第42話小学生の頃のいじめっ子に再会したので全力で反抗してみた2

 その日の放課後。奏介はスマホを手に教室を出た。今日も呼び出されてあるので桃原高台公園に行かなくてはならない。


 ちなみにネットにばらまいた情報への非難は治まりつつあるようだ。必死に火消しをしたのだろう。ネット掲示板に擁護コメントがいくつか書き込まれていた。


「今日はカメラを仕掛けるのは止めとくか」


 いくらバカでも、こんな写真を撮られたとあれば公園の周辺を警戒するだろう。今日もかつあげされたら、仕返しの内容をどうしてやろうかと考えていると、


「ちょいちょい、菅谷くん」


 階段に差し掛かったところだった。屋上への階段のところで手招きしているのはヒナである。


 近づくとスマホの画面を見せてきた。


「これって君?」


 昼休みと同じやり取りになりそうだ。


「ああ、そうだよ」


「やっぱり。いや、昨日は驚いちゃったよ。君が脅されてお金盗られてるのかって思ってさ。とりあえずこいつらの素性とか余罪調べ上げたんだけど」


「余罪?」


「かつあげ、色んなとこでやってるみたいだよ。証拠も押さえたし。えーと、例えばゲーセンとか」


 奏介は少し考えて、


「しおがよく行くゲーセンでかつあげが出るのは有名だね」


 どうやらその件も石田が関わっているらしい。


「個人情報晒してあげようとしたんだけど、この呟きも君でしょ?」


 それは奏介が作った捨てアカウントの呟きで数万RTされている。


「うんまぁ」


 ヒナは苦笑を浮かべる。


「ボクが出る幕じゃなかったね。さすが菅谷君」


「調べたって言ってるけど、ゲーセンかつあげの証拠なんかどこで手に入れるの?」


「お金、たくさん持ってると色んなとこにコネがあるのですよ」


 片目を閉じてみせるお嬢様。


「まぁまぁ、心配いらないみたいだから、無理に関わるのは止めとくよ。健闘を祈る!」


 ヒナは敬礼をして、階段から降りる。


 どうやら、奏介を助けるために動こうとしてくれていたらしい。


「あ、僧院」


「ん?」


「その調べた情報……ゲーセンのかつあげの証拠とか素性の情報、買わせてもらえない?」


「え、別に無料で提供するけど、使う?」


「今日のあいつら次第」


 何をされるかで決めるのだ。










 昨日と同じ時刻。桃原高台公園にて。


 石田は少しイラつきながら奏介を待っていた。


「あ、やっと来やがった」


 友人の一人が言う。


 奏介は階段を上り切ると、怯えた様子で三人に歩み寄ってきた。


「よお。ちゃんと持ってきたんだろうな?」


「う、うん」


 奏介はポケットから万札二枚を取り出して、震える手で石田に手渡す。


「あ、あの、石田君。もうこれでお金を渡すのは最後に」


「ありがと、よっ」


「あぐっ」


 いきなり、腹の辺りを殴られたのだ。奏介は腹部を両手で押さえ、倒れこんだ。


「うう」


「わりぃなぁ、菅谷。ちとムカついてるんだわ」


 石田は地面に落ちた二万円を拾い上げると、


「ぐっ!?」


 もう一度腹を思いっ切り蹴った。


「じゃ、明日は三万な。来ねぇとぶっ殺す」


 吐き捨てて、公園を後にした。


「あっはは、ひでー」


「イラつき過ぎだろ」


 イライラは中々収まらない。











 翌日、石田は教室の自席で呆然とスマホを見ていた。


「なんだよ、これ」


 ネットにわざわざ掲示板が立てられていたのだ。タイトルは、




『桃原地区のゲーセンでかつあげされました。皆さん、これをどう思いますか?』




 だった。掲示板の一コメの内容はこうだ。




『被害総額百万超えてるらしいです。警察に届けてもお金が戻ってくる気がしません。泣き寝入りですか?』




 以下、写真などがこれでもかと貼られている。匿名の書き込みコメントはすでに百を超えていた。




『悲惨やな……。昨日のかつあげ連中じゃん。慶伊高の不良?』


『こいつらどんだけ人から金巻き上げてるんだよw』


『プロフィール晒すのはどうなん?』


『正直自業自得だろ……』




 などなど、皆思い思いに書き込んでいる。


「……なん、だよ。誰が……」


 と、スマホに着信があった。非通知設定だ。出てみると、


『かつあげ野郎◯ねっ』


 それだけ言われて切られた。録音しておけば、誹謗中傷の証拠になり得るが、石田にその余裕はない。


 慌てて非通知拒否設定にする。


 そしてクラスメートからの視線。ヒソヒソ話。


 そして極めつけは、


「石田は居るか?」


 生活指導の教員が来て、険しい顔で此方を睨んだ。


「来い。話がある」


 石田はびくっと肩を揺らして、慌てて立ち上がった。








 今日の奏介の昼食は弁当だった。箸で卵焼きを摘まむ。


 いつものように向かい合っているのは真崎である。彼はスマホで奏介の立てた掲示板を見ていた。


「えっぐ。顔写真、名前、住所、電話番号、スマホの番号、学校名、出身中学、小学校? あと家族構成、両親祖父母の名前……やり過ぎじゃねぇか?」


 青い顔で問うてくる真崎に奏介はため息をつく。


「こっちは二万円盗られた上にいきなり蹴られたんだよ? しかも二回。自分で煽って暴力受けるならともかく、意味もなく」


 奏介は箸を握り締める。


「石田の野郎、ぜっっったいに許さない」


「折れるぞ、箸。てか、これ犯罪になんないか? 大丈夫かよ」


「別に誹謗中傷はしてないし。まぁ、訴えられるとかはあるかも。でも、かつあげしてる奴らに俺を訴える度胸があると思う? ちなみに俺は色んな意味で刺し違えるくらいは覚悟してるけどね」


