第87話昔の同級生を脅して言うことを聞かせてみた2

 奏介は友人と帰る約束をしていたらしいのだが、とりあえず断らせた。やっと出来たであろう友達との約束を破らせるのは少し悪い気がしたが、計画は一週間後だ。それまでは我慢してもらおう。一応、彼の友人には自分からも謝っておいた。なんとも言えない複雑そうな顔をしていたのが気になるが。


 学校の正門を出る。


 と、門のところに立っていた女子生徒が歩み寄ってきた。


「あと君、一緒に帰ろ」


「あ……」


 鈴だった。彼女にとってはサプライズだったのだろう。嬉しそうに微笑んでいる。


「すんません、ちょーっと今日こいつと約束があって」


 両手を合わせ、頭を下げる。


「あ……そうなんだ」


 しゅんとしてしまう鈴である。


「うん、わかった。またね」


 文句の一つも言わず、彼女は去って行った。悪いことをしたとは思うものの、これから一週間はデートの時間も短くなってしまうだろう。


 気を取り直して、正門から駅の方へ歩く。


「まずはターゲットと仲良くなるところからだよな。いきなり行っても誰? ってなるしさ」


「う、うん。……え!? まさか今から檜森さんに会いに行くの?」


「察しがいいじゃん。そゆこと。まずはお話をして慣れるんだよ。女子とまともに話したことないだろ?」


 奏介は視線をそらした。


「……うん」


「あー、別にバカにしてるわけじゃないって、そういう奴もいるよな」


「もしかして喜嶋君、彼女がいるの?」


「もしかしても何も、小学生の頃からいなかったことないんだって」


「さっきの先輩?」


「そうそう彼女三号」


「え?」


「あーいや。なんでもない」


「……そっか」


 やはり羨ましいのだろう。しかしながらこの容姿では彼女どころか女友達さえ出来ないだろう。


(リリも秒で断るだろうけど、出来る限りサポートするからな。さて、どうやってその気にさせるか)


 リリスには連絡して、告白ドッキリをやりたいと伝えてある。中学までは付き合っていたのでそれでよくオタクや半引きこもりを騙して遊んでいた。


 待ち合わせはお洒落な喫茶店だ。よく鈴とのデートに使っている。


「お、いたいた。リリー」


 上品な仕草で紅茶を飲んでいたリリスが顔を上げる。


「お久しぶりです、安登矢さん。あの、メッセージの件なんですが、私はあまり気が乗らなくて…………!?」


 何故か突然顔を引きつらせるリリスに安登矢は眉を寄せた。


「何、どうしたん?」


「ふえ? は、いや……こ、こちらは」


「覚えてない? 小学生の頃クラス同じだった菅谷奏介。おれら同じ高校でさ。こいつがどうしても会いたいって言うから連れてきた。懐かしいよなー。色々あったけど、良い思い出っていうか。ほら、菅谷、挨拶」


「え……あ、うん。あの、こんにちは、檜森さん。……」


「おいおい、何赤くなってるんだよー?」


 奏介の反応にニヤニヤする。初である。


「コ、コンニチハ」


 何やらリリスの様子が少しおかしいが、話を進めよう。


「あ、おれ、ちょっと電話してくんね。コーヒー頼んどいて」


「えっ、待ってよ、喜嶋君」


 奏介の首に手を回す。小声で、


「少し二人で話してみろよ。なーに、すぐ戻ってくるからさ」


「ちょっ、待っ」


 リリスは事情を知っているのだから上手く話をしていてくれるだろう。


 安登矢は笑いを堪えながら喫茶店を出た。




 奏介はすっと表情を消して、ゆっくりとリリスを見下ろした。


「よお、檜森」


「お……お久しぶりでございますっ」


 リリスは頭を下げた勢いで、テーブルに額をぶつけた。






 店の外で十分ほど時間を潰すことにする。柚子から電話が来ていたので、対応して次のデート日を決めておく。ついでに鈴にもメッセージを送っておいた。


 店内に戻ると意外や意外、和やかな雰囲気で二人が話していた。何より奏介が嬉しそうである。


(さすが、リリ。オタホイホイだな)


