第99話発表会に乗り込んできた騒音苦情男に反抗してみた2

 男は目を見開いて、奏介に掴みかかった。


「んだと!? ここのガキ共の方が数倍うるせぇんだよっ」


 胸ぐらを掴み、興奮気味に叫ぶ。どうやらアルコールを入れているわけではないらしい。精神的な疾患の症状で興奮しているのだとしたら、手に負えないが今の段階では判断できない。


「……発表会をしてるホールは防音で、ダンスをしてる子供達の声は聞こえてこないですけどね」


 奏介は一転、落ち着いた口調でそう言った。


「外で遊んでる時の話をしてんだよっ」


「今日は外で遊んでる子供はいませんよ」


 奏介の動じない態度に男が我に返ったように動揺した。


 奏介は目を細める。どうやら話は通じそうだ。


「ふ、普段の話をしてんだ。毎日毎日うるせぇから」


「今日はうるさくないのに、怒鳴りこんで来たんですか?」


「きょ、今日もガヤガヤうるせぇだろうが」


「普段の話をしてたんじゃないんですか?」


「っ! いちいちうるせぇんだよっ、てめぇになんの関係がある!?」


 奏介はにっこりと笑う。


「あはは、随分とふざけたことを言いますね。さっきこっちへ走ってこようとした女の子、俺の連れなんですよ。このガキがぁ、ぶっ殺すなんて言いながら向かって行ったら止めないわけないでしょ?」


 男は何も言えないよう。


「ところで、そんなに子供が嫌いなら、お引っ越しすることをおすすめします。怒鳴りこんでくるほど追い詰められてるなら尚更」


「なんでオレが引っ越さなきゃなんねぇんだよっ」


「良いじゃないですか、何年も住んでいないでしょう?」


「三年は住んでんだよっ」


 奏介は凄んで来る男から視線をそらした。


「先生、この幼稚園て新しく出来たばっかりなんですか?」


「え? あ、いえ。十年は経っているかと思います」


 奏介は男へ視線を戻す。


「ですって。ここへ引っ越す時になんで確認しなかったんですか? 少しの子供の声も嫌いなのに幼稚園のそばになんか引っ越さないでしょ。後から出来たなら堂々と文句言えば良いと思いますけどね」


「うるせぇ! 子供の声を聞いてるうちに嫌いになっちまったんだよっ、この幼稚園のせいでなっ」


「嫌いになったなら引っ越そうと思うんじゃないですか? あなたが引っ越せば余計な揉め事も起こらないし。お若いように見えますけど、ご両親から継いだ一軒家でも構えてるんですか?」


「……」


 伝統的な名家の息子というわけではなさそうだ。


「ところで、昼間から寝てるって話ですけど、ニートですよね? 前途ある子ども達に引きこもりが移るので近づかないで下さい。ああ、いや、こういう言い方は引きこもりの人に失礼ですね。あなたみたいに子どもに危害を加えようとしないでしょうし」


「誰がニートだっ、こっちは夜勤なんだよ。ガキには分からねぇだろうが、夜働いて昼間に寝てんだっ」


「夜勤? 本当に? なんの職種ですか? 見栄張ってません?」


 男は盛大に舌打ちをした。


「警備員だよ」


「そんな立派な職業につけてるとは思えませんけどね」


「なんだと!? 疑うのか!?」


「警備員さんはこんなところへ怒鳴りこんで来ませんし。本っ当に警備員なんですか?」


 奏介の疑いの視線。


「桃浜ショッピングモールの夜間警備員だよっ」


「なるほど、じゃあ、桃浜ショッピングモールの警備会社に苦情入れときますね。どっちにしろ不法侵入と他人への暴行、脅迫でクビ、ニートの世界へようこそ、ですけど」


 男の表情が引きつる。奏介は笑って見せる。


「あ、もう警察向かってるんで、逃げても無駄ですよ?」


「え、いや、なん」


 青ざめる男。


「もう少し考えて行動しましょうよ。とりあえず、警察に連行されたくなかったら、井上先生にごめんなさい、しましょうか? 警察沙汰にしないで下さい、許して下さい、もう二度と子供の声に苦情を言いませんって」


「ああ!? なんでそんなこと」


「だから、あなたは人を殴っちゃったんですよ? 本当にニートになるのは嫌でしょう?」


 数分後、暴力を振るった井上先生に対し、額を擦り付けて謝罪をする男の姿が。


 被害届けを出さない代わりに嫌がらせを止める……警察官が到着する前にそんな取り決めが交わされたらしい。ただし次の揉め事次第では幼稚園も迷いなく被害届を出すとのこと。






 トラブルはあったものの、発表会は無事終了した。


 午前中で終わり、昼前に解散になったので、あいみと合流して帰ることにした。


 幼稚園を後にしようとしていると、


「高坂さん」


 あいみの担任の先生と井上先生が駆け寄ってきた。


「今日はありがとうございました。あの、そちらの」


 奏介へ視線が集まる。


「こちらは菅谷奏介君です。あいみの友人です」


「そうなんですね。色々とありがとうございました」


「いやぁ、わたしが殴られただけで済んでよかったです。ありがとう、菅谷君」


 井上先生が明るく言う。中々ポジティブな先生のようだ。


 握手を求められ、彼の手を取る。


「よかったら、また見に来てくださいね。イベント、たくさんあるので」


 奏介は笑顔で会釈だけをして、幼稚園を後にした。


 車に乗り込みつつ、奏介はチャイルドシートに座らされたあいみに声をかける。


「メイドさん、凄く良かったよ。可愛かった」


「ほんと? ちゃんとおぼえたんだよ。だいほんを読み込んだの」


「そっか、上手かったよ」


「あいみ、合唱もよかったですよ。歌、上手いですね」


「頑張ったもん!」


 誉め殺しにあいみは上機嫌だ。


「どこかでお昼食べて行きましょうか」


「ハンバーグが良い!」


「はいはい。えーと、あいみの希望で良いですか?」


「はい、もちろん」


 車が出発した。今後あの男性が心を入れ替えることを願うしかない。

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