第70話いじめられる原因を作ってしまったのでその彼に謝ってみた2

「百歩譲って未熟だから間違いを起こしたとしても、やって良いことと悪いことくらい分かるだろ? 仮にも教育学部を出てるなら、子供が親や周りの大人の影響を受けやすいって分かるだろ。それをクラスメート達の前で笑いながらさらし上げしやがって、お前は担任を任されたクラスでいじめの原因を作るのが趣味なのか? 最低のくず教師だな」


 それは罵倒ではなかった。ただの正論。バカだのあほだの言われた方がまだましかも知れない。彼の言葉一つ一つが心に刺さるようだ。


「そ、そんなつもりはなかったんだ」


 震える声でそう言うのが精一杯だった。彼はもうあの頃の気弱な小学生ではないのだ。そして、考えないようにしていたが、やはり中島のことを恨んでいる。それを隠そうとすらしていない。明確な敵意が感じられた。


「あの時お前、何歳だったんだよ。その行動をすることで結果的にどうなるかなんて少し考えれば予想つくだろ。十代の子供じゃあるまいし、成人した大人の言い訳じゃねぇんだよ」


「あ、あの頃は」


「そういえば、あの後、いじめられる俺を見てみぬ振りしながらその様子を楽しんで、一年で他の学校へ逃げたんだったな」


「た、楽しんでなんかないっ、異動は……関係ない。上から決められたことだっただけで、逃げたなんて。運が悪かっただけで誤解なんだ」


 嘘を吐いた。本当は、彼の言う通り逃げたのだ。


「その言い訳を俺にして、何か変わるとでも思ってんのか? あの時お前がどう考えたか、どう行動したか、事実だと思ってたことが誤解だったか、なんて俺はどうでも良いんだよ。小学生の俺が感じて見たものが全てだ。わかるか? 俺にはお前が逃げたようにしか見えなかったって言ってんだよ」


 何も言えなかった。小学生の菅谷奏介はそう思ったのだから、彼にとってはそれが真実だ。いじめている方はそんなつもりはなかったと言うが、それはいじめられている側にしてみれば本当にどうでも良いことだ。


 中島は膝から崩れ落ちる。


「よく俺に謝ろうとか思ったよな。こっちは触れないでおいてやろうと思ってたのにわざわざ喧嘩売ってきやがって」


 蔑み、汚いものでも見るような視線。中島はうつむいた。


「……本当に、申し訳なく思ってる。今になってみたら、バカなことをしたと……」


 あいつらよりはまだましか、と奏介が呟いたが、何の話か分からなかった。


「それと気づいてないみたいだから教えておいてやるよ」


「……え?」


 奏介と目が合う。


「お前は、俺に謝罪をしに来たんじゃない。許してもらおうとしてたんだ。そりゃそうだよな。副担任を任されたクラスに、過去にいじめてた生徒がいれば和解もしたくなる」


「ち、違う。違うんだ」


 何故か、視界が滲んだ。自分のすべての行動が彼には歪んで見えているようで、怖くなった。


「違わねぇよ。俺はお前を許すつもりはない。謝ったって謝らなくたってそれは変わらない。なぁ、今度また喧嘩売ってきたら無事でいられると思うなよ。今後一切干渉してくんな」


 奏介はそう吐き捨て、教室を出た。






 その日、中島はとぼとぼと帰路についていた。思い返せば思い返すほど、奏介の言葉は正論で言い返すことが出来ない。そして、あの態度、口調からして相当恨まれていたのだろう。


 彼への仕打ちは教師として最低だった。


「また小学校勤務に……戻るか」


 なんとなく思った。今回の任期が終わったら少し考えよう。今日は寝られる気がしないが。









 奏介は昇降口で待っていた真崎に手を振った。


「よ、どうだったよ。因縁の中島せんせーは」


「最後泣いてた」


 真崎は顔を引きつらせる。


「マジで? おま、大人の男を泣かせたの?」


「泣くほど反省してるってことなんじゃない? 知らないけど」


「淡白だなぁ……」


「まぁ、また喧嘩売ってきたら考えようかな」


「喧嘩売ってきた判定厳しいよな。謝りに来たんだろ?」


 好感度がマイナス百を振りきっているので仕方がないのだ。それでも反省している姿勢だけは認めることにする。


「あんな奴どうでも良いから、どこか寄ってこうよ」


「おー」


 奏介と真崎は昇降口を出た。

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