第96話 茶番劇


「オ〜ウ、これはァ……」


結界に囲まれ困惑気味なボブ。


「なんだよこれ……」


赤蛇が自身の酸の血液をサッカーボール大にして高速で放つ''血の落日''を当てるが、パシャリとばかりに結界の表面だけで弾かれてしまう。


「この結界は【絶対世界】、昔狐の里で見た事がある」


自身が恋焦がれた存在の痕跡にかつての様に胸が高鳴りだす刻羽童子。



「その結界はお主らには解けはせぬ」


その声に釣られて鬼達が振り返って見れば、そこには元の姿に戻った千姫の姿があったのだ。


「ぬっ、ぬっ、ぬっ!? お主は…… いやかつて見た事がある。確か仙狐の…… 」


「久しいな鬼の民達よ。其方達は滅びたと聞いていたが、黒石の者に封印されておったのか……」


滅びたと聞いていた鬼達がこの精神会館に集まる。その事実から千姫が答えに辿り着いたのは当然の成り行きだろう。


「そうか、お主等六鬼衆が封印されたから鬼族は滅びたのだな……」


鬼族最強の六鬼衆は当時の黒石の者にとって目の上のたんこぶだった。そこで当時の黒石の者達は六鬼衆に停戦協定を持ちかけて酒を飲ませて、酔い潰れた彼等を封印した。


正直、当時の黒石の当主は脆弱でその代わり頭が切れる者だった。


最大戦力の居なくなった鬼族に黒石に争う力はなく、攻め滅ぼされたのだ。


「……ふ、フフ、フハハハハハハハハ〜!! まさかこの様なところで我が愛しの君に巡り会えるとは!これは正に運命ぞ!!」


鬼一倍プライドが高く自信家の刻羽童子が突然に歓喜の笑い声を上げる。


かつて同盟を結んでいたおりに彼女に会った時から、彼の中で嫁候補の筆頭に躍り出てしった千姫。


それまではビッチだが赤蛇でもいいかと妥協しかけていた彼。そんな時に自身の母親に雰囲気が似ている彼女に出会ってしまったのだ、ときめかないわけがない。



「…… い、愛しの君って、どういう事だよ刻羽!」


聞き捨てならないとばかりに赤蛇が突っ掛かって来るが、その刻羽童子の視界には千姫しか入っていない様子。


刻羽童子は宙に浮かぶと風をブースターの様に使い千姫の元に急接近する。そしてドン引きしている千姫の手を取る。


「喜べ愛しの君よ、今から其方は我の妻だ!」


そんな刻羽童子を前にして当時の事を思い出した千姫。


(……こ、コイツは! あの時しつこく妾に言い寄って来た自惚れ屋!)


