第130話アレルギーがあると分かっている友達にアレルギー物質を摂取させた女子高生達に反抗してみた1

 バイト先のスーパーの更衣室に入ると、ドヤ顔をした経営者の息子、高平一樹が立っていた。


「待ってたぜ、菅谷」


「なんだ、お前」


 待っていたと言われて鳥肌が立った。ドヤ顔もドヤ顔である。


「ふふふ、聞けよ。あのじーさんが今度はメイドカフェに行きたいとか言い出しやがったんだ! つまり、未成年のお前も参加できる。行くぞ、三人で!」


 奏介は呆れ顔である。


「……楽しそうだな。良いから二人で行ってこい」


「冷めすぎだろっ、元々はお前があのじーさんの遊びに付き合うとか言い出したんだろ?」


「経営者の息子なんだからお前が代表で良いだろ。そのメンバーでメイドカフェとか絵面がヤバいし」


「いや、菅谷ってメチャメチャオタっぽいから自然な形で」


 奏介はすっと目を細める。


「どうしてもパパに怒られたいらしいな」


「ひいっ」


 一樹が後ろの壁まで後退る。


「じ、地雷そこかよ。こんわいってのっ!」


 奏介はため息を吐いた。


「おじいさん、俺にも来て欲しいって言ってるのか?」


「え、ああ、ちらっとそんな感じのこと言ってたぜ?」


 奏介は顎に手を当てながら思考してから、


「考えとく」


「お、おう」


 高平が出て行ってから、奏介は着替えを済ませ、フロアへと入った。


「おはようございます」


「菅谷君、おはよー。さっそくだけど品出ししてくれる? 飲み物コーナーなんだけど、あたし新作ドリンクの試飲配る係なのよね」


 パートの女性、小川に言われ頷く。


「わかりました」


「レジはさっき高平さんが入ったから。それにしてもあの人、ちょっと真面目になったわよね。なんか菅谷君と仲良くなってからじゃない?」


「仲良くはなってないですよ。でも……あまりに不真面目だったのできつめに注意したのが効いたんでしょうね」


 笑って見せると、小川は感心したようだった。


 奏介は台車に300mlのペットボトルが入った段ボールと共に飲み物売り場へ。残っている商品を一度出し、賞味期限が短い物を前へ並べる。


 ふと、近くを歩く女子高生達の会話が耳に入ってきた。


「ねぇ、ほんっとに猪原ムカつくんだけど」


「結構前からの約束だったのにねー」


 誰かの不満を言い合っているようだ。そういう話題は耳に入りやすいのだろう。


 小川が透明なヨーグルトドリンクの試飲をしているエリアへ向かう。


「新発売のヨーグルトドリンクですよー。成分表はこのパネルに書いてありますのでー」


 受け取った女子高生達は一口飲むと、


「え、美味しい」


「水みたいなのに結構濃いじゃん」


 小川がセールストークで商品をすすめる。と、彼女達が試飲のカップをもう一つもらっていた。連れでもいるのだろうか。そんなことを考えていると、もう一人、女子高生が遠くから走ってきた。


