第50話料理長after

 奏介は自宅近くの最寄り駅から二駅ほどのところにある、桃城という街に来ていた。この辺りでは一番の都会で、休みとなるとここへ遊びに来る若者も多い。


「人多いな」


 この場所へ来ている理由はヒナに呼び出されたからだ。


 石田との一件でヒナには世話になった。何か礼をしたいと思いつつも時間が経ってしまい、先日、意を決して本人に聞いてみたのだ。その結果がこれである。


「あ」


 駅前広場の女の子の像の前で手を振っている彼女の姿が見えたので、小走りに近づいたのだが。


「や! 早いね」


 奏介は目を瞬かせた。ヒナの隣には困惑気味の詩音が立っていたのだ。


「……ん?」


「じゃあ、行こうか、三人で」


「いや、待て僧院。甘いものでも奢ってっていうから来たけど、なんでしおが」


「休みの日に二人で行ったらなんかデートみたいで恥ずかしいじゃん? だから付き添い。わかばとか椿ちゃんとか誘おうと思ったんだけど、菅谷くんの負担が増えるからね」


 詩音は奏介とヒナの顔を交互に見て、


「よく分からないけど、わたしは、二人がデートをするのを見てれば良いの?」


 不思議そうに首を傾げた。


 どうやらヒナはこの状況を話していないらしい。


 仕方なく奏介が事情を説明する。


「そういうことだったんだー。じゃあ、わたしはひーちゃんのおかげで何か奢ってもらえるってこと?」


「強制はしないけど、菅谷くんはボクに奢って伊崎ちゃんに自腹で払わせるなんてことはしないよね?」


「まぁ、それはそうだけど。……でどこが良いの?」


「結構メニューの種類があるカフェなんだけど、ケーキとかパフェが美味しいらしいよ」


 ヒナに誘われるまま、駅から少し離れることになった。


「なんだ、奏ちゃんもひーちゃんに呼ばれてたなら一緒に来れば良かったね」


「僧院はしおを誘うなんて一言も言ってなかったから」


「ねぇねぇ、伊崎ちゃんと菅谷くんはいつから幼馴染なの?」


 奏介と詩音は顔を見合わせた。


「えーと、産まれる前からお母さん達が友達で」


 ヒナは両手を合わせて目を輝かせた。


「そっかぁ、そうだよね。仲良くて羨ましいなぁ。ボクの幼馴染なんてクズの浮気野郎とその弟しかいないからさ」


「そういえば、あいつとは」


「奴は死んだ」


 間髪入れずに言われたので奏介は黙った。


「それより、あそこに見えるのがカフェだよ。開店直後だから空いてるんじゃないかな?」


「なんかよくわからないけど、楽しみー」


 NGワードにでも設定されているのだろうか。








 カフェの名前を見て、なんとなく違和感を覚えたものの、女子二人に続いて中へと足を踏み入れた。


 すると、


「いらっしゃいませー」


 お洒落なカフェにやや不釣り合いな男性の声が聞こえてきた。目が合う。


「さ、三名様で……うあ!?」


 目が合う。それは、二ヶ月ほど前にバイト先でやり合った、料理長七野だったのだ。


「……」


 目の前で顔を引きつらせ、徐々に怒りの表情へ変わっていく様子を見ながら察した。ここはあの店の系列店なのだ。


 左遷と聞いていたが、近くてびっくりだ。


 どうせなら南極支店とかに飛ばされれば良かったのに、と心の中で呟く。


「てんめぇ、あの時はよくも」


 ヒナは目を瞬かせ、詩音はおろおろしている。幸い他の客は少ないが店全体の空気がぴりりと張りつめた。


「で、席は? 好きなところに座って良いならそうしますけど」


「てめえに座らせる席なんざ、ねぇん……」


 七野の肩にぽんと手が置かれた。後ろに立っているのは二十代半ばくらいの若い男性だ。にっこりと笑っている。


「七野さん、ちょっとこっち来ようね。あ、申し訳ありません、お客様。お好きな席へどうぞ。すぐにお冷やとおしぼりをお持ちしますので」


 にこやかにそう言って、七野を裏へと引っ張って行った。


「知り合い?」


「前のバイト先でお世話になった人なんだ」


「そんな一言で説明できるような感じしなかったけど? ボクの気のせい?」


「あのね、ひーちゃん。深くは言わないけど、奏ちゃんに喧嘩を売った相手なんだよ……?」


「納得」


 ヒナは何度か頷いて、


「ま、座ろっか。あのおじさんお説教されてるみたいだし」


 三人は適当なソファ席へと腰を下ろした。水とおしぼりは別の店員が持って来てくれたので、それを待ってからトイレへ。その途中の廊下で予想通り声が聞こえてきた。そっと裏方を覗く。


「あのねぇ、七野さんはここに何しに来てるの。再研修のためでしょ? また責任者をやりたいなら真剣にやらないとダメだってことくらい分かるよね?」


「……はい」


 奏介は呆れ顔だ。一体何歳下に怒られているのか。


「前もお客さんにああいう態度取ったって聞いたよ。こんなことで、怒られてて恥ずかしくないの?」


「……」


「返事も出来ないのかな?」


「す、すみません」


 後に、奏介達の席へ責任者と名乗る男性店員と共に七野が現れた。


「さ、先ほどは失礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした」


 歯を喰いしばって頭を下げる七野の悔しげな表情がなんとも言えない優越感をもたらす。


「本当に申し訳ありません。お客様。こちら、まだ研修中でして」


 奏介は笑顔になる。


「いえいえ、そんな。責任者の方がしっかりしていて助かりました。七野さんでしたっけ。これからは他のお客さんを不快にさせるようなことは止めて下さいね」


 そう言ってやると、七野はがっくりと肩を落とした。

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