第四章 平和な日常(波乱多め)
第182話不快な動画をサイトにあげていたヤクザの息子に反抗してみた1
昼休み。
奏介が風紀委員室へ入ると、わかば、ヒナ、モモがいて、三人でスマホを見ているようだった。
「あ、菅谷くーん」
ヒナが気づいて手を振って来たので、それに応えつつ歩み寄る。
「何見てるの?」
「ええ、動画なんだけど」
わかばのスマホは流行りの動画サイト『チューブ』を開いているようだ。
しかし、再生されている動画は、
「なんだこれ……」
どこかの飲食店の厨房だろうか。濡れ気味の床に一枚肉を叩きつけた後、それをトングでつまんで、当たり前のようにフライパンで焼き始める。周りからはギャハハと笑い声が聞こえている。
「最低でしょ? こういうことやって再生数稼いでるのよ」
「これ系か」
動画的には皿に盛り付けた時点で終わっているが、この後客に提供したのかしないのか。その他色々な情報が不足しているとは言え、不快な動画である。
すると、詩音、水果、真崎が入ってきた。
「どしたのー? 皆で」
詩音の問いかけに、わかばのスマホに視線が集まる。
情報を共有しつつ、皆で昼食タイム。
「炎上動画か。この肉をマジで客に出してたら警察も動くんじゃないか」
「ああ、衛生的にあり得ないしね。床に食中毒菌がいたら、それがついてるのは間違いないだろうし」
と、真崎と水果が言った。
「お腹痛くなったって人、いないの?」
詩音が首を傾げる。
「ええ、名乗り出てる人は今のところいないみたいよ」
モモは何やら考え込み、
「火を通すとちょっと違うのかもしれないわ」
ヒナは腕を組んだ。
「それか、あまりにも症状が重くて入院してる……なんてこともありそうだよね」
もしそうなら名乗り出るどころではないだろう。
「ん? なんか随分詳しいな、橋間」
奏介に問われて、
「あんたも知ってる人のバイト先なのね。半年前の投稿なんだけど、最近になってこのお店特定されちゃって批判されてるらしいのよ」
肩をすくめるわかば。そして、モモが頷く。
「やった本人達に責任取らせようとしたら、完全に知らないふりされてるらしいわ」
その人物の名前とは?
放課後。
風紀委員会議が終わり、奏介は東坂委員長の席へと歩み寄った。
「お疲れ様です」
「あ、菅谷君。お疲れ様でしたね。もしかして、橋間さんに聞きましたか?」
「ええ、あの動画」
「はい。それで、菅谷君に何かいい解決案がないかアドバイスをもらおうかと思いまして」
聞けば、東坂委員長のバイト先は牛ステーキメインのステーキハウスらしい。
「俺としては被害届を出せば良いと思います。あの動画のせいでお店の評判が落ちてるので業務妨害とかそういう感じの罪に問えると思いますよ。……でも事情があるんですかね?」
奏介に相談する間もなく、被害届提出は当然の選択だと思われるが。
東坂委員長は肩を落とした。
「大学生で
「あー……」
「経営している会社もこの件で損害賠償を請求したいようなのですが、さすがに出来ず。せめてバイトを辞めてほしいようなのですが、クビなんて言おうものなら」
「考えたくないですね」
厄介な人材を雇ってしまったようだ。
奏介は少し考えて、
「ちなみに暴走してるのは唐沢さん一人なんですか? 動画では仲間がいたようですが」
「バイト仲間の、高校三年生の子と二十二歳のフリーターの男性と仲が良いですね」
「そのお二人はやっぱり反社会の?」
「いや、普通の人ですよ。でも、かなり気が大きくなっているようで、虎の威を借る狐という感じです」
反社会勢力の息子に取り巻いているだけの一般人ということだろうか。
「それで、今は動画の行為を店長に指示されたと言いふらしているようで」
それはかなり酷い。店長にはある程度責任がある。そんな証言をされれば、多少は店長も上からお叱りを受けることになってしまうだろう。
「菅谷君にアドバイスを頂きたいのですが」
「あぁ、はい。そのつもりで声をかけたので」
「ありがとうございます」
一日だけバイトの手伝いをすることになった。その間、唐沢達の様子を見てアドバイスをするという形だ。直接口に出さない保証はないとだけ断っておいた。
と、その時。名前を呼ばれた気がして振り返った。
「ちょっと良い?」
大山が小さく手を振っていた。
○
演劇部メイク室にて。
大山にぽんと肩を叩かれ、奏介は目を開けた。鏡には見慣れた女子の顔が映っていた。何故か今日は鏡の向こうの彼女が中学生くらいに見えた。
「どう?」
大山はテーブルの上に置いていたストップウォッチを止める。
