第63話 権左郎とボーゲル、ある出会い。
場所は黒石の屋敷、その地下の趣味の部屋に権左郎はいた。
彼が今回作っているのは、先日攻め滅ぼした仙狐の里で捕まえた、千姫の影武者だった娘を使ったオブジェだ。
「こんなモノかのう」
「……う……うう……」
まだ息はある様だが、風前の灯だろう……
「旦那様、優畄様が黒雨島の幽鬼の封印に成功しました」
そんなオモチャに夢中になっている権左郎に、いつの間にか背後にいたボーゲルが話しかける。
「ほうあの島を生き延びるか、これは期待以上の器じゃな」
「はい。あと2、3度仕事をこなせば良い器となるでしょう」
「うむ。彼奴の父親は使い物にならんかったが、やはり母親の方の影響かのう」
「分かりかねます」
「その母親の妹の千姫は、まだ見つからぬのか?」
「申し訳ございません。"黒真戯"を総動員して探しているのですが、足掛かりすら掴めぬ状況でございます」
「…… まあよい。もし見つけたならば連れて来い。己が代わりに無残な姿になったこの娘を見てどう思うか聞きたいからの」
「はい。かしこまりました」
そしてコツコツと小気味良い靴の音と共にボーゲルは去っていった。
「さて、最後の仕上げに全身の皮をこの飛龍の物に取り替えるかの〜」
そして権左郎は再び趣味に没頭し始めた。
ーーー
8月10日、朝6時。
翌朝、掃除のお姉さんこと黒石加奈さんが優畄とヒナの2人をおこしにきた。
加奈さんは18歳で優畄より2つ年上だ。前館長の黒石省吾が父親で、あのクズ男の黒石良樹が兄という最悪の家庭環境にあり、彼女だけがまともな良識人だ。
彼女は省吾の暗黒時代にあって、省吾と他の館員や練習生との間に立ち、精神会館の崩壊を陰から防いでいた厚労者だ。
それゆえ会館のアイドル的存在として祭り上げられている。
側から見る彼女は、武に生きる古き良き大和撫と思われているが、彼女自身は可愛い物にも強い者にもときめく普通の女の子なのだ。
(昨日の2人凄かったな、あの負け知らずのお兄ちゃんが殴られた所なんて見るのは初めて。…… あの2人付き合っているのかな……)
そんな事を考えながら優畄達が眠る宿泊室に向かう加奈。
「優畄君、館内を案内するから起き……」
そんな彼女が優畄達を起こそうと、ノックと共に宿泊室の扉をあけた。そして中の様子に途端に顔を真っ赤にする。
ベッドの上には暑さからか掛け布団を蹴散らしパンツ一丁で眠る優畄に、絡まる様に全裸のヒナが抱きついていたのだ。
慌てて宿泊室の扉を閉める加奈。
(…… あ、アレってそういう事だよね……)
加奈は、ドキドキする胸に手を当てて落ち着かせる様に深呼吸をする。
そしてどうしようかと迷っていると、中から2人の声が聞こえてきた。
「う〜ん…… あれヒナ、また潜り込んでいたのか?」
「むにゃ、むにゃ…… 優畄おはよう」
どうやらヒナが優畄のベッドに勝手に潜り込んでいたらしい。
(ど、どうしよう……)
加奈がどうしようか扉の前で悩んでいると、さらに中から2人の声が聞こえてくる……。
「いま誰か来なかった? ヒナそろそろ起きようか」
優畄がそう聞くと、少し遅れてヒナが応える。
「……優畄お願い、もう少しだけこのままでいて」
いつもと違うヒナの様子に優畄は気付く。そしてそれと同時に、不安に押し潰されそうなヒナの心情が伝わってくる。
(ヒナ……)
マリアに強制送還されてからここまで慌ただしかった。
悩む暇も、悲しむ暇も、休む間もなくこんな道場に飛ばされて、訳の分からない輩に絡まれたり散々だった。
