第97話 交渉


優畄達が到着した時には鬼達はいなくなっており、彼等の到着を待ち望んでいたかの様に所々に破壊痕が残る精神会館から加奈が飛び出して来る。


「優畄君! 大変なの、狸ちゃんが! 千姫ちゃんが拐われたの!」


加奈の話によるとボブのペットと思われていた狸の花子は仙狐族のお姫様で、鬼達が精神会館から手を引く事を条件に人質ならぬ狸質になってしまったとの事なのだ。



ーー時は遡り優畄達が帰ってくる1時間程前、刻羽童子に捕まりながらも千姫は狸の体のままにある術式を組んでいた。


その名は【絶対停止】。仙狐族の姫巫女に代々伝わる秘奥義で【絶対世界】【絶対排除】等と並び今は彼女にしか使えない秘術である。


それは彼女がかつて見た最強の鬼、夜鶴姥童子を基準に彼、以下の力の鬼を動けなくする結界を張ることが出来る能力だ。


((かつて見たあの夜鶴姥童子という鬼の強さは別格じゃった。未だに封印されておるのか別行動なのか彼奴がここに居らぬはせめてもの幸い、彼奴が居らぬ今のうちにここに居る鬼共を封じさせてもらう))


さしもの千姫も自身より力の有る者の動きを封じる事は出来ない。


狸の体のままだと時間はかかるが、彼等鬼達が茶番劇を演じているので術式を練る時間は充分に確保出来たようだ。


『蠡、痲痲驘龢濟…… 森羅万象の理りにおいて命ずる、鬼の者よその行動を停止せよ【絶対停止】』


そして彼女は狸のままで【絶対停止】を発動させた。本当は声に出した方が良いのだが、術式を組んだ彼女の神通力には言霊が宿るため、少しばかり威力は落ちるが狸の姿のままでも術は使えるのだ。


