第6話スプーン曲げ

『冬馬くんって手品とか出来る?』

『はい?』

優斗先輩からの突然の無茶振りに変な声が出た。

『いやね、手品部からの依頼でアシスタントが欲しいってのがあってね。とは言ってもそこまでガッツリなものじゃないみたいなんだ。見つけてちょっと気になっちゃってね』

優斗先輩が一枚の紙を渡してきた。

依頼状のようだ。

内容の中になんでもいいので手品が出来る人だとなお歓迎と書かれてあった。

『手品って言われましても…』

何かできたっけな…

『私あれ出来る!あのスプーングニャってするやつ!』

『スプーン曲げの事かな?』

『そう!それだ!やってみるから見ててよ』

そう言うと杏果さんはティーカップと一緒にお皿の上にのっていたスプーンを手に取った。

『ふんっ!!』

グググとスプーンが曲がっていく。

しかしこれは明らかに力で曲げている。

『どうだ!曲がったぞ!』

満足げに曲がったスプーンを見せてくる杏果さん。

『それ、力で曲げてません?』

『ちげーよ、手品だよ手品』

折れ曲がったスプーンをぶんぶん振りまわされても…

『杏果ちゃん、それ…直しておいてよ』

『う…と、冬馬からスプーン曲げで直してみろよ』

そう言われ折れ曲がったスプーンを渡された。

まぁ…杏果さんに曲げられるなら戻せるか…

スプーンを手に取り先っちょと持ち手部分を持ち力を入れて曲げてみる。

びくともしない。

『あれ?ふん!』

可能な限りの力を込めて再度曲げてみる。

やっぱりびくともしない。

『杏果さん…これ戻らないんですけど…』

杏果さんがいなくなっていた。

逃げられた。

『冬馬くん戻ったかい?』

『すみません、無理でした』

観念して優斗先輩に曲がったスプーンを渡す。

『やれやれ、仕掛けもない普通のスプーンだからね。ここまでしっかり曲げられたら戻すのには工具がいるかな。杏果ちゃんには後でお説教だね』

曲がったスプーンを机に置き優斗先輩はティーブレイクの準備をしにいった。

なんだか申し訳ない…

しかし、普通のスプーンをこんなにしっかり曲げるなんて杏果さんどんな力でやったんだろ…

『あれ、このスプーン曲がっちゃってますね』

不意に後ろから声が聞こえた。

振り向くと美月ちゃんが不思議そうに顔をのぞかせていた。

『実は杏果さんがスプーン曲げで曲げちゃって戻んなくなっちゃんたんだ』

『そ、そうなんだ…ちょっと見せてもらってもいい?』

言われて美月ちゃんに曲がったスプーンを渡す。

美月ちゃんはじっくりいろんな角度から観察し、時折スプーンを軽く振っている。

何をしているんだろうか。

一通り観察が終わったのか美月ちゃんは持ち手と曲がった先の先端を軽くつまんでクイッとスプーンを元の形に戻した。

『はい、これでまた使えますね』

『あ、ありがと…』

直ったスプーンを冬馬に渡し、にっこり笑った美月ちゃんは部室の奥へと入っていった。

直ったスプーンと去っていく美月ちゃんを何度も見返す。

深呼吸。落ち着こう。

渡されたスプーンでもう一度スプーン曲げに挑戦する。

やっぱりびくともしない。

冬馬は直ったスプーンと共にさじを投げるのだった。

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