「ごめん、遅くなってー」


 その様子をみた二人がにやりと笑う。


「これ、猪原に飲ませて見ようよ」


「あー、そういえば苦手なんだっけ?」


 くすくすと笑う。先程愚痴を言い合っていたのは彼女のことらしい。


 三人が合流する。


「猪原、これ試飲だって。美味しい水らしいよ」


「え? そうなの?」


 受け取った彼女はそれを一口。すると、慌ててカップを口から離した。


「え……なんかこれ」


 青ざめる猪原。奏介が首を傾げた。と、息遣いが荒くなった。


「はぁ、はぁ……」


 青い顔をして、座り込む。


「ちょっと、猪原どうしたの?」


「あ、えと……」


 様子を見ていた奏介が声をかけようとしたその瞬間、喉を押さえた彼女が床に膝をついた。


「!」


「がはっ」


 喉が潰れたような声をあげたかと思うと、波が立つように腕や顔に赤い湿疹ができる。


 慌てて奏介が駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ぐぅ……」


 女子とは思えないもがき方だ。


「ちょっ」


 倒れそうになるところを背中を支える。それから通路の端に寝かせた。連れの二人は呆然としている。


「ちょっと、どうしたの」


 小川が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「お客様がいきなり倒れて」


「うう……うぐ」


 喉の辺りを押さえているが、もしや心臓関係だろうか。


「おいどうした!?」


 高平が駆けてくる。


「高平、救急車。多分、心臓発作とか心臓麻痺とかだと思うんだけど」


「おう」


 奏介の隣に来た高平はスマホを取り出す。


 しかし、全身の発疹はなんなのだろう。


「ねぇ、あなた達、この子何かの持病を持ってたの?」


 小川さんが立ち尽くす彼女らへ聞いてくれた。


「え……知らないけど……」


「あたしら何にもしてないしっ、あ、でもヨーグルトとか牛乳が苦手だって言ってて、アレルギーだって」


 奏介は口を半開きにした。


「あ、アレルギー? それは……乳成分がダメなアレルギーってことですか?」


 奏介は呼吸が苦しそうにしている猪原を見る。


「あなた達、アレルギーの子にヨーグルトドリンクを飲ませたの?」


 小川が青ざめた顔で言う。


「え、だって好き嫌いでしょ?こんな風になるわけないし」


「てか、おばさんがすすめたんじゃん」


 小川は黙ってしまう。奏介はムッとする。


「いや、あんたらが美味しい水だとか言って渡してたじゃないですか。うちでは食物アレルギーの人のために成分表も見るように言ってるんですよ。いや、そんなことより」


 苦しそうにする彼女の症状は一向に治まる気配がない。


「これ、アナフィラキシーショックって奴ですかね」


 近年は子供達、給食での事故が多い。特定のアレルギー物質を食べてしまい、亡くなったり重篤な症状に見舞われたりする。特定の物質に免疫機能が過剰反応し様々な症状を引き起こすらしい。


「なっ、それ下手したら死んじまうやつじゃねぇか!? てか、どうすんだ」 


 いつの間にか野次馬に囲まれていた。


「お客様、撮るのは止めて下さいっ」


 高平が上着を脱いで、猪原へかけながら強い口調で言う。スマホを構えているのはさすがに一部だが。


「おおーいっ、大丈夫か!?」


 他の店員も集まってくる。野次馬は彼らに任せたほうが良いだろう。


 奏介は少し考えて、


「高平、『119』にアナフィラキシーショックかもしれないって伝えて」


「あ! わかった」


「小川さん、こういうことに詳しい人いませんか? 俺、テレビの知識しかないですよ」


「さすがにお医者さんはここで働いてないわよ。待って、お客さんにいたら」


 小川が医療関係者がいないか聞いてくれるようだ。望みは薄そうだが。


「猪原さん、猪原さんっ」


 頬を叩くと、うっすらと目を開ける。


「エピペン、でしたっけ? 持ってますか?」


 正式名称はアドレナリン自己注射薬というらしい。アナフィラキシーショック時の応急措置に使われる。最近大きなアレルギーの事故があった時にテレビで詳しくやっていたのだ。


「あ……ぐ……」


 こちらの言葉は分かるようだが、持っているのかいないのかさえ分からない。


「菅谷、後少しで着くってよ」


 奏介はスーパーの壁時計を見る。


「確か、あんまり時間が経つと良くないって」


 すでに五分は経過しているだろう。


 ふと見ると、猪原が動かなくなっていた。


「あ……」


 重く閉じられたまぶた、嫌な予感がする。


「小川さん、この人、心臓動いてますか?」


「!」


 小川が彼女の胸に耳を当てる。


「と、止まって」


 奏介は息を飲む。


「うちの店、AEDってありましたっけ?」


「隣の店ならあった。行ってくるっ」


 店長が走って行った。


 奏介はAEDの使い方についてスマホで検索をかける。


「自動的に心電図の解析をして、心室細動を検出した際は除細動を行う医療機器……」


 正直、この緊迫した状況で難しい説明を頭に入れられる気がしない。


「おい、心臓マッサージとかやった方が良いんじゃないか? 早くやれよ」


「無理に決まってるだろ。やったことないし。高平は?」


「あほっ、出来るかっ」


 と、救急車が到着するのと店長が戻ってくるのが同時だった。


「下がって下さいっ、この人から離れてっ」


 救急隊がAEDを借りて、準備にとりかかる。


 一先ず、心臓は動き出したとのことで、猪原は担架に乗せられて運ばれて行った。




 奏介はその隙に店の外へ出ていく二人組の背中を見て、追いかけた。


「おい」


 振り返る彼女達の表情は怯えきっていた。


「どこ行くんだよ。アレルギーを詳しく知らなかったとは言え、あの子の親に連絡してあげるとか色々出来るだろ」


「友達じゃないし」


 奏介は眉をぴくりと動かした。


「なんだって?」


「あんなの、友達じゃないから。知らないし関係ないっての」


 奏介は睨み付けた。


「そうか。ならやっぱり少し、待ってくれ。警察呼ぶから。故意にアレルギー物質を摂取させたんだから、殺人未遂か傷害罪だ。友達でもなんでもない奴にやったんだから、通り魔と一緒だぞ」


注意

※この物語はフィクションです。

現実の症状の出方とは少し異なる部分があり、架空のお話として誇張している部分もあります。ご了承下さいませ。


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