第113話謎のヤンデレ系ストーカー女の後ろ楯に反抗してみた1
程なくして戻ってきた真崎と共に、昇降口を出る。
「え、同級生?」
「ああ。復讐は何も生まれないから、前を向いて生きろってさ」
「そいつと仲良いのか?」
「全然。一度話したことがあるけど、印象は最悪だよ。針ケ谷はどう思う? 間違ってはいない考え方だとは思うけど」
真崎は少し考えて、
「いや、普通にダメだろ。例えば桃華学園に坪内高校のやつらが殴り込みに来てうちの生徒が怪我なんかしてみろ。おれは全員潰しに行くぞ。一人残らず半殺しにする」
「あー、うん。なるほど」
「てかさ、菅谷」
「ん?」
「やり過ぎなとこはあるけど、お前は間違ったことしてないから、そんな奴の言葉に悩むなよ」
奏介はゆっくりと頷いた。例えば真崎に復讐をやめろと言われれば考えてしまうかもしれないが、彼は絶対に否定しないだろう。
「大丈夫。どうやってあの偽善野郎を地に叩き落としてやろうかと考えてるところだから」
「やっぱ喧嘩売ってる判定だったかー」
真崎は笑いながら言う。
ひとまず、そのことは置いといて、連火の家へと向かう。
出迎えてくれた連火はやつれたように見えた。
いつものように部屋へ通され、部屋の中心に配置されたローテーブルを囲んで座る。
「あ、すんません。それどうぞ」
用意していたのか、湯飲みに湯気のたった湯呑みが置かれていた。
「それで、相談したいことって」
連火はうつむいた。
「真崎の兄貴には話したんスけど、オレの漫画のファンがここのところ毎日電話をかけてきたり、ファンレターを贈ってきたりで参ってるっス。もう一月近く経つっス」
頭を抱える。相当追い詰められてるようだ。
「電話はともかくファンレターとはそんなに困るものですか」
連火は肩を落とすと、さくら色の便箋を渡してきた。
「……ん?」
開いても良いとのことなので、中身を確認する。同じくさくら色の便箋が入っていた。
『結婚して下さい』
冒頭にそう一言。それから理由がつらつらと便箋三枚分。要約すると、素敵な漫画を描くあなたが好きだから結婚してという内容だ。
「熱狂的ですね」
「……うっス」
「ちなみにそれ、先々週のやつな。連火、先週届いたのは?」
渡された封筒の中身は折り畳まれた、
「……婚姻届……」
同封されている紙には名前を書いて送り返してと書かれていた。
「それで、これが昨日のっス」
便箋を開くと、赤いインクでこう書かれていた。
『あたしと結婚する気がないなら死ねっ』
「極端な人ですね」
「いや、怖いわ」
奏介は封筒や便箋を裏返して名前などが書かれていないかを確認する。
「壱時さん、心当たりは?」
「いや、まったくないんスよ。いきなりうちのポストに入ってて」
「消印がないから直接ポストですね」
真崎は湯呑みを手に取った。
「住所公開してないのにどこで調べたんだろうな。まぁ、今なら難しくないのか」
「確か普通のファンレターって編集部を通すんですよね? こういうのは連火さんの手元に来ないんじゃないですか」
「もちろんス。でも直接届いたら無視できないっスよ」
この様子では読まずに捨てろと言っても無理だろう。
「で、どうしたら良いと思う? アドバイスだけでもしてやってくれ」
「アドバイス……。その人ってどの程度話が通じるんですか? 会話出来ます?」
「会話?」
「電話来るんですよね? 例えば『なんでおれのことを好きなんですか?』に対して理由を言えるかってことです。手紙では理由が書かれてましたけど」
連火はぽかんとする。
「さぁ?」
「ん? じゃあ、電話で何話してるんですか?」
「一方的に喋ってくるから怖くなって切るんス」
奏介は目を瞬かせる。
「じゃあ、まともに会話したことは?」
「会話……ないっスね。いや、話通じないっスよっ! 多分」
「まぁ、電話だと通じなさそうですね。ってことは」
奏介は少し考えて、
「何時くらいにポスト入れられるかわかります?」
「おれが夕刊を取り出す時なんで、五時半っスね」
「針ケ谷、ちょっと頼みが」
「おう、なんでも付き合うぜ?」
○
『大丈夫! ハヤちゃんなら絶対壱連先生と付き合えるよ。ぐいぐい行こう。ちょっとくらい脅かしても良いからさ!』
唯一の友達の言葉が応援歌のように聞こえてくる。
(大丈夫。……大丈夫。だってユウキちゃんが言うんだから)
と、スマホに着信が。
「! 何よっ、まだ何か用なの?」
着信は同級生のユウキではなく、一つ下で中学生の後輩からだった。先日まで仲がよかったが、彼女には壱連先生への過激なアタックを窘められたのだ。ユウキも耳を貸さない方が良いと言っていた。年下のくせに。
ようやく壱連の家へ着いた。
「……壱連先生……。また、電話しますね……」
うっとりと家を見つめてから、ポストに手紙を入れる。そして、体の向きを変えたところで、
「ひゃっ!?」
誰かが立っていた。薄暗くなり始める住宅街の路地である。
「へ、変態!? 変質者っ」
「いきなり失礼じゃないですか」
落ち着いた声にはっとする。
「え」
「えではなくて、あなたが何か入れたポストは俺の知り合いの壱時さんの家のものですが、チラシ配りのアルバイトの方ではないですよね?」
ハヤと同じ、桃華学園の制服を着た男子だった。やや自分と同じ匂いがする。オタクっぽい。それに似合わない落ち着いた声だった。
「え、あ、え」
「最近、郵便物ではないものをポストに入れられると壱時さんが困っていましたが、もしかしてあなたですか?」
「あ、あなた誰よ!?」
「桃華学園一年の菅谷奏介です。あなたはどちら様ですか?」
言葉に詰まる。素直に自己紹介してくるとは思わなかった。聞かれたが、自分の名前を言いたくない。
「どちら様ですか? 他人に変態やら変質者なんて言っておいて、名乗らないのは失礼では?」
「わ、わわ……わたしは」
重度の漫画オタクであるハヤは男子とまともに会話したことがない。
「ちょっと、近くのファミレスまで付き合ってもらえませんか? 壱時さんが話したいことがあるそうです」
「へ!?」
奏介は彼女の様子に眉を寄せる。話は通じそうなのだ。しかも気弱っぽい。逃げもせず固まってしまっているし。
(この子が、婚姻届送りつけたり、『死ね』とか手紙に書くか……?)
まずは落ち着かせて話を聞くことにする。
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