★17★ 不格好な指輪。
年末はいつにも増して駆け込み処刑が立て続けに入る。余程雪が多く降った年以外は、最後まであの悪趣味な催し物が楽しめるのだ。おかげで年末は独り身の時から大抵使用人がいなくなり多少の不便を強いられたが、それも今はルネがいるのでそれもあまり感じない。
気になるのは今年の処罰の対象者に物盗りが多いということだろうか。初犯のものはどうか知らないが常習者が例年よりも多い。
それが何を物語っているのかといえば治安の悪化であるものの、それはこちらの関知するところではない。むしろ窃盗罪の厳罰化が過激なまでに進んでいることへの方が気になる。
しかし私はただの処刑人であり、刑の重さを決めるような権限はないのでこれもやはりどうでもよかった。そんなことよりも問題は、明日がもう銀月祭だというのにルネへの贈り物が用意出来ていないことだ。
そこには彼女に勘付かれないようにするという枷を自分の中で設けたせいで、無駄にした時間も含まれている。もしも勘付かれては私の誕生日の二の舞になるに違いない。そうなれば確実に銀月祭を二人でのんびり過ごすどころではなくなる。以上のことから内密に進めた結果がこれだ。
今日を逃せば明日はもう一日中屋敷から出られない。
「このままではまずいな……」
昨年は謝ることに終始したせいで、贈り物をするという根本的なことを忘れていた。いや、そもそも祝事のほとんどを禁じられているダンピエール家には、贈り物をし合うという風習事態がないのだ。
けれど先日のギレム家から届いた不愉快な手紙での失敗を上書きすべく、夕飯の材料を購入するとの名目で人生初の銀月祭の贈り物を探しているのだが……残念ながら成果は思わしくない。
しかしこれは贈り物の種類を考えればそれも当然のことだとは思う。
『勘弁してくれ、うちは結婚式や記念日の祝い品が専門なんだ。処刑人のあんたに指輪なんて売れるわけがないだろう』
――というのが、未だに贈り物を購入出来ない理由である。基本的に日用品以外の娯楽品や贈り物はこういう扱いを受けてきたものの、これまで困ることがなかったせいで気にしたこともなかった。
「むしろ女性への贈り物だからと貴金属に候補を絞ったのがよくなかったか……」
誰に聞かせるでもない愚痴混じりの独り言がつい飛び出す始末だ。恐らく一族内でこんなことで頭を悩ませているのは私が初めてではないかと思う。だがそれが面倒かと問われれば、決して頷きはしないだろうとも感じる自分がいるのは不思議な気分だった。
とはいえ、贈りたい物を決めていればすぐに用意出来ると思っていた二週間前の自分を罰したい。おまけに現在の時間も時間だ。これ以上遅くなるとルネとの食事の支度が遅くなる。しかしすでに巡れそうな目ぼしい装飾品店は回ってしまっているため、他に回れそうな近場の店を思い付かない。
最早今年も贈り物のない銀月祭を迎えることになるのかと溜息をつきかけた時、ふと横切った店の前であるものが目に入った。予定していたものよりはずっと価値が落ちてしまうそれは、けれど。これを逃せばそれ以上の贈り物がないような気がして、私は店のドアを開いた。
***
――そして迎えた銀月祭の夜。
ルネが作ってくれた夕食のシチューは今までとは違いほんのり茶色い程度で、ほぼ普通のシチューという大成功を見せて私を驚かせてくれた。
褒め言葉の語彙が少ないながらも何とか言葉を尽くして褒めれば、彼女から顔中に口付けの雨を降らされ、途中からは膝にルネを抱いたままの食事となり、今夜のために購入した甘めの赤ワインを二人で飲んだ。
日頃飲んでいるワインよりも甘い口当たりにルネは喜んでくれたものの、なかなかお代わりをねだるのを止めない姿には苦笑した。
そんないつもより少し賑やかな食事を終え、片付けもそこそこに食後の珈琲を楽しむ……フリをしながら、完全に食事中にポケットから贈り物を出す場面を逸したことに内心焦っていた。何となく誕生日とは勝手が違う気がして後込みしてしまった感がある。
