第112話小学生の頃、隣のクラスだった同級生に喧嘩を売られた

 放課後、奏介は真崎の方へ視線を向けた。


「じゃあ、今日は壱時さんのとこだよね」


「おう。頼むわ」


「先々週は色々ありすぎて、行けなくて申し訳なかったな」


「仕方ないだろ」


 真崎は肩をすくめる。ちなみに先週は入院と自宅療養、今週から復帰で痴漢騒動があり、今日は金曜日である。


「それで、あれから大分経つけど大丈夫なの?」


「うーん、悪化してんだよなぁ」


「悪化って、結局相談ていうのは」


「まぁ、連火の漫画のファンで熱狂的……いや、マジでちょっとやり過ぎなくらい狂ってるやつがいてさ。菅谷に対処法を聞きたいらしい。おれからは説明しづらいからな」


「なるほど」


 どこがどう狂っているのかは確かに話を聞いてみないと分からないだろう。


「前も言ったけど、あいつはトラブルに好かれてんだよ」


 そう言ってから真崎は奏介の顔をまじまじと見る。


「お前も大概だったな」


「まぁ……」


 否定は出来ない。


「ちっと先に昇降口行っといてくれ」


 職員室に用事があるそうだ。


「わかった」


 奏介は一人、教室を出た。


 靴箱のところで真崎を待っていると、一人の男子生徒が歩み寄ってきた。


「久しぶりだね、菅谷」


 スマホをいじっていた奏介は顔を上げた。眼鏡のよく似合う、背の高い男子だった。


「……」


 見覚えのない顔だ。知り合いだとしても最近会った人ではないだろう。


「僕は津倉橋人つぐらはしとだ」


「津倉、君? あ」


 思い出した瞬間に警戒する。小学生の頃の同級生だ。隣のクラスの、委員長をやっていた。ほとんど話したことはないが、一度だけ話しかけて来たことがあった。それは石田を怪我させた時だ。


 場所は覚えていないが、いきなり言われた。




『まったく関係ない僕が言うのもおかしいが、君はきちんと反省すべきだよ。泣いてても仕方ないだろう』




 彼もまた、奏介の行為を批判してきた。同じクラスではないし、いじめられた記憶はない。話したのはその時だけだが。


「久しぶり……。同じ学校なんだね」


 そう言うと彼は頷いた。


「菅谷、君がやっていることはあまり誉められたことではないよ」


「やってること?」


「土岐先生のことさ。君はわざと殴られたんじゃないのかい?」


 どこで仕入れた情報かわからないが、何かを見られたか聞かれたのだろう。


「女装をした君が風紀委員室へ入って行って、友人達と話しているのを聞いてしまってね」


「あぁ、なるほど。津倉君はわざわざ俺を批判しに来たんだ。随分と暇だね」


 あれだけ大胆に動いたのだ、目撃者がいてもおかしくない。


 奏介は笑う。


「津倉君には関係ないと思うけど、もしかして土岐先生と仲良しだったのかな?」


 津倉は暗い表情をする。


「君が歪んだのはきっと僕ら同級生のせいなんだろうね。特に土岐先生とクラスメートか」


 奏介は目を細める。


「それで、俺を脅しにでも来た?」


 津倉は首を振った。


「ただ、やめた方が良いと忠告をしに来たんだ。いじめられた復讐なんだろう? そんなの、皆が不幸になるだけだ。復讐したって、小学生の頃には戻れないからね。それより、君には今、たくさん友人がいるみたいじゃないか。前を向いた方が良い」


「前は向いてるよ。後ろ向きな気持ちで日々過ごしてないし」


「なら、それだけでいいじゃないか。復讐は良くないよ。最終的に何も残らないからね」


「……」


「君のために言ってるんだ。復讐は絶対にダメだ。人を恨むのはよくない。忠告だよ」


 津倉の目はまっすぐだった。正義感が強いのだろう。


 しかし、泣き寝入りが正しいと言っているようなものだ。


 と、唐突に一年の女子が津倉に走り寄ってくる。


「お兄ちゃんごめん、遅れた。あ……ごめんなさい。友達?」


 そこで初めて彼女は奏介に気づいたようだ。


「ああ、もう話は終わった」


 津倉と女子生徒は靴を履いて、昇降口から外へ出て行った。


 奏介はその背中を睨みつける。


「津倉、面白い喧嘩の売り方してくるな?」

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