角の衝撃

晴れ時々雨

💫

友人を介してなんとか呼び出しに漕ぎ着け想いを告白すると彼女はきょとんとして同じクラスだっけと言ったがどうやら付き合うことになったらしかった。続かぬ会話の端を撚り合わせ家業の話題になる。うちは豆腐屋を営んでいると明かすと彼女が製造過程を見学したいと言うので週末に早くも家へ招いた。

俺はこれまで豆腐のことなんかこれっぽっちも興味がなくなんの知識も得ようとしてこなかったことを悔いた。仕方なしに作業場へ降りて父の講釈するに任せることにした。居間に母の出したリンゴジュースが手付かずのまま、5分も経たないうちに彼女は座布団から立ち上がった。

彼女が風変わりなことは承知していたしそこが魅力のひとつなのだが、グラスのジュースを見るや温めて欲しいと言い出した。リンゴジュースは冷たい飲み物だという固定観念があった。俺を育てたのは母だから当然母もそうだろう。しかし年の功なのか慌てもせずマグカップに注ぎ直しレンチンした。それを放ってである。

然して、居間から数段階段を下った店先へ出向いた彼女は、豆腐の浮かぶ冷却水槽を覗き込み父が誇らしげに語る製造過程の説明を静かに聞いている。隅に豆乳を撹拌する機械が置いてあり稼働を停止しようとしていた。早朝7時のことである。どうしても見たいと言い出した彼女は始発でやって来て、俺は小学校の夏休みのラジオ体操以来の早起きをして迎えることになった。

実は豆腐製造業にしては遅い時刻なのだ。普段であればもう全ての工程が済み白い面々は水槽で浮遊している頃だ。そもそも土曜は休業日。しかしこればかりは父に話を通さないことには埒が明かず平日は俺たちが学校で無理だしで仕方なく押して打ち明けると、父は今どき珍しい娘だなどと喜んで店を開けたのであった。

今思うと親の早合点も仕方ないのかも知れないが、嫁、という文字が親父の脳裏をよぎったのを責めはしない。せいぜい可愛がって早めの嫁取りに夢をみたのだ。それもまぁ分からんでもない。こんな時代に誰が好き好んで個人事業といえど自営業でしかも3Kみたいな業種を営む家に嫁の来てがあろうか。

継ぐ継がないという話はお互い避けているところが無きにしも非ずだった。どちらとも明言を避けていた。俺自身は家業以外のことを好きにやらせてもらおうと考えていたが、何も言い出さない親たちの無言の悲哀を薄々感じてはいた。俺には兄弟もいないし、じいさんのじいさんから続く旧い店なのだ。

結果的に親父は彼女がもう一度うちを訪ねるようなことがあれば一発殴らせろと言った。

彼女はその日、撹拌を終えにがりを投入した豆乳にこっそりゼラチンを入れ豆腐ゼリーをこしらえて帰った。それが発覚して親父は激怒した。あんなコシの豆腐は食ったことがない。ついでにゼリー化されたリンゴジュースを母はほじくって食べていた。

それからは外で会うようにしている。

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