第86話 黒石刹那

8月19日


昨日はまったくもって最悪な1日だった。精神会館の壁には刹那を吹き飛ばした時にできた大穴が開いており、康之助さんから留守の間を託された身としては申し訳ないの一言だ。


俺に吹き飛ばされて気を失っていた刹那も復活した様で、精神会館の宿舎でマリーダの看病を受けているとか。


あのデブ兄弟は俺の姿を見ると一目散に逃げる様になってしまった……


まるで化け物を見たかの様に逃げて行くその様は、童話の狼と3匹の子豚の様だと精神会館でも笑いの種だ。



「オ〜ウ、違いま〜スそうじゃありませ〜ン。こうやるので〜ス!」


ボブはその強さを買われてカポエイラの短期師範代として道場に残る事になった。


ご飯も食べ放題、シャワーも使いたい放題と彼にはいい事尽くめのようだ。


もちろんあの狸も一緒だ。花子て名前らしいが、時々俺の事をジッと見ている事があり、何故だかは分からないがすこし気になる……。



そして肝心の鬼の事だが、その事で本部から指令があったのだ。


何でも花巻牧場付近で不審な集団が目撃されたらしく、奴等が封印されていた場所からも近いため、鬼達で間違ないとの情報だ。



「その牧場を俺達に見に行けという事ですね」


「康之助さんが居ない今、本家からの指令は絶対……2人には悪いけど行ってもらえると助かるわ」


いつもキツめの指令が来た場合は、康之助さんがはねており、精神会館の討伐隊の者でも出来る仕事しか受け付けなかった。そして断りきれない時は康之助自身が片付けてきたのだ。


だが今は康之助が居らず、康之助さんから留守を託された俺達が行くしか無い。


ヒナの方を向いて確認を取るとウンと頷いてくれる。


「分かりましたこの後直ぐに向かいます。でももし、俺達が居ない間にここに鬼が来たら……」


「それは大丈夫よ。貴方達が帰って来るまでこの精神会館は一時閉鎖して結界を張るわ」


「結界?」


「そう、鬼が入れなくなる結界じゃなくて、鬼に見えなくなる結界よ」


その結果を張るための人員も精神会館に呼び寄せていると言う話だ。



ここから花巻牧場までは片道30km。ヒナがバイクを運転出来るというので、そこまではそのバイクの後ろに乗せて行ってもらうのだ。


バイクなら片道1時間、ひょっとしたら向こうで戦闘になる可能性もある。それを考慮して5時間程か。


この精神会館には緊急時の移動のための車やバイクなどが常備されており、緊急の指令に対応出来るようになっている。


ちなみに免許は無いため、そこは警察にも便宜を図ってもらおう。


時刻は朝の9時、燦々と照り付ける太陽が眩しい。



俺達が花巻牧場へ行くための準備をしていると、宿舎から刹那がマリーダと共に現れたのだ。


「…… 何処かに行くのか?」


「あ、ああ……」


見た感じ、昨日のダメージは残って無さそうだ。


昨日の事もありなんとも気不味い雰囲気だ。その間に入ってくれたのが、仲裁役として一役買われている加奈さんだ。


「花巻牧場付近で鬼の目撃情報があったの。これから優畄君達に花巻牧場まで行って様子を見て来てもらう所よ」


「…… ふん、なら俺達も一緒に行くぜ」


「えっ?」


刹那からのまさかの一言に一瞬固まる優畄。



「……なんだよ、俺達が一緒に行くのが嫌だてのか?」


「い、いや、そうゆう訳じゃ無いんだが……」


「……なんだよはっきりしねえ奴だな」


流石に昨日あんなに揉めた相手と仲良くなんて、そんな簡単に割り切れるものではない。



「いいじゃん優畄、大勢で行った方が楽しいよ」


ここで助け船を出すのがヒナさんのズゴイところ。ヒナはマリーダの所に行くと握手を求めて手を差し出す。


「ねっ、私達も仲良くしようね!」


争った者同士そう簡単には割り切れない。だがヒナはこの握手で仲直りしよう、そう言っているのだだ。


「えっ! あっ…… 」


ヒナにそう言われたマリーダが刹那の方を見る。刹那以外とあまり接した事がないのか困惑気味だ。そんなマリーダに刹那は頷く事で返事とした。


「あっ…… よ、よろしく……」


「うん、よろしくね!」



「……じゃあさっそく行こうぜ」


刹那がどうゆう心境で一緒に行くと言い出したのかは分からないが、戦力的には助かる事は間違いない。


(……刹那が何を考えているのかは分からないが、着いて来ると言うなら仕方ない。今は仲間内で揉めている時でもないしな)



ーーー



黒石刹那(16)