「お、おう」


 奏介がおかずの最後の一口を食べ終えた頃、スマホのメッセージが届いた。弁当を畳みながら内容を確認する。


 石田からの呼び出しだった。








 高台公園に足を踏み入れた瞬間に顔を殴られた。


「ぐあっ」


 横に吹っ飛んで、うずくまる。


「う……うう」


「おらっ」


 腹を蹴り上げられ、


「ぐっ、げほっ」


 胃液を吐いた。


「う」


 見上げると、石田が見下ろしていた。


「てめぇ、誰に頼んだ?」


「……え?」


「これだ、これ。てめぇの仕業だろ?」


 見せられたスマホの画面には例の掲示板が映っていた。


「し、知らないよ」


「嘘、つくんじゃねぇよっ」


 側頭部を蹴られ、意識が飛びかけた。脳震盪を起こしても不思議ではない。しかし、この先のことを考えても気を失うわけにはいかない。そう、思ったのだが。






 気づけば小学生の頃の教室だった。


 奏介は一人机に座り、縮こまっている。


 一番前の席でクラスメート達を集めているのは石田春木だ。


「カッターで切られたの? ひどい……」


「ていうか、ごめんね。石田君。まさか石田君の方がいじめられてたなんて知らなくて」


 時々味方をしてくれていた女子達が石田に申し訳無さそうに言う。


「いやいいって。そう見えるようにしてたんだろ、あいつ」


 奏介は震えた。味方がいなくなる。周りが敵だらけになっていく。


「ほんと、最低。いじめられてるフリとか」


「かばってた私達がバカみたい」


 その言葉一つ一つが心に突き刺さった。


「違う、違うのに」


 と、近くでサイレンの音が聞こえ始めた。






 奏介は、はっと目を覚ます。見ると、石田達は困惑した様子で階段の下を気にしていた。


「な、なんでパトカーが?」


「お、おいこっち見つかったら上がってくんじゃねえか!?」


 三人は逃げ道を探すが、高台公園はかなり急な斜面に囲まれているため、階段以外からは降りられないだろう。


「な、なんでだよ。なんで警察が」


 奏介は体を起こした。


「バーカ。俺が呼んだんだよ」


 その声に石田が振り向く。


「……え?」


「お前に呼び出された時点でリンチ食らうのなんか分かってんだよ。来る前に通報しとくに決まってんだろ」


 奏介はそう言ってズボンのポケットから工作用のカッターを取り出した。刃を全開にする。


「な、何する気だ? まさか」


 奏介はにやりと笑って、思いっ切り自分の二の腕を切りつけた。


「痛っ」


 さすがに声が漏れた。鋭い、焼けるような痛みが走る。


 鮮血が腕を伝った。それから血まみれのカッターの刃をしまって、呆然とする石田へ放る。


「えっ、わっ」


 とっさに受け取った彼はべったりとついた血に怯えて、それを地面に落とした。


「なぁ、懐かしいよな、石田。あの時と同じだ」


 奏介は薄い笑みを浮かべている。


「てめ、何して」


「もうすぐ警察が来る。この状況を見たら……どう思うだろうな」


「は?」


「その血まみれのカッター、警察は誰が使ったと思うかってことだよ」


「そんなの、てめえが勝手に持ってきて勝手に切りつけたんだろうがっ……あ?」


 石田はようやく気づいたらしく、表情を凍りつかせた。


「あの時と同じだっつってんだろ。この状況だけを見たら、このカッターを使ったのはお前だ。石田」


「……な、何言ってやがる。そんな嘘、誰が信じるんだよ」


「まぁ、調べればバレるかもな。でも今駆け込んできた警官はぼっこぼこで血まみれの俺と、暴行野郎の言葉だったら、どっちを信じるだろうな?」


 奏介はにやにやと笑う。


「て、てめぇ」


「安心しろよ。お前がやったとは言わないからさ。ただ判断するのは警察だからな。小学生の頃、菅谷がやったとか叫んだお前より良心的だろ?」


