の評判はさらに落ちた、と。そろそろ他の奴らも気づくかな)

 ベッドへと戻る。面会時間ギリギリになるが、母親が着替えを持ってくるらしいのでそれまで待機だ。 

 個室なのでテレビでも見ようかと思っていた時。

 音を立てて病室のドアが開いた。

「ん?」

「菅谷、邪魔するぞ」

 ぞろぞろと入ってきたのは挨拶をしてきた真崎含む昼食メンバーである。

 皆、一様に不機嫌そうだ。

「ああ……。えーと、さっきはありがとう。なんで皆あの場所がわったんだ?」

「奏ちゃんっ! もうっ、バカじゃないの! 本当に何考えてんのっ」

「そうよ、本当に死のうとするなんて、頭おかしいわよっ」

「君のことは尊敬してるけど、あえて言わせてもらうよ! このバカッ」

「菅谷君、もうちょっと考えて行動して」

「こういうこと当たり前のようにやるのは菅谷らしいけど、反省した方が良いと思うよ」

 次々に文句を言われ、奏介はぽかんとした。

「ま、そういうことだ。皆に協力させといて自殺が目的とか、失礼にも程があるだろ?」

 いつもどおりの真崎だが、圧を感じる。

「あ……うん、そうか」

 最近は色々と手伝ってもらっているのに、何も言わずにこんなことをすれば怒って当然だ。

「ごめん。あいつらを……二度と俺をバカに出来ないように、精神的に追い詰めてやろうと思って」

「ボクに任せてくれればそれくらい」

 ヒナが頬を膨らませる。わかばはそんなヒナの頭に軽くチョップ。

「自分の命使うのは止めなさい。あんたなら、そんなことしなくても精神攻撃出来るでしょ?」

「そうだよ、奏ちゃんなら時間かけて、じわじわと締めてくの得意でしょ?」

「どんな信頼のされ方……?」

 とにかく、自殺なんてバカなことはするなと言いたいのだろう。

 よってたかって怒られている状態だというのに、自然と笑いが漏れてくる。

「うん、そうだな。心配してくれてありがとう。皆」

 小学生の頃の夢は今でも見る。飛び起きると泣いていることもあった。そんな夢を見た日は孤独を感じて辛くなる。

(今は、本当にただの夢なんだよな)

 現実は今、孤独とは程遠いのだ。

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