第103話準備

 自宅マンションへ向かう道、肩を落として歩く詩音を気にしていた奏介はため息を吐いた。


「無理矢理聞き出して問い詰めたのは悪かったよ」


「奏ちゃんのバカ。わたしの努力が水の泡だよ。これじゃあ、一週間、ただ土岐先生に罵倒され続けただけじゃんっ」


「さっさと俺に言えばこんなことにならなかっただろ。お前がやられた分も返してやるよ」


 詩音は両手で顔を覆った。


「もう何も言わないよ! ただ人殺しするのだけはやめてっ」


「するわけないだろ。まったく」


 ちらりと横の詩音を見ると、少しだけくまが出来ていた。眠れてもいないのだろうか。一体どんな仕打ちを受けていたのだろう。


「しお」


「……何?」


「ありがとな。俺のために一人で我慢してたんだろ?」


 詩音の瞳が一瞬だけ潤んだ。


「奏ちゃん今、楽しそうだからさ。あんまり昔を思い出して欲しくないんだよ。お節介だって分かってるけど」


「その通り、お節介過ぎる」


「……はい」




 そんなやり取りをした翌日の昼休みのこと。


 奏介は風紀委員室にいた。いつものランチメンバーだがモモと水果の姿はない。


 詩音がげっそりしていた。


「しおちゃん、大丈夫?」


 ヒナが顔を覗き込む。


「朝練がちょっとキツくて」


「詩音、いっそ役を下りちゃえば? 後二週間くらいあるでしょ? 代役くらい見つかるわよ」


「……ここまで来てそれはダメだよ。さすがに迷惑かかるよ」


 もっともだ。


「で、菅谷は先に仕掛けんのか?」


「しおの話を聞く限り、俺に敵意向けて来そうだからね。まず軽く先制攻撃してあっちの出方を見ようかなと思う」


「はぁ……」


 詩音が深いため息をつく。


「諦めよ、しおちゃん」


「そうそう、あいつはもう止められないわよ」


 奏介は少し考えて、


「僧院、橋間。申し訳ないんだけどちょっと頼みたいことがあるんだ。良いか?」


「何々、闇討ち?」


 ヒナが言うと、わかばが軽くヒナの頭を叩く。


「買い物だ」


 奏介は五千円札二枚をテーブルに置いた。


「なんだ、女子限定か?」


「あぁ、俺や針ケ谷だとちょっと買いづらいもので。……今回は色んな人の手を借りることになって悪いな。あ、しおは別ね。奴の存在を隠してた罰としてあの人にちゃんと頼んで来いよ」


「はい。わかってます。何も言わずに協力します」


「あの人?」


 ヒナが問うが、奏介と詩音に曖昧にされてしまった。


 五千円を受け取ったわかばがそれをひらひらと扇ぐように揺らす。


「ていうか、別に改まって頼まなくても協力してあげるわよ」


「みずくさいよ? 菅谷くん。それで、何を買ってくればいいの?」


 奏介はゆっくりと口を開いた。

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