第106話 サヨナラを言うために……
翌日の午後3時、精神会館の片付けを終えた夢畄たちは康之助の奢りでラーメンを食べに来ていた。
なから瓦礫の撤去が済んだので建物の修繕は大工さんに頼む事になったのだ。流石に彼等に大工仕事までやる様な器用さはない。
鬼に関しては鬼と共に去って行った千姫がボブの元に使い魔の鴉を放ち、当分鬼による襲撃はないと知らせてくれたのだ。
「花子からのォ伝言で〜ス。悪魔達はァ国創りで忙しくゥ、当分ここには来れないそうで〜ス」
ボブの何とも間の抜けた伝言に拍子抜けしたが、使い魔は手紙も持っていたので事実だと分かった。
ボブの信頼厚い彼女のいう事なら信用して問題ないだろう。
鬼が来ないのならばその居場所も分からない今、優畄達に出来る事は体の鍛錬と程よい息抜きくらいか。
ラーメンを食べには由紀も来ており、初めて出来た同じ【授皇人形】のの友達ヒナやマリーダと楽しそうに話しをしている
「由紀ちゃんはラーメン食べたことある?」」
「はい有ります。輝毅様によく連れて行ってもらいました。輝毅様は豚骨ラーメンがお好きで、卵とチャーシューが特にお好きで、シナチクが嫌いなんです」
ラーメンを食べには予想外にも輝毅によく連れて行ってもらっていたそうだ。
彼女は輝毅の話題しか話さず、その輝毅の事を話す彼女は何とも幸せそうな顔をしている。
こんないい子なのにその主人ときたら……
(…… 何でこんな素敵な娘を捨てるなんて考えに至るんだ? 本当にどうしようもない奴だな……)
そう言うと由紀が目に見えて落ち込むので、それすらも言えない始末だ。何ともいたたまれない気分の優畄達。
「アイツと由紀ちゃんの事は任せろ。俺に考えがある」
どうやら康之助さんに考えがある様だ。ここは彼に一任するのがベストだろう。
それに鬼の事も気になるが、それ以上に気になる事が優畄にはあった。
(明日が桜子との約束の日だ。新幹線でなら片道3時間で着く。ここから停車駅までは1時間往復で8時間、何とか時間を作りたいな……)
何故か優畄はこの約束の日に桜子に合わなければその後には2度と会えない。そんな気がしているのだ。
能力から来る野生の感か、この僅か20日間の間にあまりにもいろんな事が起きすぎた。優畄がそう思ってしまうのも仕方のない事だろう。
それに今ならば精神会館には康之助さんが居るし、千姫の話しを信じるなら鬼もまだ行動に出ないという今が最後のチャンスなのだ。
そんな事を考えながら歩いている優畄に康之助が気付く。
「なんだ優畄そんなしけた顔をして、何か悩みでもあるのか?」
この兄ちゃんは本当に頼りになる人だ。
「…… はい、実は康之助さんに相談したい事があるんです」
「相談? 分かった、後で館長室まで来てくれ」
「はい」
前でマリーダ達と話していたヒナがチラッと此方をみる。深く悩み込んでしまうとどうしても彼女に感情の起伏が伝わってしまう。
もし戻れるのならば彼女も連れて行くつもりだ。
それが桜子にとって残酷な事なのは百も承知だが、何とか彼女に会いに行きたい。それが今の俺の切実な思いだ。
正直まだ桜子の事が好きなのかも知れない。彼女と幼馴染として過ごした10年は伊達ではないのだ。
だからこそ、まだ好きという気持ちが有るからこそしっかりとサヨナラをしたい。
優畄が精神会館の館長室の扉をノックする。
「んっ、優畄か入れ」
「失礼します」
館長室に入ると康之助が逆立ちをした状態で、重さ100kgのバーベルを起用に足の上に乗せて片腕腕立てをしているのだ。
(うぉ、凄え……)
「フッ、フッ、悪いな後ちょっとだけ待っていてくれ」
100kgのバーベルを使った片腕腕立ては彼の日課で、片腕5000回を両方の腕でこなしているのだ。
ラストの10回を高速で終わらせて汗を拭う康之助。
「で、話があるんだったよな? 俺に出来る事なら相談に乗るぜ」
「じ、実は……」