そう、当時千姫に一目惚れした刻羽童子からのアタックはそれはそれはひどいもので、今でいう勘助けも真っ青な勘違い発言を連発して仙狐の民をドン引きさせた鬼なのだ……。


正直、これがきっかけで仙狐と鬼族の協定が破棄されたと言っても過言ではない。


当時を思い出した彼女は慌てて狸の花子の姿に化けると、精神会館の軒下に逃げ込もうとするが寸前のところで刻羽童子に捕まってしまう……。


「どうした姫よそんな狸なぞに化けて、我と話すのがそんなに恥ずかしいのか?」


狸の花子も暴れて逃げ出そうとするがダメそうだ。


千姫の本心なぞ知る由もない刻羽童子は勘違い発言を繰り返す。そんな千姫に夢中になっている彼の背後に、正に鬼の形相と化した赤蛇が迫る。


「おい刻羽! アタイを差し置いてそんな女にかまけやがって、お前どういうつもりだ?!」


「チッ、うるさいのが来たな」


「なんだとォ!」


刻羽童子は赤蛇の突進を宙に浮いて交わす。


「宙に逃げるなんて卑怯だぞ! 降りてこ〜い!!」


赤蛇がピョンピョン跳ねて捕まえようとするが手が届かない高さで馬鹿にする様に漂っている刻羽童子。


彼等の頭の中からは、もはやボブの存在は忘れられており、当のボブ自身もどうやっても結界から出る事が出来ないので諦めモードだ。


「オ〜ウ…… 花子のォ危機だというのにィ出れませ〜ン、ビクともしませ〜ン……」


千姫の結界は外側からの攻撃を1時間の間完全にシャットアウトする代わりに、中に居るものは結界の効果が切れるまで外に出られないのだ。


赤蛇に溶かされた脚はすでに再生しており、外に出ることが出来ないボブに出来る事はレゲエのリズムに揺れて過ごす事だけだ……。


先程までの緊張感漂う状況とは打って変わり、このだらけた現状に1人憤慨する椿崩。


「不快! 不快! 不快! どいつもこいつも話にならぬ」


彼は1人影の中に消えると影走りを使い結界の貼られた精神会館の中に侵入していく。


さしもの千姫の結界も影の中まではどうする事も出来ない。そして精神会館の異常事態に集まった各道場の師範代が集まる部屋に侵入していく椿崩。


館内にいた他の練習生や関係者は非難しているため、館内に残るのは加奈と師範代達だけなのだ。


「ーーで、ボブが1人戦っておるんじゃな」


「はい……」


「手助けに行きたいところアルが、私達では足手纏いアルよ……」


皆が自分達では鬼の相手は無理だと分かっている。精神会館の師範代といっても出来る事には限界があるのだ。


「うう〜む…… 小僧達はまだ戻らんのか? 何をしておるんじゃ!?」


「ひょっとしたら彼等も向こうで戦っているのかもしれませんし、今は待つよりないかと」


「うぬぬぬ……」


彼等が現状を相談し合う中、影から相手の力量を身測る翼崩。


(……弱い、弱い、弱い、どれもあのミミズ頭よりおとる者ばかり、我が1人残らず皆殺しにしてくれようぞ!)


そして椿崩はこの中で1番強いと思われる2人の老人の、刀を持っている方を不意打ちで仕留めようと影の中から近付いていく。


ーーー


その頃優畄達は夜鶴姥童子が暴れまくって地形が変わった峠道に差し掛かっていた。


「…… なんだこの破壊痕は……」


「ま、まるで隕石でも堕ちたかの様な惨状だな……」


「これを成した鬼はどれ程の強さだというの……」


その破壊痕を見ながらため息が出る優畄達。何故ならこの惨状を成した鬼がこの先にいるのだ。


出来れば出会いたくない相手である。


「……鉄パイプの鬼にあれだけ苦戦したんだ、何処で鬼に遭遇してもいい様に気を引き締めて行こう」


再びバイクで走り出した優畄達、道まで崩壊していたがなんとか先に進めそうだ。破壊痕はそこだけにしか無く、優畄達は何の障害もなく町に入る事が出来た。


町ではけたたましくサイレンが鳴り響いており、それが進行方向に進むにつれて大きくなっていく。


そして精神会館に続く道が警察のバリケードによって閉鎖されている事実に、会館で何かがあったと悟る優畄達。


「精神会館で何かあった様だな、急ごう!」


バイクを停めると道を閉鎖している警察官に優畄が代表して話しかける。刹那ではちょっとアレなので彼が代表だ。


「すいません俺たちは黒石の者で精神会館に行きたいのですが、バリケードを開けてもらえませんか?」


「あっ? ダメだよ。ここは閉鎖中なんだから、通せないよ!」


バリケードの前の警察官が気怠そうにここは通せないと言いはる。


「今は緊急事態で急いで居るんです! 黒石の者が来たと言って貰えれば分かります」


「黒石ぃ? 誰だよそれ、とにかく通せないから帰れ! 帰れ!」


彼はこの土地の者ではないのだろう、黒石の名前を出しても通せないの一点張りだ。ここで業を煮やした刹那が口を開く。


「…… この先で命に関わる事案が発生している。あそこに俺達の到着を待っている者達が居るんだ。お前の意見などどうでもいいから道を開けろ!」


「こ、このガキ! 人が下手に出ていれば付け上がりやがって、あまりしつこいと検挙するぞ!」


「…… ほう面白い、出来るものならやってみろ!」


「このクソガキが!」


激昂した警官が投げ飛ばしてやろうと動いた時、現場の責任者と思わしき警官がやって来た。


「なにを騒いでいる中村巡査?」


「あっ巡査長! このガキ共がここを通せとしつこいんですよ」


「なに、どうゆう事だ?」


「コイツらが黒石の者で精神会館に行きたいと言っているんです。全く最近のガキ共には困りますね」


黒石と精神会館の名を聞いて巡査長の顔が険しくなる。


「この少年達が黒石の関係者で、精神会館に行きたいと言ったんだな? 」


「ええ、そうです」


「君達申し訳ないが身分を現す身分証のような物が有れば見せてくれないか?」


「は、はい」


優畄は黒石の身分証明書のブラックカードを巡査長に見せる。そしてそのカードを見た途端に巡査長の目が見開かれる。


「おい中村巡査、その事達を通してやれ」


「えっ? じ、巡査長なにを……」


「早くせんかぁ!」


温厚で有名な宮下巡査長から鉄拳が飛ぶ。そして任せていられないと巡査長自らがバリケードを退かしていく。


「さ、さあお行き下さい!」


この地では黒石の名は絶対。逆らえばその後の人生は地獄へ真っ逆さまだ。


優畄達は巡査長が敬礼する中、気不味そうにバイクを発進させた。







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