第74話 不良外国人ボブ、畑仕事に目覚める



真夏の道で倒れていた所を助けてもらい、森永老夫婦の家にお泊まりしていたボブと狸の花子は熟睡していた。


古い古民家は涼しく、ボブと花子は快適に夜を過ごす事が出来た様だ。



そこにお婆ちゃんの「ご飯が出来たわよ〜」の声に飛び起きるボブと花子。


洗面所で顔を洗うボブの隣で、器用に手を使って顔を洗う花子。なんとも微笑ましい光景だ。


居間に行くとちゃぶ台の上に配膳されている朝ご飯。



「さあ、食べて」


お婆ちゃんが用意した朝ご飯は、ご飯にお味噌汁、鯵の開きに冷奴、ほうれん草のお浸しにきゅうりと茄子の糠漬けと日本人なら泣いて喜ぶラインナップだ。


「オウ! 美味しそうで〜ス。いただきま〜ス!」


お婆ちゃんは狸の花子の分まで作ってくれた様で、花子も満足そうに食べている。


((やはり和食は美味い! 日本人の喜びじゃのう〜))



「ボブや、今日はこれからどうするつもりなんじゃ?」


昨晩がよほど楽しかったのか、お爺さんがボブに今後の予定を聞く。


「この後で〜スか? ウ〜ム…… まだ決めていませ〜ン」


ノープランで武者修行の旅をしていたボブ、予定なぞ彼には必要は無い。何故なら何も考えていないからだ。


空を流れる雲の様に自由気ままにその日その日を生きている彼を誰も縛れはしないのだ。



「…… なら3日程、家の畑を手伝ってくれんか?」


実はこの話は、お爺さんとお婆ちゃんが夜中に話し合って、なんとかボブ達を引き留めるための口実を考えて出した案だったのだ。


「どうじゃ、ダメかのう?」


お婆ちゃんも期待のこもった眼差しでボブの返事を待つ。



「畑仕事で〜スか、故郷のジャマイカではァ、スコッチボンネットという辛〜イ唐辛子をォ育てていましたァ…… 」


ジャマイカでは祖母の手伝いでよく唐辛子を育てていたボブ。そのため唐辛子の事は知り尽くしている彼。


「本来はァ町の道場にィ、道場破りに行くつもりで〜シた。しかアし、師匠達に恩返しもしたいで〜ス。ウムムム……」



そしてボブは自分では結論は出せないと、事もあろうに狸の花子に意見を求めたのだ。



「花子はァどうしたいで〜スか?」


狸の花子は、ある事情によって失われてしまった霊力を回復するために、一先ずは食べ物にありつけさえすれば良いと言う考えだ。


((今は我慢の時じゃ、失った力を取り戻す事が先決ゆえな))


決してお婆ちゃんの美味しいご飯に釣られたわけでは無いと、自己納得する狸の花子。


と言うことで花子はボブの側に行くと足をポンポンと叩き、頭を下げる事で了承しろという合図を送る。



「まあ花子ちゃん器用なのねぇ!」


「オ〜ウ、花子は賛成なので〜スね。分かりま〜シた、師匠の畑のお手伝いさせていただきま〜ス」


こうしてボブと狸の花子はお爺さんとお婆ちゃんの畑の手伝いをする事になったのだ。 





8月15日


一方、精神会館に来て6日目の朝を迎えた優畄とヒナの2人。


今日彼等が行く総合格闘技の道場は、打ち、投げ、決める今までの総決算の様な格闘技だ。


その総合格闘技の道場では黒石加奈さんが2人を出迎えてくれた。


「2人共おはよう。今日は私のホームグラウンドでもある総合格闘技の道場を案内するわ」


「加奈さんおはようございます。今日はよろしくお願いします」


「加奈ちゃんおはよう、今日はよろしくね」


いつの間にか加奈さんと仲良くなっていたヒナ。互いをちゃん付けで呼び合う程の仲に少し驚く。


(ヒ、ヒナさんいつの間に……)


本当にこの娘は凄い子です。


加奈さんに案内してもらった道場内では、いつもの如く、いろいろな感情の混じった視線が俺達に集中する。


この総合格闘技の道場は加奈さんの兄でもある、黒石良樹のホームグラウンドだった場所、俺達に良くない印象の者が多いのだ。


それでも今までの他の道場での噂が広まっているせいか、絡んで来る輩は居ない。


若干例のヒナ親衛隊なる連中も見受けられる。どちらかというとそちらの方が厄介そうだ……。



そして今日、俺達に指導してくれるのは、案内をしてくれた加奈さん。


精神会館のアイドルにして、総合格闘技界のスターでもある加奈さん。実際にこの道場内では無敗であり、かなりの実力者。


元は加奈さんは、父の流れで柔道を習っていたのだが、兄の良樹の練習試合に感動し、総合格闘技の門を叩いたのだ。


師範代は他にちゃんといるのだが彼女が見てくれるならそれで文句はない。


ちなみに彼女も黒石の者として能力を使うことが出来る。彼女の能力は【重量変化】で、物質の重さを僅かながら変化させる事が出来る能力だ。


それでも操れる重さは1kg以下と制限はあるが、瞬時に相手のグローブの重さを変えたり、着た服の重さを変えたりとその利用幅は広い。当たり能力といえよう。


「じゃあ先ずはストレッチからはじめましょう」


いつもの如く30分かけてゆっくりと体を解していく。


そして基本を教わる訳だが、打ち、投げ、決める総合格闘技、パンチ一つにしても接近戦が主なボクシングとは組技からの寝技などがあるため距離感が違うのだ。


それを見越したうえで打撃での距離の取り方や、組技からの寝技を教わる。


その点優畄とヒナの2人は、空手やボクシングで打撃を教わり、柔道、合気道で組技寝技も教わっているため、加奈さんの教え方の上手さもあり、教わった事をあっという間に吸収してしまう。


(…… この2人、周りからいろいろ聞いていたけど、信じられないほどに覚えが早いわ。私もウカウカしてられないわね)


2人の規格外の才能に触発された加奈さんの指導にも熱が籠る。


そして粗方基礎わわ教わった所で組技からの寝技の流れを練習試合という形で体験する事に。


もちろん相手は同じ初心者のヒナだ。


ヒナが戦うとあって、館内のヒナ親衛隊から情報を受けた他の道場の親衛隊達が、外で体育会系がてらの大声で声援を送る。


「「ヒナちゃ〜〜ん!!」」


「……」


中に入ってこないだけマシだと思う様にしよう……



柔道の時もそうだったがヒナとやり合う場合、どうもお互いに引っ張り合いヒートアップしてしまう傾向にある。


(またヒートアップして、周りに迷惑をかけ無い様に気をつけてなきゃな)


そう思って始まった模擬戦だったが、案の定やはり白熱してしまう2人。


打撃無しの組技と寝技オンリーだが、まるでUFCレベルの攻防を見せられ、見入ってしまう他の練習生。


「……本当に初めてなのか」


「プロ顔負けの内容だぜ……」


「ヒナちゃんと密着出来て羨ましい……」



(……な、なんなの、なんなのよこの2人は……)


加奈さんの心の叫びなぞ知る由もない2人は、2人の世界で戦いという名のイチャイチャを続けるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る