 走ってきた石田に胸ぐらを掴まれる。


「なんだ? 俺に文句でもあんのか?」


 奏介は笑っていた。


 石田は歯茎を見せて唸るように、


「この……殺してやるっ」


 奏介は鼻を鳴らした。


「やってみろよ。この場で殴り殺してみろ。出来んのか? チキン野郎」


「菅谷の癖に……! あんまり嘗めてっと」


「嘗めてっとなんだよ。どうせ殴るか蹴るかしか出来ないだろ。暴力は便利だよな。とりあえず痛い目見せとけば良いっていう頭の悪い考え方がお前にはお似合いだよ」


「殺してやるっ」


 奏介は意気がる石田の手首を掴んだ。


「お前に人殺す度胸ねぇだろ? 石田」


「っ……!」


 奏介の囁くような煽りに、石田はごくりと息を飲んだ。


「俺に対する暴行障害、恐喝罪、これだけ殴ったり蹴ったんだ。殺意があったとしか思えない。つまり、殺人未遂も加わるな。この前のかつあげもゲーセンのも全部証拠押さえてあるんだよ。早く逃げないと、お前逮捕されるぞ?」


「す……菅谷ぁ。殺してやるっ、殺してやるっ」


「叫んでないでやってみろ。プラス殺人罪だ」


 それを聞いて、石田は奏介を離した。尻餅をつく。


「お、お前……お前本当に菅谷なのか?」


「なあ、石田。俺の小学校六年間をぶっ潰してどんな気分だった?」


「へ……?」


「今度はお前の番だ。お前の人生、全部ぶっ潰してやるよ。これで許されたと思うなよ。次はその面で二度と外を歩けないようにしてやるからな。覚悟しとけよ、クズ野郎」


 石田の顔色が変わっていく。血の気が引くように。


「ま、待てよ。小学生の頃の話を持ち出して何言い出してんだ? 根に持ちすぎだろ」


「ああ、根に持ってるよ。いつか仕返ししてやろうと思ってた。でもさ、今回はお前から仕掛けてきた喧嘩だからな? お前が堂々と正面から、俺に喧嘩を売ってきたんだ。やり返されて、取り乱してんじゃねーよ」


「あ……あ……」


「本当に変わってないな。単細胞で頭空っぽなところ。牢屋で反省してこいよ?」


 奏介が言ったところで、警官が三人ほど公園内へ駆け込んできた。


「動くなっ。逃げても無駄だ」


「ひっ」


 警官の迫力ある怒声に石田は声を上げた。


「いいか、動くな。下にも警官がいる。逃げられないぞ」


 と、他の警官が駆け寄ってきた。


「君、大丈夫か?」


「は、はい。血が止まらなくて」


 泣きそうな声で言うと警官は無線を取り出した。


「負傷者、少年が一名。救急車の手配を。また、至急応援を」


 連絡が終わるとタオルで止血をしてくれた。


 警官達は石田とその友人達を逃がすまいと睨み合っている。


「お前ら、高校生か!?」


 警官がはっとした様子で血まみれのカッターを見やる。


「こいつ、まだ刃物を持っているかもしれないぞっ」


 警官はそう言って、


「うあっ」


 石田に飛びかかり、あっという間に地面に組み敷いた。


「ぐっ」


「大人しくしろ。他に何を持っている?」


「ち、違げーよっ、カッターはそいつが持ってきたんだっ、そいつが自分で腕を切りやがったんだっ」


「おい、応援はまだか?」


「近くのパトカーが向かっているそうですっ」


 石田を組み敷いた警官が奏介を見やる。


「君、くらくらしたり、傷以外で強く痛むところはあるか?」


「今のところは、大丈夫です」


「そのまま血が止まるまで動かないでいなさい」


「はい」


「いいかい? ここを押さえててね」


「あ、ありがとうございます」


「すぐ救急車が来るからね」


 警官は優しくそう言って、奏介から離れて行った。やがて応援も来て、公園内が騒がしくなる。予想以上に大変な騒ぎになってしまったようだ。


 奏介は、バタバタと暴れる石田の様子を無表情で見ていた。

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