出会って2日とはいえ初めて出来た俺以外の友達を亡くして、ここまで空元気で頑張って来たヒナ。
美優子が死んでまだ1日も経っていないのだ。ヒナの心情を思えば、いくらでも甘えさせてやりたい。
「ヒナが落ち着くまでこのままでいいよ」
「ありがとう優畄。大好き……」
ヒナが俺を抱く腕に力を入れる。そんなヒナの頭を撫でながら俺もその温もりを堪能する。
「ヒナは暖かいな」
「ムフフ、優畄だって暖かいよ」
扉越しに2人のイチャイチャを聞いていた加奈だったが、頭を降るともう少し2人きりにしておいてあげようとその場を離れた。
それから30分後、優畄とヒナは自発的に起きると館長室に顔をだす。
「お、おはよう2人共。さ、昨晩はよく寝れた?」
掃除のお姉さんこと加奈が、何故かキョドリながら挨拶をしてくる。
「おはようございます」
「おはようです」
「なんだ、キョドリやがって、何かあったのか加奈?」
挙動不審な加奈に気付いた康之助が聞く。
「えっ、い、いえ…… なんでもありません」
顔を真っ赤にしてそう応える加奈。
「そうか? 何かあるなら俺に言ってくれよ。相談くらいならのるぜ」
「は、はい……」
顔を真っ赤にして俯く加奈。
「それと2人共、今日から10日間の間、この館長室の掃除と整備をしてもらう。昨日の一件の罰と受け取ってくれていい。なに、朝の1時間程片付けを手伝ってくれりゃあ文句は言わんよ」
そう言われた俺はヒナに確認を取る。ヒナは大丈夫と頭を下げている。
「はい大丈夫です」
「フッ、よし早速始めるか。何か欲しいものがあったら遠慮無く言ってくれ、やれそうな物ならお前達にやる」
そう言われたヒナが真っ先に巨大な熊の剥製の元に行く。
(おいおいヒナさん、まさかその熊さんをご所望かい!?)
「…… 嬢ちゃん流石にそいつは辞めておけ。邪魔なだけだぞ」
「う〜ん、残念。 ならこれは?」
次にヒナさんが目を付けたのは戦国時代の甲冑一式だ。
「……変わった趣味だなお嬢ちゃん。でもそいつもダメだ」
「え〜 じゃあ、これにする」
次にヒナが目を付けたのは飾られていた日本刀の一つ。''菊籬姫''と名打たれた刀だ。
「ほう、嬢ちゃん目もいいんだな。そいつはここにある刀の中で唯一使える業物だぞ」
この"菊籬姫''は戦国時代に蜘蛛の妖魔を退治した者が携えていた刀で、退魔の能力が備わっている。
前館長の省吾がどの様な経緯でこの刀を手に入れたのかは分からないが、どくな事でない事は確かだ。
「じゃあこれ貰っていいの?」
「約束しちまったからな…… でも嬢ちゃん、すでに刀を一本持ってるじゃないか」
「だって二刀で攻撃した方が強いでしょ」
そう言うとヒナは、軽々と可憐に二本の刀を振るって見せた。
(ええっ! ヒナさんカッコいい…… )
「……普通なら一本でも扱いきれないんだがな。嬢ちゃんが扱えるならそいつはやるよ」
本来日本刀は簡単には振り回せない。片腕で長さ80cm以上の太刀を振り回す事など出来はしない。
刀という物は全身を使かわなければ斬れはしないのだ。
だがヒナの場合は、常人をはるかに凌駕する身体能力と技がある。今のヒナなら日本刀も割り箸の如き軽さだろう。
こうして''菊籬姫''がヒナの物となり、二刀流ヒナが生まれた。
「''菊籬姫''ちゃんこれからよろしくね」
心なしか"菊籬姫''もヒナに貰ってもらえて嬉しそうだ。
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