第72話子供の行動を制限して支配している母親に反抗してみた1

 昼休み。


 風紀委員会室に入ると、誰もいなかった。


「なんだよ、オレらが一番のりか」


 真崎が意外そうに言う。


「昼休み始まって五分しか経ってないし、仕方ないんじゃない」


「ん、じゃあオレ、トイレ行ってくるわ」


「うん」


 風紀委員会室に一人、残される。


 定位置のテーブルに弁当の包みを置いて、パイプイスに腰を下ろす。今日は詩音が遊びの計画を持ちかけるのだろう。昼の誘いも詩音からだったので予想がつく。


 と、戸が開く音がした。


「あら。あんただけ?」


 入ってきたのは弁当袋とペットボトルを持ったわかばだった。


「針ケ谷はすぐ戻ってくるよ。お前こそ、僧院達はどうした?」


「こっちもすぐ来るわよ」


 肩をすくめ、定位置へ。何度か皆で昼食を摂っているが、座る場所は決まりつつある。


「……ねぇ、最近代わった国語の先生って小学生の頃の担任だったの?」


「そうだけど、なんで橋間が知ってるの」


「詩音から聞いちゃったのよ」


 中島に呼び出された時に真崎が昇降口で待っていてくれたのだが、その間に詩音やわかば達と会ったらしい。立ち話をしつつ、流れで詩音が話してしまったとのこと。


「あんた、ほんっとに色々あったのね。性格が歪むのも納得って感じ」


 どこまで話されたのか少し気になるが、


「過ぎたことだしね」


 と、わかばが奏介の前に立った。


「ん?」


「ビンタして良いわよ」


 真面目な顔だった。


「どうした?」


「私も本当にひどいことしたから。あんたの小学生時代の話を聞いてたら、土下座とか弁償で済むようなことじゃないような気がして。だから、一発良いわよ」


「でも」


「いいからやりなさ、ぶふぁっ」


 不意討ちで頬を張った。


 彼女は頬を押さえて後ろによろける。


「ほんとにやったわね!?」


「お前がやれって言ったんだろ。ていうか、そんなに痛くしてないし」


「そこは気にしなくて良いっていうところじゃない!?」


「お前にそんな気遣いしないから」


「あんたってやつは本当に本当にっ……!」


 と、戸が開いて皆が入ってきた。全員一緒の到着だ。


「うぃー悪いな。遅くなった」


「あ、奏ちゃん、今から発表するからね!」


 遊びの計画が決まったらしい。


「また何かあったのかい?」


 奏介とわかばの様子に苦笑を浮かべる水果。深く聞く気はないらしい。


「……わかば、頬赤いけどどうしたの」


 モモが不思議そうにする。


「ほんとだー。どこかぶつけた、にしては場所がおかしくない?」


 と、ヒナ。


「違うわよ、菅谷が」


 そこでわかばは奏介が睨み付けているのに気づいた。


「菅谷くんが、何?」


「ちょっと転んでぶつけたのよ。気にしないで」


 そこで話を終わらせた。






 集まったところで、昼食タイム開始。


 少しして、詩音が切り出したのは動物園に行こうというものだった。わかば達の反応も良く、日にちの候補を詩音に伝えて、全員合う日を決めるとのこと。後はメッセージアプリのグループ機能で情報を回す形になるだろう。


