第165話奏介とメイドカフェ2

〜前書き〜

165話166話同時更新しました!


 睨まれたノアは戸惑いの表情で一歩後退。それからすぐに、胸の前で手を組む。

「申し訳ございませんでした、ご主人様。カノちゃんはドジっ子なのでー」

「いや、お前が足を引っ掛けたからだろ」

 言ってやると、ノアは一瞬ムッとした様子で、

「そんな、たまたまそうなってしまっただけですよ?」

 そんなやり取りをしていると、奥から慌てた様子でスカートが長めのベテランぽいメイドが出てきた。

「ノアさん? ご主人様と何かあったの?」

「メイド長、こちらのご主人様を怒らせてしまったようで、カノちゃんが転んだ拍子にコーヒーをかけてしまったんです」

 肩を落として立っていたカノがびくっと肩を揺らした。青い顔をする。

 奏介は目を細めた。やんわりと罪をなすりつけるやり方、何より客を巻き込んでやることではない。怒りが湧いてくる。

「そうでしたか、失礼いたしました、ご主人様」

 深々と頭を下げる、メイド長。

「いえ、メイド長さんは悪くないですしそれより」

 奏介は冷たい視線をノアへ向ける。

 するとノアは視線をそらし、

「ほら、カノちゃんも謝って」

「そうね、カノ、ご主人様に頭を下げなさい」

「は、はい」

 奏介はもう一度スマホの画像を流し、メイド長に見せた。

「こういうことしたのは、そこのメイドさんですよ。俺は……ノアさんでしたっけ? 彼女に怒ってます」

「え、映像?」

 眉をしかめるメイド長。

「お言葉ですが、ご主人様。そういった盗撮行為は犯罪です。こちらのメイドカフェ『メリル』では店内、撮影禁止となっています」

 勝ち誇ったように言うノア。

「カノさんの足を掛けたの、一回じゃないだろ」

「え?」

 見守っていた高平がため息を一つ。

「堂々と転ばせてたよなー。そんで、江戸前のじーさんのトマトパスタが床にぶちまけられたわけで」

「うむ。わしも見ておった」

「俺達が頼んだ料理を運んできたカノさんを転ばせて食べられないように嫌がらせしてきたのはそっち。さらにまた嫌がらせをされたらかなわないから、証拠として動画撮影しました。盗撮って言うけど、悪質な嫌がらせに対する撮影は裁判での証拠になりうるだろ」

「さ、裁判!?」

 大袈裟なとでも言いたげだ。

「ノア、本当なの?」

「いやっ、いやいや、そんなことしてないですよ〜。お客様が自意識過剰なのでは?」

「人にコーヒーかけといて、謝りもせず、真っ先にカノさんを責めてたよな。まずは客の心配しろ。やらかしたのが同じ職場の同僚なら、まずは本人の代わりに謝罪だろ。それで? 俺達になんの恨みがあってこういうことしたんだ?」

 黙るノア。本当はカノをイジメたかったのだ。分かっている。分かっているが、あえてそれは指摘しない。

「へぇ、そうか。言えないほどの恨みがあるのか。まぁいいや。それで、カノさんはノアさんとグルなんですか?」

「へ?」

「転ばされた振りをして、彼女と一緒に俺に嫌がらせをしたかったとか?」

 カノは、はっとして、思いっ切り頭を左右に振った。

「してません、本当に何もしていないのに転ばされたんです。ノアさんに」

「! ……あのさ、カノちゃん。こういう時にそういう嫌がらせすんの?」

 カノはびくっと肩を揺らし、うつむいてぶるぶると震え始めた。

 その様子にノアがにやりと笑った。

「多分、カノちゃんが大袈裟に転んだフリしたんでしょ。あたしに罪をかぶせるために」

「そ、そんな……」

「映像見ると、しっかりカノさんの通り道に足を出して引っかかると同時に後ろへ引いてますよね。後、顔が笑ってる。これってカノさんの失敗がおかしくて笑ってるんじゃないですか? どうですか、カノさん。ノアさんに嫌がらせでもされてたのでは」

 カノはうつむきながらも、コクリと頷いた。

「フロアでご主人様の接客をしていると、わたしがご主人様に対して失礼になるようなことをさせようとするんです。うちのお冷はレモン水なんですけど、お酢とすり替えたものを渡されて運んだら怒られました。転ばされるのはしょっちゅうです。後、皆で共有するはずのメイド長の連絡事項を伝えてくれなくて、無視されて」

