第12話靴箱で酷い嫌がらせをされたので反抗してみた3

完全下校時刻まで後十五分。奏介は真崎と共に一年一組の教室に来ていた。


 西の空に微かにオレンジ色の光、空は薄水色で千切れ雲が浮かんでいる。


 教室内は薄暗い。


「じゃあ、よろしく」


「了解」


 真崎は複雑そうな表情で廊下へ出た。この教室に他の生徒が来ることがないよう、見張りを頼んだのだ。この時間なら問題ないとは思うが、万が一がある。


「ありがとね、針ケ谷。助かるよ」


「罪悪感がすげーんだが」


 廊下でぼやく真崎を横目に、奏介は手に持っていたバケツを床に置いた。掃除用具箱から借りて、水道で水を汲んできたのだ。教室の後ろの方にある『橋間』のロッカーを開ける。靴箱もだが、一番下のロッカーなので他の生徒に被害が出にくいのはありがたい。


 中には体育シューズが入っていた。


「では」


 奏介はそれを取り出して、躊躇いもなくバケツの水の中に沈め込んだ。


「あれ、体操服は持って帰ってるのか……」


 水攻めはシューズしかできなさそうだ。


 たっぷり含ませたところで水をよく切り、ロッカー内へ戻す。教室で漏れだしたら他の生徒にも迷惑がかかってしまう。実際に履いた時にだけ分かるように調整する。


 ちなみに奏介自身がやられた時は漏れだしていて大変だったのだ。気づいたクラスメートにはミネラルウォーターを溢したと誤魔化して、すぐに自分で掃除した。おかげで今日は朝から余計な労力を使うはめになったわけだが。


 奏介はロッカーを閉めて、教室内を見回した。教卓の上の席順表を見て橋間の席を確認する。


「ここか」


 奏介は使い捨てのビニール手袋を両手にはめた。それから鞄の中から食用油のミニボトルを取り出す。机に垂らし、まんべんなく塗り広げて行く。机の中まで丁寧に塗り込んで、軽く拭くとピカピカになった。


「椅子……はかわいそうか」


 慈悲の心は大切だ。あれでも女子だ。下着に影響が出るのはやめてあげよう。


 油のボトルをしまい、バケツを持って廊下へ出た。


「お待たせ」


「終わったのか」


「うん。無事に」


 水道でバケツを洗い、掃除用箱へ戻した後、二人で昇降口へ向かうことにした。


「丁寧にやり返すんだな」


「え?」


 奏介は無表情で真崎を見やった。


「……なんだ、その顔」


「どう考えても嫌がらせのレベルが釣り合ってないでしょ。なんならロッカーに飼育委員会が飼ってる鶏の餌をぶちこんだり、机に彫刻刀で『○ね』って深く彫り込んでやりたいくらいだけど、他の人に迷惑がかかるから自重してるんだよ。でもまぁ、今日俺の靴箱にまた新しい嫌がらせ仕掛けたみたいだからそれ次第でどうしてやろうか」


「シンプルにこえぇよ。マジでお前つええな」


「はは。ちなみに生物学的に女の子じゃなければ容赦しないんだけどね?」


「そ、そか」


 真崎は頷いて、視線を前へ。


「つーか、牛乳注いだのにまた仕掛けたのかよ」


「気づく前に仕掛けてたんだよ。その後はパニックになってたからそのままになってるはず」


 と、昇降口付近で朝比賀に遭遇した。


「おや、君達今帰りかい?」


 どうやら彼も帰るところのようだ。一人で風紀委員の書類を整理していたらしい。


「お疲れ様です」


「お疲れ。菅谷君、風紀委員会会議なんだけど来週の月曜日になったから、その時に紹介するよ。顧問の都合で悪いね」


「いえ、大丈夫です」


 すると、真崎が辺りを見回す。


「先輩、この前一緒にきた女子は一緒じゃないんすね」


「ああ、橋間君かな? 今日は一人でこなせる量だったからね」


 奏介は考える。先ほど聞いた会話を思い出したのだ。


『なんで朝比賀先輩はあんな奴』


 その言い方から、奏介への嫌がらせは彼が関係しているのかもしれない。やはり、風紀委員入会がそもそもの原因のようだ。


「おや、もうこんな時間か。残念だ」


「なんか予定あったんすか?」


「早い時間に帰れたら映画を見に行きたかったんだ。時間があったとしてもあまり有名な映画じゃないから一人で行くことに……君らは時代劇とか好きかい?」


 期待に目を輝かせる朝比賀だが、


「すんません、オレはちょっと」


「俺も見ないですね」


 その言葉に肩を落とした。


「だろうね。うん、ありがとう。じゃあ、気をつけてね」


 そこで職員室へ鍵を返しに行くという朝比賀と分かれた。




 そして昇降口。


「んで、今日の嫌がらせはどうよ?」


 今さら何があっても驚かない。そう心の中で呟いて、開ける。


「っ」


 結果的に、勢いよく顔に水がかかった。


「うぇ!? 菅谷!?」


 靴箱の中を見ると、水鉄砲らしきおもちゃの銃口がこちらを向いていて、扉を開けると引き金が引かれる仕掛けになっていたのだ。


 奏介は冷たい表情で靴箱内を見つめる。


 真崎も呆れ顔だ。


「ここまでやるか……? アホなんじゃないか?」




 その日、橋間わかばの靴箱には鶏の餌が大量にぶちこまれた。

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