その途端半径50mに渡って白い閃光が駆け抜けていき、時計の針が止まったかの様に鬼達の動きもピタリと止まっていく。


「な、何だコレは!?」


「か、体が動かない……」


あの黒雨島で幽鬼を封印する時に放たれた黒石の暗黒の波動と対極に位置する、邪の者を封じる聖なる波動だ。


術を受けて鬼達の体の動きは止まっても口は開く様で、千姫は改めて鬼達の剛健さに下を巻く。


宙に浮いていた刻羽童子もドスンとばかりに地面に落ちる。それと同時にピョンとばかりに彼から離れると元の姿に戻る千姫。


「ふ〜、主等の動きを封じさせてもろうたぞ」


「封じただと? ……確かにピクリとも体が動かぬ…… 」


「テメェこのアマ! とっととこの術を解きやがれ!!」


体の自由を奪われてなお怒鳴り散らす赤蛇に千姫の顔が歪む。


「…… 本来なら口も聞けぬはずなのじゃが、やはり狸の状態で術を使ったため不完全だったかのう……」


「流石は我が君! オイラ達鬼をこうも簡単に封じる事ができるとは、ますますもって嫁に欲しくなる!」


千姫はドン引きしているが刻羽童子には分からない。分かろうとしない。


「おい刻羽! 何言ってんやがんだよ! 浮気は許さねえぞ!!」


動きを封じてなおも一方通行の痴話喧嘩を続ける赤蛇。



体の動きを封じられたのは加奈達を襲おうとしていた椿崩も同様だった。彼は抜刀術の師範代の田宮礒五郎を襲おうと半身を影から出した状態で固まってしまったのだ。



「…… ? ? ? い、一体何が……」


「あっコイツ鬼アルな! そこで何をしているアルか?!」


もちろん師範代達に見つかり、その後ボコボこにされたのはいうまでもない……


鬼達の中で1番弱い椿崩は師範代達にボッコボコに殴られて気絶してしまったのだ。その椿崩を縄で縛り上げる師範代達。


「…… ヤバかったのう、こやつ影の中を移動出来る様じゃ」


「しかし急に動きが止まった様じゃが、一体外で何が起きているんじゃ?」


礒五郎と兵吾の老兵を先頭に外に出てみると、他の鬼達も同様に動けなくなっているのに気付く。


「狸ちゃ…… 千姫さん、こ、これは?」


「鬼達の動きは妾が封じた。後は殺すなり封印するなり其方のすきにするがいい」


本来千姫は中立の立場だが、二日間とはいえ精神会館には世話になっている。その点鬼には千姫の嫌いな刻羽童子がいる……


たとえ仇の黒石の施設とはいえ、その中の人が皆悪な訳ではないのだ。それに此方には足兼相棒のボブもいる。一時だけとはいえ千姫が精神会館側に着くのは必然だろう。


空手と柔道の師範代の大城と神月がすかさず鬼達を縛り上げていく。鬼達を縛った縄には千姫が後から念を込めて強化している。


「クッ、まさか人間なんぞに……」


「ちきしょ! この縄を解きやがれ!!」


ガナリ散らしたり、プライドを傷付けられ意気消沈したり、気絶していたりと鬼達の反応はそれぞれだ。


「我々の攻撃では鬼の防御力を突破して倒す事は出来ない。此奴らの始末は優畄達が戻ってからじゃな」


ちょうどボブも結界の効力が切れた様で皆が集まる場所にやって来る。


「オ〜ウ、流石はァ花子で〜ス! 悪魔達もイチコロで〜ス」


ボブの中では鬼達は悪魔という事になっている様だ。


「ボブ、お主怪我は大事ないのか?」


千姫が足が溶かされたはずのボブの足を見て頭を横に降る。


「イェ〜ス! 知らないウチに治っていま〜シた。いつもそうで〜ス」


そしてサムズアップをするボブ。


「…… お主に心配は無用じゃったな」


ある意味鬼達よりも出鱈目なボブの体に千姫も納得するしかなかった。


そんな中、人に縛り上げられた事がショックで塞ぎ込んでいた刻羽童子が口を開いた。


「今ならまだ間に合う我が君よ。さあこの縄を解いてくれ、そしてアイツが来る前に一緒にここから抜け出そう!」


「お前! 刻羽、まだそんな事を言ってやがるのか! でもアイツが来ればこの術も解ける。そしたらその浮気女を殺してやる!」


「そんな事オイラがさせると思うのか!?」


「はん! やってやるともさ!」


鬼達が揃って意味深なことを言う中、この精神会館に近いて来る巨大な妖気の存在にボブと千姫が気付いた。


「こ、この妖気は!」


「オ〜ウ…… ジ〜ザス……」


いつも呑気なボブが神の名を出すほどの何が近いて来ているのだ。それも凄まじいスピードで。


「な、なんじゃこの妖気は!」


「し、信じられん、なんと禍々しい……」


「ああ…… だめアルゥ…… きっと死ぬアルゥ……まだ恋愛もしていないのに、終わったアルゥ……」


どんどん近いてくる妖気に師範代達も気付いた様で、一様に顔が怖ばる。礒五郎や兵吾もかつては魔の者を相手に戦った事がある。


だがこの相手は別格、ここに居る全員が命を掛けたとしても一瞬と持つことはないと言い切れる相手。


そしてついに姿を表してた最強の鬼''夜鶴姥童子''。


その登場はいたって普通のものだった。何かを壊すでもなく普通に精神会館の敷地内に入って来た夜鶴姥童子。それが逆に恐ろしさに拍車を掛ける。



「ぬう、同族の気配に惹かれて来てみれば、まさか捕まっているとはな……」


人間なんぞに捕まる同族の姿に、情け無いとため息を吐く夜鶴姥童子。だが久しぶりに同族に会えたと内心はホッとしているのだ。


「面目ない……」


「仕方ないだろ体が動かねえんだから……」


夜鶴姥童子は人間の存在など完全に無視して囚われている同族に話しかける。


「……白夜の姿が在らぬな、どうせ奴の事だ珍しい物でも辿っておるのであろう……」


一応両面白夜の心配もしているようだ。


そして遅れて全身傷だらけの鬼、腐獅子が美穂と共に姿を現す。


「おお、皆んな無事だったのか? よかった、よかった」


最強格の鬼の登場の後に、傷が有るとはいえ巨大な鬼がもう一体加わり絶望感漂う精神会館の面々。その鬼が連れている人間の女が気になったが、今は構っている時ではない。


「さて、本来なら矮小な人間なぞにかまけている間は無いのだが。狐の姫か、久しいな」


どうやら千姫の事を覚えていた様子の夜鶴姥童子、彼はこの事態の首謀者が彼女だという事までも見抜いている様子。


「…… 久しいな鬼の頭領よ、お主の予想通り主の仲間を封じておるのは妾じゃ」


「ならばこの術を解いてはもらえぬか狐の姫よ」


言葉使いは丁寧なお願い口調だが、夜鶴姥童子のその身から溢れ出る殺気は、答え次第で貴様らの運命が決まるとそう言っている。


「……封を解くには条件がある」


「ほう条件とな。それでその条件とは?」


「条件は、妾はどうなってもよいが、その代わりこの場に居る人間を見逃してはくれぬか? 」

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