 涙を浮かべていた。

 周りのメイド達はばつが悪そうにしている。

 奏介はゆっくりとノアを見た。

「お前さぁ、客を巻き込んでイジメするとか、どういう神経してんだよ。やるなら裏でやれよ。誰の金で働いてんだ、てめぇは」

 ノアはごくりと息を飲み込んだ。

「客に酢の入った水? ふざけんなよ。カノさんに恥かかせる目的で客に飲ませるもんじゃねぇだろっ」

 奏介は音がなる程度にテーブルをたたく。

「メイド長さん、この人、カノさんをいじめながら店潰す気ですよ。ちゃんと叱った方が良いと思います」

「は、はい、申し訳ございませんでした」

「じゃあ、帰りますんで。お店で騒いですみませんでした」

 奏介は高平と江戸前に目配せした。

「お代は、もちろん結構でございます」

 お言葉に甘えることにした。

 三人でぞろぞろと入り口へ向かう。

「カノ、外まで見送りしてらっしゃい」

「は、はい」

 メイド長はノアへ視線を送る。

「お話を聞きますからこちらへ。今、経営者の藤さんも呼びますから」

 ノアは青い顔をして、コクリと頷く。

 そんな姿が目に入った。エレベーターを降りた一階にて。

「ほんっとうに申し訳ありませんでした」

 カノが思いっ切り頭を下げたので、三人で顔を見合わせてしまった。

「いや、カノちゃんマジで悪くないじゃん。良いって、謝らなくて」

「うむ。あの娘御、悪質じゃったしな」

 奏介も頷いて、

「余計なことしたかもしれません。けど、俺、黙ってられない質なんで」

 カノはキョトンとして、

「……凄い、ですね。最近、毎日辛かったんですけど、なんだか少しだけスッキリしました」

 それから笑顔。奏介の前に自分の名刺を出す。

「カノの名刺です。もしかすると、ここは辞めてしまうかもしれませんが。覚えておいて下さいね、ご主人様!」

 彼女は手を振って、エレベータへと乗り込んで行った。切り替えが早いのか、ご主人様(客)相手だからなのか。

「はー……。女の世界はこえぇわ」

「うぅむ。もう少し楽しげなところを想像しておったが、中々残念じゃな」

 しゅんとする江戸前、奏介は少し考えて、

「まだ時間あるし、別のところ行きましょうか」

 奏介はスマホを取り出した。

 

 わかばが言っていたメイドカフェだ。電話をして場所を聞いたのだが、ついでに話しておいてくれたらしく、全力で歓迎された。



 先程のところとは違い、内装は黄色のグラデーション。メイドさんは全員猫耳をつけている。スタンダードな衣装である。

「お待たせしました、コーヒーとトマトクリームパスタでーす」

 江戸前の前に置かれたそれら、担当のメイドさんはツインテールである。そして、

「おじいちゃんくらいの年齢のご主人様、わたし初めてだなー。来てくれてありがとうございます」

「ほっほ、そうかの?」

「じゃあ、特別サービス」

「お、おう」

 軽い肩叩きだった。

 そんな様子を見つつ、高平は何度か頷いた。

「これでこそメイドカフェって感じだな」

「うん、楽しそうで良かった。……それにしても、またオムライス?」

「半分も食えなかったんだよ」

 丁度運ばれてきたそれに、ケチャップで名前を書いてもらい、

「ぜーんぶ食べてね? ご主人?」

 眼鏡ロングヘアなメイドさんが人差し指で高平の頬をツンとつく。

 笑顔で去って行った。

「い、良い」

「お前、飲みに行く時に女の人が接客する店も行くんだろ?」

「このサービス控え目な感じが良いんだろうがっ」

 と、奏介が頼んだドリアが届いた。

「お待たせしましたー。タバスコと粉チーズ、使いますか?」

 粉チーズをお願いすると、

「あたしの気持ちを込めますね! ラブラブ、にゃんにゃん」

 そう呪文(らしい)を唱えながらチーズを振りかけ、

「ごゆっくり〜」

 離れて行った。確かに、正真正銘のメイドさんだ。

「そろそろ腰を揉んでくれんかのう? 腰痛が酷くて」

「おい、じーさん、それセクハラなんだって」

「ダメですよー、ご主人様? 私達は身の回りのお世話をするのがお仕事ですから。痛みがある場合はちゃーんとお医者さん行きましょうね」

 正論過ぎる返しだった。

 メイドさん達が去り、三人で食事タイム。

「うむむ。メイドカフェもピンキリじゃ。ここは良い。さすがじゃな」

 奏介は苦笑を浮かべる。

「たまたま友達が知ってるところだったので」

「さっき電話してたのってその友達かー。確かにさっきのところと全然違うよな」

 雰囲気は良いし、メイド達も仲が良さそう。彼女達の仲の良さは客にも影響するのだろう。

「大満足じゃ」

 食後のコーヒーを飲み終わるころには、江戸前は満たされた顔をしていた。

 そんな帰り道。

「楽しかったのう」

 もちろん、お代は江戸前持ちだ。

「ごちそうさまでした」

「ほっほ、おぬしも楽しめたか?」

「ええ、初めてだったので面白かったです」

「一樹はどうじゃ」

「まぁ、楽しかったよ。いつものとこより、なんつーか萌えが多めで」

 照れ気味で視線をそらす。

「ほっほ、では、今度はどこへ行こうかの?」

「ホテルのバーはどうなんだよ? 夜景が見えるとこで飲みてぇって言ってたろ」

「へぇ、バーか」

 カウンターとバーテンダーを思い浮かべる。

「それじゃ。ホテルのバー……いや、夜景の見えるレストランにするかの? そうすればおぬしもこれるじゃろ」

「えっ」

 奏介はぎくりとした。基本的に江戸前はお酒を飲みたいのだと思っていたので次も誘われるとは思っていなかった。

「おー、そりゃ良いな。三人でレストランな」

 ニヤニヤ笑う高平、それにむっとする奏介。

「……まぁ、機会があったら付き合いますよ」

「うむ」

「そりゃ言い出しっぺが来なきゃなー」

「高平パパにチクるぞ」

「何をだよ!?」

 江戸前は満足そうに頷き、

「帰るかの」

 三人で、桃白駅を後にした。

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