第143話えぐいいじめをしていた女子高生達に反抗してみた4

 逮捕から二日目の朝。


 警察署の留置場で二回目の夜を明かした住友あきこはベッドに座って震えていた。寒いわけではない。自分の状況が恐ろしかった。まさかあの程度の遊びで帰れなくなるとは思わなかったのだ。


(おかしいって。片野の時は……怒られただけだったじゃん)


 それがまさか警察署に二泊するはめになるとは。あれから親とも面会していないし、今日帰れるとも限らないらしい。


(嘘でしょ……)


 警察に捕まって学校へ行けないなど、洒落になっていない。


 やがて、事情聴取の時間が来たようで担当の警官が迎えに来た。


 連れて行かれたのはもはや何度目かの取り調べ室である。


「座って」


 あきこは青い顔で椅子へと座る。


「新しく被害届が出されました」


「え……」


「学校内で女子生徒に暴行したそうですね。今回と同じように水をかけて服を脱がして便器に顔を押し付けたこともあったとか。スマホにも小川リホさんではない女子生徒の裸の写真が入っていました。被害に遭った生徒は」


 あきこは頭が真っ白になった。そこからは警官の話す内容は耳に入って来ない。


(片野だ。片野が、被害届? ええ? あいつが? なんで……なんで)


 自分に逆らったり出来ないはずのクラスメートが警察に被害届を出した。それはあきこの罪をさらに重くするものだ。


(あいつ、許さないっ)


 そうは思っても、今の自分は片野ぼたんを締めに行けない。


「お話を聞いていますか? 続けますよ」


 小川リホの件とは別、恐らく片野ぼたんの件でさらに色々聞かれた。


「では、猥褻動画を撮って脅して言うことを聞かせていたと言うことですね?」


「お、脅したっていうかパシリにしてただけです。購買部に買いに行かせるとか、アイス奢らせるとか。それくらい」


「……恐喝ですね」


「は!? なんで」


「静かにしてください。確認しますが、猥褻動画を脅しのたねに、被害生徒に金銭や物を要求し、奪い取ったということですね」


「そ、そんな大袈裟な」


「被害生徒はそういう認識ですよ。では次」


 あきこは自分の体が震え出すのが分かった。妙な汗が出てくる。


(大袈裟なのよ。だって、五、六百円のパンを買いに行かせただけじゃん。それを恐喝? まるで犯罪者扱いじゃない)


「住友あきこさん、聞いていますか?」


 はっとして顔を上げる。


 こちらの考えていることを見透かされたかのように、警官は小さく息を吐いた。


「あなたがやったことは立派な犯罪なんですよ」


 血の気が引く音。そこで初めて、自分が大変なことをしてしまったのだと分かった。


 その後、十日間の勾留が決まった。







 一週間後のとある日。夜。


 奏介はバイト先のスーパーへとやって来た。


 休憩室へ入ると、


「あ、菅谷君」


「お疲れ様です」


 丁度小川が休憩室でビニール袋の在庫を探しているところだった。昨日まで休んでいたが、今日から復帰したようだ。


「娘さん、大丈夫でしたか?」


 気になったのでとりあえず聞いてみる。


「ええ、もう退院したの。……あの子達、さすがに許せないわ」


 あの時の小川リホの様子は低体温症で痙攣していて、尋常ではなかった。あれを見てしまったのだから許すはずがない。もちろん、奏介も後押ししたのだが。


「良かったです」


 片野ぼたんを初め、他の被害者にも声をかけ、出来るだけ被害届を出してもらうように促した。


 と、奏介のスマホが鳴った。画面を見ると、片野ぼたんからのメッセージだった。


 奏介は、ふっと笑う。









 放課後、退勤時間の二十時が迫る中、職員室で上道勇太郎あがみちゆうたろうは頭を抱えていた。


 自分の受け持つ二年三組から三人の逮捕者を出してしまったのだ。


(なんであいつら)


 どうやら片野ぼたんに対してやったことを他校の生徒にもやってしまったらしい。そこを通報されて警察に連行され、未だに勾留されているらしい。


「はぁ……。もうやるなって言ったのに」


 明日の保護者会で説明をしなくてはならない。片野ぼたんは大人しい生徒であり、母親から苦情が来た時も遊びがエスカレートしただけだとなんとか押し通したのに。


 と、職員室に電話が鳴り響いた。


 残っていた他の教員が出たが、上道に、らしい。


 近くの電話を手にする。


「はい、上道です」


『上道先生ですか?』


 男性の声。いや、かなり若そうだ。高校生だろうか。


「君は?」


 もしかすると自分のクラスの生徒かも知れない。


『片野の知り合いです』


 心臓が跳ねた。


「え」


『彼女、話したくない様子だったんですが、無理矢理聞き出したんです。上道先生、あなたは逮捕された住友あきこ達と一緒になって片野をいじめていたらしいですね。生徒をいじめて楽しかったですか? 生徒をいじめるために教育学部に通って教員免許を取ったんですか?』


 感情はこもっていないが、責められていることは分かった。


「違っ、おれはいじめてない。住友達が」


『あいつらを止めない時点で同じでしょ。形だけ叱って謝らせもしなかったそうですね。あなたがいじめるように指示でもしたのでは?』


「なっ……! そんなわけないだろっ」


『じゃあ、なんでこの問題を放置したんですか? 自分一人で出来ないなら校長先生に相談したり、片野を保健室へ登校させることで住友達から引き離したり、住友達の親に報告したり、片野の気持ちを守るために動かなかったのはあなたでしょ。そうやって放置するから、大変なことになって学校が責任を問われるんですよ』


「……!」


 ぐうの音も出ないくらい正論だった。問題を明るみにしたくなくて、片野ぼたんに我慢させることで納めたのだ。


「おれは」


『いじめは絶対になくならないとは思いますけどね、せめて片野の相談に乗ってあげられたのでは? それも出来なかったのはあなたの責任ですよね。まぁ、もう遅いですけど。ニュースになってあなたの学校は良くない評判がたつかもしれませんよ。それじゃ、ご愁傷様です』


 勢いよく電話が切られ、ツーツーという音が耳に残っていた。


※あとがき

とりあえず、奏介が今、出来ることは全部やったので、この話は一度完結となります。


※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

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