黒石の直系のお坊ちゃんだった刹那。退魔師だった彼の父親は、彼を溺愛しながらも立派な跡取りにするために厳しく指導した。


刹那も15歳の時に受ける【授皇伎倆の儀】に向けて父との鍛錬にいそしんだ。


厳しい日々だったが、常に側に寄り添ってくれる尊敬する父の様になる事を夢見て乗り越えてきた刹那。


だが刹那が8歳になった時、彼の父親は妖魔に喰われて死んでしまったのだ……


それから母親との二人三脚の日々が始まった。


旦那が死んだ事ではちゃけた母親は、父親が残した遺産を食い潰す生活をはじめる。


母親は刹那を戦いから遠ざけて日々豪遊を繰り返した。8歳の子供に品行方正の区別など付くはずもなく、彼も母親に引っ張られる様に堕落した生活にハマって行く……


いつしか母親は家に帰って来ず、お手伝いさんが作る冷めた料理が彼の日常となる



そして15歳の誕生日、彼が授かった能力は魔人種に変化出来るという【魔人変化】という強力なものだった。


その結果が彼にさらなる増長をもたらせた。


「…… この力が有れば俺は何でも出来る! 欲しい物だって何だって手に入れられるんだ!」


授皇人形という自分の言う事を何でも聞く人形も手に入った。


(…… ウヒョ!俺の好みど真ん中じゃねえか、最高だぜ!)


そんな有頂天な彼だったが現実は甘くない。母親の散財で父親が遺した莫大な遺産は底をつきかけていた。日々質素になって行く夕飯のおかず、そんな現実も彼を増長させた要因だろう。


そんな現実を忘れるため彼は夜の町に逃げた。喧嘩をすれば負けはない。女もこんないい女を抱きたい放題だ。


もらった人形のマリーダも信じられない程強く、俺達は夜の町のキングに成りかけていた。


そんな有頂天だった彼に討伐の助っ人として指令が下る。


何でも今回助っ人に向かう先には、磯外村のグールや、あの黒雨島の幽鬼を封印した男がいるだしい。


それも自分と同じ当主候補だ。正直彼は黒石の当主という肩書きに興味は無かった。が同じ当主候補の相手には興味がある。


(……そいつがどれ程かは知らないが、俺の相手にはならないだろ)


もちろん彼も妖魔の討伐をしている。


これまで彼が倒して来た妖魔は、黒石の直径の者なら誰でも勝てる程度の比較的弱い相手だ。命を掛けて同等かそれ以上の相手に当たらなかった。


ただ運がよかっただけの彼は、これから向かう先でも自身が負ける事はないと高を括ていた。



(…… そんな鬼討伐なんてささっと片付けてやるぜ)


だが今回の助っ人には彼の他にも後2人の人員が来ると聞いて、彼の安いプライドが傷つく。


(なんだよそれ、俺1人じゃ足りないて事なのか?)


リムジンに乗って来たそいつらに尚更腹が立つ刹那。


(…… こんな豚みたいな兄弟が助っ人? 冗談だろ……)


リムジンの中でも彼を見下したかの様に偉そうな態度を取り、マリーダを貸せだのと曰う豚兄弟の兄。


ブチ切れた彼は豚兄弟の兄の首根っこを掴むと、リムジンのサンルーフから吊るし出し彼を黙らせたのだ。


その後豚兄が、一緒に車に乗りたく無いなどと駄々をこね、精神会館に行くのが遅れてしまったのは予定外だったが、着いたのだから文句は言わせない。


案の定、体育会系のウザいおっさんが絡んで来た。夜の町でよくやっていた様に、相手の腕の血管を膨張させて破裂させようと、絡んで来たおっさんを躾つけている時だった。


突然俺の顔に衝撃が走ったのだ。


生まれて此の方人に殴られた事のない刹那は、初め何が起きたのか分からなかた。だがマリーダが奴に斬りかかった事で自分が殴られた事に気付き激昂する。


だがそれと共に反応出来なかった相手に警戒して、変化までしてしまう刹那。


その後は言わずもがな、彼が戦った相手はキレて判断力が鈍った頭で勝てる相手ではなく、彼の攻撃は全て交わされてしまう。


今まで能力を使えばどんな奴が相手でもゴリ押しで勝てた。だがコイツは違う、全てにおいて自分より上にいるのだ。このままだと間違いなく自分は負ける。


そう思った時、今の自分が変化出来る最強の魔人で、最強の技を放つ事に躊躇は無かった。これでもし相手が死んでも構わない、そう思える自分が怖かったが、高揚している自分もいる。



優畄の【獣器変化】の特性が怒りだとすると、彼の【魔人変化】の特性が歓喜だ。


戦う事に喜びを抱く魔人種の特性に引っ張られた彼が技を放とうとしたその時、またもや相手はその上を行ったのだ。


今まで経験した事が無い衝撃が全身を駆け抜ける。変化した体でなければ爆散していたであろうその威力に、彼は意識を手放した。


目覚めた時彼の側にはマリーダが居た。彼が能力を授かったあの時から、母親の代わりにずっと側を離れずにいてくれた彼女。


彼女の事をもう少し大切にしようと思ったのは気のせいじゃない。


そして目が覚めてから彼は、何故か父親と過ごした幼い頃の記憶を思い出していた。厳しくも優しい大地の様な父親だった……


またあの父親の様に成りたいと思う自分がいる。


それと共に浮かぶのは、自分に唯一の黒星を付けた相手の顔だ。彼に安いプライドをへし折られ、負けたままでいられるかと思える自分がいる。


(…… そう思えるのはお前のせいじゃ無い。俺はもう一度あの夢を追って見よう、そして次こそは必ず俺が勝ってみせる)






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