第75話 復讐


場所は変わり、ある集団が人気のない森の中を歩いている。その中心人物の名は黒石光太郎、元黒石系列の討伐隊の関係者だった人物だ。


彼はあまりに非道な黒石家のやり方に不服を唱え、黒石に何らかの恨みを持つ、配下の5名の元討伐隊団員と共に反旗を翻したのだ。


今はある場所を目指して、道なき道を進んでいる。



彼は討伐隊の穏健派の筆頭として、常に団員の安全や待遇の改善を訴えていた人物でもある。


そしてあの黒雨島で死んだ弓夜と美優子の父親でもあるのだ。


彼は弓夜達からの退却願いを無下にし、計画の続行を強行した黒石に疑問を抱く。


そう彼の子供達は穏健派への見せしめに、あの帰らざるの黒雨島に送られたのだ。


独自の伝で人員を総動員して、救出部隊を派遣しようとしていた彼に齎されたのは、子供達の死と、黒石本家筋の2名だけが生き残ったと言う情報だった。



「……もっと早くにこうしておけば良かったのだ…… 弓夜、美優子、お前達の死を無駄にしない為にも、必ず打倒黒石を成し遂げてみせる!」


大切な者を失った彼の決意は堅い。差し違えてでも黒石をこの世から根絶すると、2人の今は亡き子達に誓うのだ。


そして唯一2人だけ生き残ったという、本家筋の者に理不尽な怒りを抱くのだ。


(…… きっと弓夜や美優子を囮、犠牲にして生き残ったに違いない。おのれ! 許さぬぞ下郎共め!!)


人の思い込みというものは、時に目を曇らせる。それも最愛の子達を亡くした最悪の精神状態の者ならば、致し方ない事だろう。


だが黒石の力は絶大だ。特に本家筋の力は人を凌駕し、彼等全員で当たっても勝ち目はないだろう。



「ならば我等は人をやめようぞ!」


そして彼等が訪れたのは、人知れぬ隠れ里にある鬼が封印されているという''鬼道門''という名の洞窟だ。


この洞窟にはかつて黒石の者達が討伐した伝説の6体の悪鬼が封印されているという。



固く封印の巨石【羅漢石】によって閉ざされた''鬼道門''、その前に立つ人の数は12人。


あの黒石家に反旗を翻した光太郎以下5名と、あと黒石にはなんの関係もない無関係者が6名。


なぜ怯え慄くその人々を、この辺境の地に連れて来たのか、この''鬼道門''の封印を開くには、封印されている鬼と同数の人の生き血が必要なのだ……



過度な恨みや復讐心は人を鬼にへと変えるという。


彼等も然り、己は死んでも厭わない。死して黒石に恨みが晴らせるなら本望。それ程までに凄まじい黒石への怨念。



彼等はすでに人を辞めているのだ。



【羅漢石】の前から左右にかけて、石を取り囲む様に深さ50cm、3m幅の池の様な凹みがある。まるで石を何かに浸すような奇妙な作りだ。


何故か彼等は理解した。その池に血を満たし石に血を吸わせれば良いのだと。


彼等に躊躇は無かった。泣き叫ぶ人々の喉をナイフでかき切り、溢れ出る鮮血で池を満たしたのだ。


辺りに生臭い血の匂いが充満する……



「……さあ望みの血は与えた、封印よ解けるのだ!」


生贄の人々の血を吸って【羅漢石】に血管の様に血の筋が走っていく。それと共に心の臓の如く脈打ち始めた【羅漢石】。


「……おお」


その悍ましさに気後れする6人、そして封印は解かれた。


悍ましく脈打つ【羅漢石】はまるで成長したかの様に赤黒く脈打つゲートへと形を変えていく。そして鬼が封印されし次元へと繋がったのだ。


その途端、封印を解いた余波でけたたましい落雷と共に、激しい雨が降り出しだ。


かつてこの悪鬼供と戦った黒石の者は鬼達を倒しきれず、この洞窟を利用してやむなく鬼達を別次元へと封印した。  


それ程までに邪悪で危険な鬼を彼等は解き放とうとしている。



「…… この先に六鬼衆が封印された次元、''鬼畐界''が有る。引き返すなら今だけだぞ」


光太郎が己につい従いした5名に最終確認をする。


「光太郎さん、俺達はその為にここに来たんだ。この中に退く者などいはしない」


配下の者の言う通り、みな覚悟を決めている表情をしている。光太郎は彼等の顔に覚悟を意を見ると一つ頷き、''鬼畐界''へのゲートを括り抜けたのだ。



鬼が封印されし"鬼畐界''。その世界の第一印象は何年も整備されていない日本庭園。

薄らと霧が漂い、そして無造作に6つの灯籠が建ち並んでいる様は不気味の一言だ。



「…… 夜鶴姥童子、両面白夜…… 封印されし鬼の名か……」


その灯籠には律儀にも一つ一つに名前が書かれており、それぞれの灯籠が鬼の依代だと分かった。


思っていたのとは違う予想外の光景に言葉を無くす6人。そしてそんな彼等を嘲笑うかの様に、六つの灯籠に勝手に火が灯っていく。


それと共に体中を虫が這いずり回る様な、不快感が6人を襲う。



『フハハハハハハハ!! 久しぶりの血袋の匂いに惹かれる来てみれば、我等を封じし黒石の者ではないか!』


『憎き黒石の者がここに何用だ!?』


『憎い! 憎い! 憎い!』



灯籠から声が聞こえると同時に、今までに経験した事が無いほどの圧倒的な殺気が彼等を包み込む。


だが確認を決めている彼等に怯えた様子はない。



『ほう、人と思うたが…… すでに貴様ら、人を辞めておる様だな』


『どうやら封も解かれている様子』


『フクククッ、愉快! 愉快!』



その声からは先程と打って変わって歓喜の感情が伺えた。


邪悪な鬼に触れて一瞬、2人の子供の面影が光太郎の脳裏に浮かんだが、それを振り払う様に彼は叫んだ。


「我等は黒石に恨みを抱く者達。お前達にこの身を捧げよう! そして憎き黒石に永遠の闇を!」



その光太郎の予想外の言葉に感情が昂る六鬼衆。


彼等は長年の封印によって本来の肉体は消滅しており、蘇るためには他に肉体が必要だったのだ。



『ほう我等に体を差し出すと言うか! 良かろう貴様等の願い叶えてやろうぞ!』


『自由だ! 自由になれるぞ!』


『殺して、殺して、殺し尽くしてくれる!』


最後の瞬間を前に彼の胸によぎるは、恐怖でも後悔でも無かった。


ただ最愛の子達の面影、それだけだった。



封印から解かれた鬼達は、我先にと彼等の魂を貪り食うと、その体を依代とし600年振りに封印から解き放たれる。


鬼が取り憑いた彼等の体や顔が、見る見るうちに若返っていく。動きやすい様にと最適化させているのだ。


人の体を得て、彼等本来の姿に戻ったともいえよう。


肉体を得た夜鶴姥童子は、その手を動かして体の感覚を確かめると共に、体に満ち溢れる力に満足していた。



「黒石への復讐とは願ったり。我等が貴様等の代わりに、かの者達に地獄を見せてくれようぞ。フハッハハハハハハ!!」


一見、6人の若者達にしか見えない六鬼衆。夜鶴姥童子、両面白夜、赤蛇、刻羽童子、椿崩、腐獅子の6体の悪鬼は、現世へと続くゲートを潜り抜けたのだ。

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