第94話人の迷惑を考えない中学生after1
自室の壁時計を見た里悠平さとゆうへいは廊下に出た。持ち物は財布とスマホだけである。
「どこか行くの?」
「ちょっと散歩」
キッチンの扉から顔を出した母親は眉を寄せる。
「明日、学校だから早めに休みなさい? 遅刻とかしないでよ?」
「まだ七時だし。コンビニ行くだけだよ」
「……行ってらっしゃい」
以前ならもう少し引き留めてくれたはずだが、今は腫れ物に触るようだ。
数ヶ月前。友人とふざけて立ち入り禁止エリアに入り、崖から落ちた。幸い、悠平に怪我はなかったが、友人の一人、麻生勇気あそうゆうきが意識不明の重体に陥り、つい先日まで意識が戻らなかったのだ。
今は後遺症もなく、リハビリに励めば元の生活に戻れるとのことだ。
それはよかったが、この数ヶ月で色々なことがあった。勇気の両親から責められ、自分の親に多大な迷惑をかけてしまった。裁判を起こすとまで言われたのだ。完全に悠平達が悪者の立場に追い込まれ、引っ越し、転校を余儀なくされた。
言い訳になるかもしれないが、入ろうと言ったのは他ならぬ勇気自身なのだ。悠平も賛同はしたものの、先頭を歩いたのは彼である。
「止めなかったオレが悪かったのかな」
家を出て、夜道を歩きながら呟く。通りかかったおじいさんも止めてくれた。危ないと言ってくれた。自業自得とはまさにこの事だろう。
助け出された後に説教をしてきた高校生くらいの少年にはムカついたが、今なら素直に謝ることが出来る。彼の言っていた意味がようやくわかった。自分達だけの問題ではないのだ。ここ数ヶ月で起こったことの全てを、自分で責任を取ることなどとても出来ない。
「え……?」
大きな通りに出たところで、今まさに思い出していた顔を見つけた。あの、オタクっぽい感じ、間違いない。バス待ちをしているようだ。
「あ……」
事故のことを思い出してしまい、固まる。体が動かない。
すると、彼がこちらに気づいた。
「?」
眉を寄せる。向こうは覚えてはいないだろう。しかし、何故か、歩み寄って、声をかけてしまった。
「あの時はすみませんでした」
どうしようもない辛い気持ちを少しでも軽くしたかったのかも知れない。
当たり前だが、その少年、奏介はぽかんとする。
「え、どこかであった?」
当たり前の反応だ。
「あ、いやあの……」
奏介は悠平を観察する。
「中学生?」
「は、はい。少し前に遊園地で」
「遊園地? もしかして、崖から落ちて」
「……はい」
その時の自分の顔がどういう表情だったか分からないが、奏介も思うところがあったのだろう。彼に連れていかれたのは公園のベンチだった。
「で、どうした。泣きそうな顔して」
視界が滲んでいることに気づいたのはそう言われてからだった。
隙間を開けて座る。
「あの時のこと、謝りたくて」
「俺に? まぁ、反省してるなら良いんじゃないか」
「救急車で運ばれた友達、先週まで意識不明だったんだ。今は回復してるけど」
さすがの奏介も驚いたようだ。
「そう、なのか」
頷く悠平。
「それで、学校にもバレて、居づらくて家族で引っ越して転校もしたんだ」
「なるほど」
奏介は一息吐いて、
「自業自得って言葉がぴったりだな」
「うっ……」
慰めてほしいなどとは思っていなかったが、予想以上にバッサリだった。
「友達、意識が戻ったなら良かったな。これからは気をつけないとダメだぞ」
「あのさ、これから裁判になるかも知れないんだ」
「裁判? なんで? 遊園地側が何か言ってきたのか?」
「その、友達の親だよ。俺達が友達を無理矢理禁止エリアに連れていって怪我をさせたって」
「実際そうなのか?」
首を振る。
「その友達が行こうって言ったんだ」
「あー……」
状況的に怪我をしたもの勝ちというわけなのだ。
「言いたい放題だな。俺からすれば、お前ら同罪だぞ。悪い悪くない関係ないから」
