第139話養子の娘を蔑む夫婦に反抗してみた2

「私だが、それが何か」


「え」


 奏介が驚いたように、


「あなたが養子縁組の手続きを? この家のお荷物だとかいうあかねさんの養子縁組をしたのがあなた? わざわざ書類書いて申請して、この家の一員として迎え入れたのがあなただと? それ本当ですか?」


 父親が怯んだ気配。


「ふん。それが何だっていうの? その子がお荷物なことに変わりはないじゃない」


「確かに。母親のあなたが言うならそうなんでしょうね。だったら、養子縁組をしたのはあかねさんをこの家のお荷物だとか言っていじめるためってことでよろしいですか?」


「なっ……」


 母親の表情が引きつる。


「いじめるために養子縁組って最低だね」


 詩音が本気でドン引きしていた。


「この人達、頭おかしいんじゃない?」


 モモも汚い物を見る目で見ている。市塚家政婦の時に見せた毒舌モモが降臨したよう。


「え、え……」


 あかねは戸惑いを隠せないようだ。


「はぁ!? 誰がっ」


「誰がってあなた方でしょ。他に誰がいますか。あかねさんがいじめ虐待をされてどう思うか、考えたことなさそうですね」


「そんなことしてないでしょ!?」


「してないんですか? でもあかねさんのこと嫌いで養子の分際でとか言ってるんですよね? 言葉での精神攻撃、いじめでしょ。はっきり言って彼女は傷ついてます。体じゃなくて、心が、ですよ」


「っ!」


「わざわざ養子縁組までして虐待。お金持ちの遊びは一味違いますよね。楽しそうな人生で何よりです。何せ、養子縁組を使ってのいじめ。夫婦揃ってそういうご趣味なんですかね?」


 奏介が言うと、あかねの母親はぷるぷると体を震わせ始めた。顔が真っ赤だ。


「なん、ですって?」


「いい加減にしないか、君、失礼だぞ」


 と、焦り顔の父親。


「失礼、ですか? それはすみません。どこがどう失礼なのか、お教え頂けませんか?」


「……ひ、人に向かっていじめだの虐待だの。オレ達はあかねに虐待などしていない」


「では、あかねさんはあなた方の発言や扱いを喜んでるとでも? 嫌な思いをしてるなら、それはもういじめです。そういえばそこの奥さん、あんたの成人式なんかどうでもいい、とか言ってませんでした?」


「そ、それがなんだと言うんだね」


「普通なら娘の成人式って祝いません? 二十年間育ててきて、大人に、立派な成人になるんですよ? 成長を祝うのが親でしょ。それをどうでもいいとか面と向かって、嫌そうな顔で言い放つとか、精神的に追い込みたいとしか思えませんね。それに、養子の立場でうちの物を勝手に着ようというのかとかなんとか。養子だからいじめてるってことでしょ? ていうか、お二人は不本意のようですけど、そんな必死に否定しなくても良いのでは? 事実なんだし。人の気持ちを踏みにじる最低のクズ人間なんだし」


 一瞬黙った後、母親が足で床を鳴らした。ダンッと。


「何が行けないの!? その子は私が産んだ子供じゃないのよ? 血が繋がってないんだから、この扱いは当たり前じゃない!」


「え、あー、そうですね。……なんで、そんなに頭悪いんですか?」


「……は?」


「養子縁組みって血が繋がってない子供を家族に迎えるって制度でしょ? それを血が繋がってないからとか今さら言われても。ここ、大丈夫ですか?」


 奏介は頭に指を当てる。


「っ!」


「しお、どう思う?」


「あ、うん。……ちょっと色々大丈夫かなって思う」


「須貝は?」


「頭のご病気なのかしら?」


 モモは心底心配そうに言った。


「っ! さすが、あかねのお友達ねっ、人をバカにして楽しむなんて」


 あかねは目を見開いた。それから背中を向ける。


「あかねさん?」


 モモが声をかけるが、彼女は自分の部屋へと入りすぐに戻ってきた。


 手には着物、それを引きずって戻ってきた。そして、あかねは両親を睨み付けると、


「こんなもの、返すわっ」


 思いっきり母親に投げつけた。


「きゃっ」


 尻餅をつく。


 父親は目を丸くしていた。


「さっきから聞いてれば言いたい放題っ、このクソ女っ。勝手に養子縁組をしといて、何偉そうにしてんのよっ」


 物凄い怒声だった。


「あ、あか、ね?」


 母親はただただ驚いているようだ。こうした反抗は初めてなのだろう。


 あかねは父親に詰めよった。


「今すぐ、養子縁組をなかったことにして。あんたみたいなクソ野郎とこれ以上同居なんて無理っ」


「え、あの」


「さっさとしなさいよっ、今すぐよっ、あんた達は親なんかじゃないわ」


 あまりの迫力に父親は何も言えないようだ。何年も我慢していたものが一気に出たようだ。


 奏介は見えないように制服のポケットからスマホで撮影を始める。


(もしあかねさんを殴ったら通報するか、ネットに動画流すか)