 苦笑を浮かべつつ、二人の元へ。


「よっ、お二人さん。雑談に花咲いちゃってるじゃん」


「あ、喜嶋君……」


 先程までと表情が違う。リリスの話術にはまったようだ。


「安登矢さん、申し訳ないのですが、今日はこの辺で。菅谷さん、楽しかったです。良ければまた」


「う、うん。ありがとう、檜森さん」


 奏介はリリスが出ていくのを見送りながら最後まで手を振っていた。


「めっちゃいい感じじゃん。手応えどうよ?」


 奏介は照れを隠せない様子で、


「なんか、俺、大丈夫のような気がしてきたよ。あの時のこと、凄く謝ってくれてさ」


「マジ? よかったじゃん」


 話を合わせつつ、少し可哀想になってくる。謝ったとしても、リリスからしたら演技でしかない。それを真に受けてやる気を出しているのを見ると笑えてくる。


「あ、でも恋愛対象とかじゃないよね。檜森さんは俺なんかを選んだりしないと思うし」


「おいおい、そこでガッと行かないとダメなんだぞ? 自信ついたんだろ?」


「でも」


「心配すんな、俺が完璧な作戦練ってやるからさ」


 すると奏介は慌てる。


「だ、大丈夫だよ。喜嶋君彼女いるんでしょ? 俺なんかに構うより、デートした方が良いって」


「そんなん、気にすんな」


 告白のシチュエーションやタイミングを考えたり、後は奏介の男磨きなどやることはたくさんあるのだ。最後に盛大に振られてしまう姿は爽快だろう。しかしながらリリスの気持ちが動いたとしたら、受けても良いと彼女に伝えてある。


(ま、あり得ないだろうけど)


 リリスを惚れさせる気でサポートする、それくらい気合いを入れよう。安登矢はそう決めて、一人頷いた。






 三日後の放課後。


 その日は奏介がどうしても外せない用事があるというので、鈴とのデートをすることにした。


 それはいいのだが、


「あのー、おれなんかしました?」


 いつもの喫茶店、鈴の様子がおかしい。不満そうにコーヒーをスプーンでかき回している。砂糖とミルクはとうに混ざっているのに。


「……あと君て、なんで私と付き合ってるの?」


「え? えーと、そりゃ鈴先輩がかわいくて好きだからですよ? 他にないでしょ」


 これは本音である。嘘ではない。


「ふーん。でもさ、あと君は男の子好きなんだよね?」


「……ん?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。


「偏見は良くないと思うし、別にそれは良いけど、なんで女の子と付き合ってるのかなって。遊び……だったりする?」


 安登矢は固まった。


「鈴先輩、一体何を言って」


 変な汗をかいてきた。恐らく、とんでもない誤解をされているのだろうが。


「恋愛対象じゃない人を彼女にして、何がしたいの? 経験少ない私をからかってるの?」


「ストップ! 先輩、一旦ストップしましょう! なんの話してるんでしょうか?」


「手紙もらったの。あと君の彼氏さんから」


「は?」


「強制はしないけど、あと君は女の子に興味ないから出来れば、別れてほしいって。私、彼氏がいるなんて聞いてない」


「いやいやいやっ、話聞いてるだけでキモいんですけど!? 彼氏なんかいませんて、そんなイタズラでしょ!?」


 鈴は唇を尖らせる。


「でも、最近、新しい男の子に言い寄ってるじゃない。そのことを彼氏さんも気にしてたよ。『すぐ他の男に目が行く、浮気する』って。ていうか、毎日、その男の子と放課後デートしてるもんね。……彼女の誘い断るってそういうことでしょう?」


「いや……待って下さい、あいつは普通に友達ですよ。言い寄るとかないし、彼氏とかいないし! 男と付き合うとかあり得ませんて。むしろ女の子大好きですからっ」


「私じゃなくて女の子が好きなんだ」


「いや、性別の話です! どっちが良いかというと、もちろん女の子ですよ! ってことで、鈴先輩が一番!」


 鈴は疑いの眼差しだ。


「彼氏さん、私の心配もしてくれてたの。あと君は浮気性だし、人をからかって遊ぶのが好きだから、付き合いを続けるなら気をつけてって」


「先輩……ちょっと、話し合いましょう。誤解に誤解が重なって、ねじ曲がっちゃってますから! 何度も言いますけど、彼氏なんかいませんっ」


「……あんなに気を使ってくれる良い彼氏さんをいないとか……」


「だああっ、鈴先輩、そいつに洗脳されすぎですっ」


 誤解を解いて納得してもらうまで、数時間を要した。


 そして、鈴の笑顔を取り戻した頃、柚子からの着信が入るのだった。

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