 詩音は遠足のしおりを作ると張り切っていた。


 やがて昼休みが終わり、解散になる。


「菅谷君」


 近づいてきたモモが少し気まずそうに声をかけてきた。


「ん?」


「ちょっと相談があるの」


「相談?」


「いえ、ごめんなさい。相談というかあなたのアドバイスが欲しくて。今日じゃなくてまた今度で良いんだけど」


「家のこと?」


 モモはこくりと頷いた。


「不倫親父とイキリ娘か……」


 やつらの相談というだけで納得してしまう。


「わかった。今度ね」


 モモはほっとしたように頷いて離れていった。


「モモのことよろしくね、菅谷くん」


「!」


 後ろからの声に振り返る。


「僧院……」


「一人暮らししてるんだけど、またなんか色々あったみたいでさ」


「そういえば、僧院のところで働いてるんだよね」


 そうそうと頷くヒナ。


「あの父娘、ろくな奴らじゃないからさ。君なら良いアドバイスしてくれるかなって」


 奏介への相談はヒナが勧めたようだ。


「前から思ってたけど、僧院は俺のこと信用し過ぎじゃない?」


 と、ヒナは後ろ手で手を組む。


「当たり前だよ? 君のことは誰より信用してるよ」


 奏介は目を瞬かせる。


「そんな大袈裟な」


「ふふ、我ながら大袈裟かもね」


 ヒナは手を振って、部屋を出て行った。






 放課後。


 久々に詩音、水果と一緒になった。三人で帰宅することに。


「動物園楽しみだねー、おやつは三千円までで良いかな?」


「……値段設定が大人だな」


「止めときな、詩音。食べ切れないから」


「それは分かってるけどさー。そういえば、奏ちゃん、これから水果ちゃんち行くんだけど一緒に行かない?」


「遊びに?」


「うん。読みたかった漫画を貸してもらうついでに」


「あー……。いや、俺は良いよ。このまま帰る」


 と、水果が奏介を見る。


「最近日が落ちるのが早いから、引率してくれると嬉しいんだけどね?」


「ああ、しおの帰りの話?」


 確かに水果の家は電車で二駅のところなので夜道を一人で帰らせるのは心配だろう。この時間から遊びに行けば確実に暗くなる。


「まぁ、そういうことなら」


「お茶とお菓子サービスするからさ」






 電車に乗って水果の自宅がある住宅街の駅で降りた。駅舎を出て、細い通りを歩き始める。


「あ」


 水果が声を上げた。


 前を歩くのは黒いランドセルの小学生のようだ。


 こちらの気配に気づいたのか、小学生が振り返る。高学年だろうか。わりと背がある。


「! 水果姉ちゃん」


 ぱっと笑顔になり、駆けてくる。


「今帰りかい?」


「うん! ねぇねぇ、今日さ、家に遊びに行っても良い?」


「今日? でももう四時半だから、お母さんが……」


 水果は何やら躊躇って、


「心配、するんじゃないかい?」


 小学生の顔が曇る。


「……うん」


 二人の間に流れる微妙な空気はなんなのだろう。


「わかったわかった。じゃあ、取りあえず近くまで一緒に行こうか。あたしの友達もいるけど、良いかい?」


「あ、ごめんなさい」


 水果しか見えていなかったようだ。


「水果ちゃんの……弟くんじゃないよね?」


「近所の子だよ。ていうか、隣」


「と、隣同士。漫画みたい」


 詩音が拳を握りしめる。奏介は呆れ顔だ。


「漫画読み過ぎだ」


 水果と少年、もとい井上高士いのうえたかしを先頭に、椿家へ向かう。


「なんか元気ないね。どうかしたかい?」


 水果に手を繋がれている高士が唇を噛み締める。


「今日、友達と遊んじゃったんだ。三時半には帰ってきなさいって言われてたのに。……怒られる」


「あらら」


 詩音が苦笑を浮かべる。


「高士君のお母さん、怖いのかな?」


「ううん。お母さんは……」


 奏介は眉を寄せた。水果も合わせてどうも様子がおかしい。母親に何かあるのだろうか。


「水果姉ちゃん」


「なんだい?」


「僕、お母さんに言いたいんだ。友達と遊びたい、ゲームしたい、漫画も読みたい、テレビ見たいって」


「そうだね……」


 奏介と詩音は顔を見合わせる。


「ああ、ごめんね。二人とも。この子のお母さんはかなり厳しい人でね。昔からなんだけど、ゲーム漫画テレビ禁止で勉強勉強、友達とも一切遊んじゃダメって言われててさ。なんか可哀想で、たまにうちに上げて漫画読ませてるんだよ」


「えぇ……。かなりっていうか厳しすぎない?」


 詩音が青い顔をする。


「友達と遊ぶのも禁止? 凄いな」


 さすがに可哀想だ。せっかく友達がいるのに親が遊ばせないなんて。


「僕、水果姉ちゃんの弟になりたい」


「あはは。それは難しいね」


 水果になついている理由が良くわかった。


 と、十字路に差し掛かる。住宅街の角を曲がった。


「そこがあたしんち……あー」


 水果が妙に気の抜けた声を発する。


「お、お母さん」


 高士の母親らしい女性が道の脇に立っていた。見たところ普通の三十代後半という印象。優しげですらある。


「こんばんは、井上さん」


「こんばんは、水果さん。高士ー? どこで何してたの? 言ったよね、すぐに帰ってきなさいって」


「ご、ごめんなさいっ」


「ううん。良いのよ」


 高士母は張り付けたような笑顔で高士の頭を撫でて、


「でも、ダメだからね? 勉強せずに遊び回るなんて」


「うん……」


「友達と仲良くしちゃダメよ? 女の子とお話するなんてもっての他、漫画とかゲームもお勉強に影響するから絶対ダメ。いつも言ってるよね?」


「分かってる、けど、僕、少しくらい友達と」


「ダーメ。あのね、今は分からなくても、将来の高士のためなの。だから」


 奏介、詩音、水果を睨み付ける。


「こういう、頭悪そうな人と会話するのは止めなさい」


「なっ」


 さすがの水果も眉を寄せる。詩音は普通に引いている。


 今の言葉を持って、奏介は自分をバカにされた、と認識することにした。


「頭悪いのはお前だろ」


 奏介の言葉に高士母がぎろりと睨んでくる。


「なんですって?」


「あ、失礼しました。つい本音が」


 奏介は口元を押さえ、笑顔を作る。


「ところで随分と高士君の行動を制限してるみたいですけど、それって高士君のためなんですか?」


「当たり前でしょ? 将来良い会社に入って不自由ない暮らしを」


「それはあなたの願望ですよね。高士君に無理をさせて高い給料を取って養ってもらいたいと、最後まで面倒を見てもらって、最期の時を看取ってもらいたいんですよね? でもそれだと高士君はその後、友達ゼロお嫁さん無しで孤独死まっしぐらだと思うんですけど。それについてはどう思われます? まさか、自分が死んだ後はどうでも良い、高士のことなんかどうでも良いとか言うんですかね?」

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