「どう、とは?」
「ちょっと幼めの顔立ちにしてみたの。後、ポニーテール」
女装メイクをされるのには慣れてきた。時々彼女の趣味に付き合っているのだが、今日は何やら真剣な表情をしており、メイクにかかる時間なども計っていた。
「はぁ、そうなんですね」
「滅茶苦茶無関心だよねー。じゃあ、写真だけ撮らせて」
いつもの流れだ。メイクをして、完成体として彼女のブログに上げているらしい。目隠しを入れた奏介の顔写真も載せて、比較しているのだそうだ。
「何か大きな仕事でもあるんですか?」
「文化祭近いでしょ? 演劇部が特殊メイクを生かした劇をやるんだって。ほら、私みたいな講師を外部から呼んでるから、活かしたいってことなんじゃない」
「それの練習ですか」
「そうそう。メイク担当の子達に私が指導しなきゃいけないから手順とか確認したりね。菅谷君くらいしか付き合ってくれないから、趣味……じゃなくて練習」
本音が漏れたが、スルーしておくことにした。
「何の劇を?」
「男女の配役をバラバラにした童話か、ゾンビパニックものか、獣人とか怪物が出てくる劇かで揉めてるみたい」
「……後三週間くらいしかないですけど」
「台本は3種類作ってあるんだけど、決まらないみたいね」
「大変ですね」
「ねー。ところで、このまま校内一周」
「嫌です」
「くっ……無理強いすると付き合ってくれなくなっちゃうしな……!」
なんとも悔しそうである。
「あ」
奏介の頭に喜島の顔が浮かんだ。
「先生、俺の知り合いに女にだらしない奴がいるんですけど、この姿なら平手打ちしても文句言われないですかね?」
「うん、やめて? ていうか、そそういう偏見はだめよ。暴力もね」
奏介は頷いた。
「ですよね。まぁ、冗談です」
「あはは、どういう関係なの?」
だらだらと雑談し、三時間ほど大山に付き合って、帰宅することにした。
翌日、金曜日。
今回の付き添いはわかばと真崎になったようだ。週に一回の大掃除の手伝い、ボランティアということで三人一緒に入らせてもらうことになったのだが。
ちなみに東坂委員長は一足先にバイトへ入っている。
道中、わかばはずっと眉を寄せている。
「ヤクザの息子と直接対決すんのはやめなさいよ? 東坂委員長はアドバイスを求めてるんだから」
「あぁ、努力する」
「努力……」
わかばは複雑そうである。
「いざとなったら、おれの知り合いの組長の息子に頼んでやるよ」
にひっと笑う真崎にわかばは青ざめる。
「さらりと何言ってんのよ。てか、何を頼む気なのよ」
「状況に応じてな」
「だからどういう状況よ」
「あ、ここか」
たどり着いたのは大通りに面する、チェーン店のステーキハウスだった。東坂委員長に言われた通り、裏口から中へと入る。細い廊下が奥へ伸びていた。奏介のバイト先、スーパーの裏方に似ている間取りだ。
「お、君達が掃除の手伝いしてくれるの?」
店長は気さくな感じの四十代男性だった。名前は
「倉庫の整理とか掃除とかしたかったんだよねー。ちょっと事情があって従業員が半分以上辞めちゃってさ」
困ったような笑顔は少し気弱そうだが。
動画の影響は思ったより大きいらしい。
「よろしくおねがいします」
三人で頭を下げる。
調理をしたりするには、菌などを持っていないかを確認をする検査を受ける必要があるらしく今日は裏方で掃除のみになる。
と、厨房の前を通りかかると、コック服を着た三人の青年が何やら話し込んでいた。
「え、マージで?」
「マジっす」
「やべぇー」
店長が厨房の入り口へと立つ。
「君ら、注文の料理出来たの? 早くしないと、お客様が」
「お、なんか来た」
「俺達に床に落ちた肉調理させて客に出してた店長じゃないっすかー。まだクビになってないんすか?」
ニヤニヤとこちらを笑う。真ん中で調理台に座り、足を組んでいる、金髪の青年が唐沢のようだ。どうやら、店長に今回の炎上騒ぎを押しつけようとしているよう。
「っ……!」
押し黙る店長、調子に乗って雑談に戻る三人組。
奏介は明後日の方向を見る。
「指示されて素直に従うとか幼稚園生かよ。二十歳近いくせに精神年齢クソガキじゃん」
雑談がぴたりと止む。
「は? なんつった? てめぇ」
凄む唐沢。
奏介は笑顔を浮かべる。
「何か聞こえました? 気のせいでは?」
唐沢は全力で睨みつけてくる。
「あ、今日お掃除のお手伝いをさせていただく菅谷です。よろしくおねがいします」
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