「い、今すぐ? そ、それはさすがに無理だ」


「手続きくらいは出来るでしょ!? 何よ、無理って。ていうか、世間体があってしたくないだけでしょ!? わたしは特別養子縁組だものね」


 特別養子縁組は基本的な理由もなしに離縁することが出来ない。つまり、理由があれば出来る。養親からの虐待などがいい例だ。しかし、それをすればかなり印象が悪くなる。


「娘を虐待してたとでも言えば裁判で離縁出来るんじゃない? やりなさいよ」


「う……」


 あかねは尻餅をついたまま見上げていた母親を指で示す。


「この女と二人で娘に暴言吐いたってねっ」


 何も言わなくなった両親に対し、あかねは父親から離れた。


「もう良い。出ていく。モモちゃん、悪いけどしばらくの間寝るところだけ貸してもらえる?」


「え、ええ。それは良いけど」


 あかねは部屋に戻ると、大きなボストンバッグを抱えて戻ってきた。適当に持ち物を詰め込んだのか、服がはみ出ている。


「行きましょ。付き合い切れない。遺産とかいらないから、相続放棄でいいわよ。勝手にやっといて」


 目を丸くして固まる二人を置いて、あかねは自分の靴を履く。


 奏介は息を吐いた。


「俺達も帰ろうか」


「あー、うん。そだね」


「あかねさん、うち狭いけど」


「大丈夫。泊まり込み出来るバイトでも探すから、それまでで良いし」


 と、家の奥から軽い足音が二つ。


「姉ちゃん出掛けるのー?」


 両親には目もくれず、あかねへ歩み寄ってきたのは双子だった。


「ごめん、ゆきね、幸也ゆきや。お姉ちゃんこの家を出てくことにしたから。お母さん達と仲良くね」


 あかねは笑顔で二人の頭を撫でる。すると、


「え!?」


 ゆきねと幸也が振り返って両親を見る。


「またママ達姉ちゃんになんか言ったのかよ?」


 幸也が言う。


 すると、ゆきねがわざとらしくため息を吐いた。


「あのさぁ、よく血が繋がってないとか言ってるけど、それなんかおかしいことなの? 見えないんだから関係ないじゃん」


 心底呆れたように。大人の真似をしているといった様子。


「遊びに連れてってくれるの、いっつも姉ちゃんだよな。なのに威張っててさ」


 両親はどうやらかなりの衝撃を受けた様子だった。


「まぁ、お姉ちゃんが出ていこうと思うのもしかたないよね」


「おれらじゃ止められないよな」


 あかねは苦笑を浮かべるしかない。考え方が大人だ。


「姉ちゃん、たまに帰ってきてよ」


「またどこか連れてって!」


 あかねはしゃがんで二人を抱き寄せた。


「ありがと。また遊ぼうね」


 手を振る双子に見送られ、あかねは家を出た。奏介達も続く。


「それじゃ、お邪魔しましたー」






 岩槻家からの帰り道。あかねはかなりご立腹の様子だ。


「まったく、わたしがどうかしてたわ。なんで我慢してたんだろ」


 怒りが収まらない様子。


「最後の方のあかねさん、迫力あったよね」


 詩音が言う。


「……あかねさんが、目を覚ましてくれてよかった」


 あかねは、はっとしてモモを見た。


「あ、うん。そうね、ありがとう、モモちゃん。それに詩音ちゃん。そして……奏介君」


 あかねは奏介に笑いかけた。


「凄いわね。モモちゃんに聞いてたけど、相談に乗るのが上手いっていう理由が分かったわ」


「いや、俺はただ、自分に喧嘩売られたので買っただけです。あかねさんに対してのことももちろん、ムカつきましたけど」


「ううん。勇気がもらえたわ。皆が味方してくれてたから言えたの。ありがとう」


 彼女の笑顔は晴れやかだった。

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