第133話怪我をして意識がない父親を罵る娘に反抗してみた1

 とある日の放課後。


 奏介と詩音は二人で歩いていた。自宅マンションまでは後数分と言ったところ。


「奏ちゃん、姫ちゃん帰って来てるんでしょ?」


「今日、帰って来るってさ。だからまだ会ってないよ」


「そうなの? 挨拶しに行こうかなって思ってたのに」


 菅谷姫すがやひめは奏介の姉である。すでに社会人であり、二十三歳になる。少し離れたところで一人暮らしをしているのだが、土日祝日合わせて三連休に帰ってくるとのことだ。


「夜なら確実にいると思うけど」


「そうね、夜はいると思うわよ?」


 姿の見えない第三者の声に二人は慌てて振り返った。


「あ」


「あっ」


 灰色のスーツ姿。腰より長い髪を一つに結っている。少し童顔な彼女こそ、奏介の姉、姫である。


「久しぶりっ、元気そうね、奏ちゃん?」


 頭を撫でながら言われ、奏介は複雑そうな顔をする。


「ちょっと、道の真ん中で」


「詩音、元気だった?」


「うん、姫ちゃんも相変わらずだねー」


 姫はにこにこと笑いながら奏介の首に腕を回した。


「さて、悪いけど詩音。奏介借りてくわね? ちょっと使いたいのよ」


「え、それは良いけど、帰らないの?」


「夜には戻るから、さ、行きましょ」


 奏介は眉を寄せる。


「どこに……?」


 不思議そうにする詩音を残し、姉に引っ張られながら来た道を逆戻りだ。








 抵抗しないことを条件に拘束を解かれた奏介は姫と一緒に歩いていた。向かっているのは駅の方だ。


「それで、なんなの? 姉さん、まずは家に顔出してから」


「えーっとねぇ。奏介、前に会ったことあるかな。高校の時の後輩にちょっとした相談されてね。今回はそれでもどって来たの。今日詳しく話してもらう予定だから奏介にも聞いてもらおっかなって。説得得意でしょう?」


「いや、後輩? 俺関係なくない?」


 ついて行ってむしろ戸惑うのは姫の友達なのではないだろうか。


「奏介、お父さんのこと好きでしょ?」


「……どういう質問?」


 菅谷家の父は現在、海外へ単身赴任中であり一年以上会っていない。時々物が送られてくるので生きてはいるだろう。


秋原あきはらちゃんって言うんだけど最近お父さんが交通事故で意識不明の重体になって今も入院してるらしいのよね。今は落ち着いて、意識が戻るのを待ってるみたい」


 意識不明の重体。その単語を聞くと悠平や勇気の顔が浮かぶ。被害者に加害者、それぞれの家族。きっと色々なことがあっただろう。


 しかし、それはそれだ。


「……父さんについてはともかく、やっぱり俺関係ないよね?」


「良いから最後まで聞きなさいって。でね、秋原ちゃんのお父さんさ、家庭では孤立してたんだって。お母さんお父さん、妹と秋原ちゃんの四人家族なんだけど、いわゆる『お父さんのものと一緒に洗濯しないで』みたいな感じの扱い」


「あー。よく聞くねそれ。娘二人だからそうなるのかな?」


 ちなみに姫と父の関係は良好だ。高校の頃に反抗期があったくらいだ。


「仕事にかまけて家事を一切手伝わないからお母さんが秋原ちゃん達味方につけて色々言ってたみたいよ?」


「なんか、辛いね」


 ずっと先の未来に黒い雲が立ち込めるような感覚が。


 そこまで話したところで、待ち合わせのファミレスへついた。


 姫に連れられて入ると、ソファ席にラフな格好の女性がうつむいて座っていた。恐らく、大学生だろう。


「秋原ちゃん」


 姫の声に顔を上げる彼女。どうやら奏介のことは話していたらしく、すんなり受け入れられた。


「あ、姫先輩。えっと、弟君だっけ?」


 奏介は軽く会釈をする。


「それで、妹ちゃんの様子は?」


 姫が聞く。


「うん、変わらない。離婚しろってお母さんに迫ってる」


 相談の内容を要約するとこうだ。


 普段から母と娘二人は父親に対し、酷い扱いをしていた。もちろん、母と秋原は彼が生活費を稼いでいることをきちんと理解していたし、交通事故に遭った時はさすがに心配した。しかし、高校生の妹は父親への嫌悪を露わにして、母親にこの機会に離婚をしろと言っているらしい。


「ちなみにお父さんてDVとかする人なの? それなら妹ちゃんのいうことも聞いてあげた方がいいと思うけど」


「ううん。絶対に手は上げない。仕事命なだけで……今思うとお父さんに意地悪してたのが恥ずかしい。目を覚まさなかったらどうしようって思うし」


 突然、身内がそんなことになったら誰でも落ち込むだろう。妹は相当父が嫌いなのだろうか。

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