優畄は彼が以前暮らしていた町に幼馴染がおり、その娘に会いに行きたい旨を康之助に話した。
「…… でその幼馴染の子をお前は好いていたて訳だな」
「は、はい。だから…… 彼女にサヨナラをしっかりと伝えに行きたいんです」
「…… なるほどな。こっちに来て20日程だが、お前にそう思わせるだけの出来事が起こり過ぎているな」
こっちに来て20日、いきなり当主候補と言われ母親だと思っていた人が赤の他人だったり、漫画の様な能力を授かったと思ったら目の前で人が殺された。
ヒナという大切なパートナーも出来た。
視察だと連れて行かれた村ではグールに襲われて、何とか生き延びて逃げ様としたならば、今度はマリアに強引に連れ戻されあの黒雨島に送られてしまう。
そしてその地獄からも何とか生還し戻ってみたならば、今度は弱いからと修行に行かされ、紆余曲折をへて望まぬ鬼達との戦いだ。
あの石に触れてからの怒涛の日々は、それまでの自分との訣別を決定付けた。
「お前にとってその子は本当に大切な存在だったんだな? よし1日だけお前に時間をやる。その間にお前の気持ちをその子に伝えて来い!」
そう言って康之助は5万円の入った封筒を優畄に渡したのだ。黒石のカードはあるが現金の方が都合が良いのは言うまでもない。
「康之助さん…… ありがとうございます! (今から出れば19時の新幹線に間に合う)
本当に頼りになる兄貴分だ。
康之助の了承を得た優畄はヒナの駆るバイクの背後に乗ると、新幹線の停車駅がある町まで向かう。そして一路元地元の町に向けて旅立ったのだ
何とか19時発の新幹線に間に合った優畄たちは運良く空いていた自由席に座ると窓の外に視線を向ける。
その間いつもは陽気なヒナも何か思うところがあったのか、珍しく静かにしていた。
(ごめんなヒナ、この償いはするから今回だけは許してくれ……)
元地元にはかなり早く着いてしまったため、始発まで近くにあったネットカフェで時間をつぶす事にした。
グッスリと眠るヒナを見ていると彼女とのこれまでの事が思い出される。
(本当に怒涛の毎日だったな…… もしヒナが俺の側に居なかったら俺はどうなっていたんだろう……)
「ううん……」
悪夢でも観ているのかヒナが魘されている。俺はそっと彼女の頭に手を添えると優しく撫でてあげた。
6時発の始発に揺られながら見る外の景色がだんだんと見覚えのあるものに変わって行く。そして何とか優畄が10年間を過ごした町にたどり着いたのだ。
「へ〜、ここが優畄の育った場所なんだね」
「ああ、子供の頃の記憶は朧げだけど俺にはここが故郷みたいなものさ」
「……」
ほんの20日前までは日常だったその風景も、今では懐かしい記憶の断片と化している。
こっちにいる時は当たり前の様にあった霊感も黒石の力に目覚めると同時に使えなくなってしまった。
その力も戻らないままだ……
「あっ、懐かしいなあの神社。あそこで今夜お祭りがあるんだ」
「お祭り! 楽しみだね」
一瞬喜んでから少しトーンが落ちるヒナ、今日が遊ぶ様な日じゃないという事はヒナも分かっている様だ。
「今夜は花火大会なんだ、余裕があったら少し見て行こう」
「うん!」
あの頃とは一切合切が違ってしまった優畄の日常、そして2人が向かったのは優畄が住んでいた家だ。
家に着くとそこには売り家の看板が立っていた。
「…… 偽者とはいえ俺を育ててくれたあの人と暮らしていた俺の家。もうここに戻ってくる事はないんだな……」
「優畄……」
なんとも寂しげに自身の元自宅を見ている優畄の手をそっと握るヒナ。その手からヒナの暖かさが伝わってくる。
「あれっ…… ゆ、優ちゃん?」
突然背後からした声に振り向いて見ると、そこには今回の帰郷の目的でもある桜子が立っていたのだ。
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