「うん、でも違うんだ。俺達が悪い……ってことになってるから」
「それはもう、友達の親がヤバいな」
「でも、何も言えないんだ」
「だろうな。意識戻った友達に謝りには行ったのか?」
「うん。でも会わせてもらえなかった」
「そうか」
直接謝ることが出来ないのがこれほど辛いとは思わなかった。涙がぽろぽろと流れる。中学生にもなって、みっともない。そう思いながらもうつむいていると、
「まぁ、仕方ないな。今後はよく考えて行動することだ。お前が悪いことに変わりはないからな。でも、せめて直接は謝りたいよな」
「うん。出来るなら。でも、無理だよ。勇気のおばさん、目茶苦茶怒ってるし」
「勇気……そいつってどんな奴なんだ?」
「えっと俺達のリーダーっていうか、色々やろうって言うのはいつもあいつだった」
「お前ら……立ち入り禁止エリアに入るの、初めてじゃないんだろ?」
悠平はびくりと肩を揺らす。
「やっぱりか。どこに入ったんだ? 全部言ってみろ」
「閉鎖されてる学校の屋上、山奥の廃虚、遊泳禁止の海に、あと魚釣りのために沖の方まで行ったことも」
「いや、ほんとに反省しろ? 同情の余地まったくないぞ。で、全部勇気が言ったのか」
悠平は頷く。
「……なるほど。仕方ないな」
奏介はゆっくりと立ち上がった。
「反省してるみたいだし、せめて勇気に会って話が出来るように母親を説得してやるよ」
「え!?」
「言っとくけど、お前は悪いし、勇気も同じくらい悪いからな? でも泣くほど反省してるなら、俺がなんとかしてやるよ」
見た目など、まったく頼りないのに、その言葉は悠平の心に染みた。
◯
翌日、奏介は私服に着替えてから悠平と待ち合わせをした。勇気の病院は三駅先らしいので、電車に揺られて向かう。
駅から五分ほど、大学病院の受付へとたどり着いた。
「すみません、麻生勇気君のお見舞いで来たんですが」
奏介が言うと、
「あ、はい。えーと、お待ちください」
看護師はどこかへ電話をかける。
「……わかりました。はい」
彼女がこちらへ視線を向ける。
「すみませんね、麻生君のお母様が来られるのでお待ちください」
困ったように言う。モンスターペアレントの疑いありだ。
奏介と悠平は待合室で待つことなった。ベンチに並んで座る。
「この前もこんな感じだったんだ」
「まず母親が来て、見舞い相手を選別してるってことか」
中々面倒な状況である。
と、奏介達のそばに濃い化粧をした四十代とおぼしき女性が近づいてきた。つんとつり上がった目、その表情は嫌悪感で満たされている。
「なんだ、里君じゃないですか。何の用事ですか? もう来ないでと言ったはずだけど」
「あ、あの、本当にすみませんでした」
頭を下げる悠平。
「本当に申し訳なく思ってます。今日は、勇気君に直接謝りたくて。会わせて頂けませんか?」
「帰ってもらえませんか? いじめをしていた友達になんか会わせられないですね」
「え……。い、じめ? そんなっ、勇気君をいじめてたなんて、絶対にないですっ」
「いじめをしてる連中は皆、そう言うじゃないですか。これは殺人未遂でしょう?」
奏介はため息を吐いた。
「悪ガキの親にしては随分と偉そうだな」
「なんですって?」
睨まれた奏介は何気ない顔で勇気母を見る。
「悪ガキの親にしては随分と偉そうだなって言いました。聞こえませんでした?」
「っ! あなた誰ですか!?」
「俺は悠平の親戚です。付き添いを頼まれたので来たんですけどね、あまりにも暴言を吐かれるので驚いてしまって」
「うちの勇気が悪いって言うつもりですか!?」
「うちの悠平も悪ガキですが、勇気君もでしょ? 立ち入り禁止だっつって書いてある場所に不法侵入しておいて、何偉そうにしてるんです? 立ち入り禁止って意味、ご存知ですか?」
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