さてどうしたものかと考え込んでいると、たっぷりミルクを入れた珈琲に息を吹きかけていたルネが「わすれていたわ」と顔を上げた。
「忘れていたとは、何を?」
「わすれていたの。でも、ここにはないの。もうくらいから、ランプがいるわ」
そう言うや食堂のテーブルに乗っていた燭台を手にしたルネが、厨房の方へと歩いて行く。突然の妻の奇行に置いてきぼりを食らった私に、食堂の入口に立った彼女が「こっちよ。はやく」と楽し気に笑う。
彼女の持つ燭台の明かりが壁に反射して、廊下がぼんやりと明るくなる後をついて厨房へと向かうと、先に待っていたルネが「こっち、こっちよ」と何を考えているのか、上着も着ずに勝手口から外に出た。
一瞬骨の髄まで染み付いた“銀月祭は外に出てはいけない”という教えに二の足を踏むが、こちらに手を伸ばしたルネが「だれもみてないわ」と微笑むから。呪縛を振り切るように雪かきをあまりしていない勝手口から一歩踏み出すと、足首辺りまで一気に沈む。
けれどよくよく燭台の明かりに照らされた雪の上は、いくつも雪の積もった形跡はあるものの小さな足跡が残っている。彼女の目的地はそこから七歩ほどの場所で、雪を薄く被った低木の前にしゃがみこんだルネは私を手招いた。
「おひるにね、ほんのちょっとだけ、にわにでてつくったの」
弾む声で彼女が燭台を雪の上に押し付けて立たせると、そこには二体の小さな雪人形が並んで立っていた。黒胡椒で作られた目と口に玉葱の皮で出来た髪の雪人形は、お世辞にも上手とは言い難い出来映えだ。
「これは……私と、ルネか?」
「そうよ。みえない?」
「……いいや、見える」
「ほんとう? よかった」
ご機嫌な声のルネが私の肩に頭をもたれかけさせてくる。言葉少なになった私の視線の先では、まったく同じ姿の雪人形が並んでこちらを見ていた。
白い呼気が漂う寒空の下、物心ついてから初めて出た銀月祭の夜の庭は、雪に反射する燭台の仄かな明かりと、周辺の屋敷から漏れる聖夜を彩る賑やかな明かりに照らされて、幻想的な美しさだ。
――また彼女に先を越されてしまったが、この場面で渡した方が自分で無駄に悩んで渡せなくなるよりずっと良いと思える。そっと肩にルネの重みを感じながら内ポケットを探り、目当てのものを握り込んで取り出す。
「銀月祭に贈り物をもらったのは初めてだ、ありがとうルネ。それで……先を越されてしまったけれど、私からも君に贈り物があるんだが」
「おくりもの? なにかしら?」
瑠璃色の双眸がこちらに向けられたので、その隙をついて彼女の左手の薬指を掴まえ、昨夜寝ている間に微調整を加えた贈り物を滑らせた。突然の指への異物感に驚いたルネが視線を下げて左手を見つめる。
「本当に、銀月祭の贈り物なのに全然大したことがないものですまない」
一瞬でも沈黙が落ちることが耐えられなくて私が早口にそう言うのと、ルネが雪に立たせていた燭台を右手に持って左手を照らしたのはほぼ同時だった。燭台の明かりがチラチラと照らす
元は紳士用のカフスボタンだが、台座には革紐を使用した。そんなあまり褒められたものではない即席の指輪は二つある。
「その……一応、君と私で揃いになっている。結婚が急で指輪を用意していなかったから、今さらかとは思っ――、」
“たんだが……”と続くはずだった言葉は、彼女の唇に吸い込まれてしまった。
雪の上に投げ出された燭台がジュッと非難の音を立て、辺りが一気に暗くなったが、周辺の家々から漏れる明かりと、柔らかく注ぐ月光と、吐き出される白い吐息でお互いの輪郭がどうにかなぞれる。
両頬に添えられた冷たい手が愛おしくて、聖なる銀の月の下、私達はお互いの形を確かめ合うように、長く深い口付を交わした。
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