第64話 修行の始まり



館長室の片付けをいったん終えた優畄達は、精神会館の中央にある1000人は入れる中央道場に呼ばれた。


今日は定例の会議がある日で、精神会館敷地内にある全武道の代表以下10名が集まるのだ。


その10名が縦に一列で並び、9つの列を作る。


この会議で話し合われる事は、門下生、練習生の昇段や降下、それらの格闘技の今いる人員の数などを報告する場だ。


康之助はこの際に、優畄とヒナの紹介をするつもりだ。これ以上本家筋の2人に絡むバカが出ない様にとの行為だ。


「え〜まずは聞いてくれ。今日から10日間ここで修行する事になった黒石優畄とサキだ。すでに知っている者もいると思うが、2人は帰らずの黒雨島から行きて戻った者達だ。かなり強いからそれを見越して指南してやってくれ」


(えっ、そんな紹介なの!?)


俺たちが黒雨島帰りと聞いてざわめき立つ館内。


「お前たち返事は?」



「「「お〜す!!」」」


だが康之助のその一言で、一斉に了解のオッスをする。


この場に集まった9つの武術、戦闘術の関係者90人が上げるオッスは大迫力だ。


最も強き者が絶対の掟で、この精神会館では康之助が唯一絶対者なのだ。


「優畄、ヒナ、お前達にはここの9つの武術、戦闘術の基礎を学んでもらう」


「こ、9つも!?」


「能力に目覚めてるお前等なら1日一つずつ、10日で9つなんて朝飯前だろ。」


「そんな無茶苦茶な……」


「お前たちのポテンシャルはこの場にいる誰よりも上だ。心配しなくとも体が覚えるさ、それが忌々しい黒石の力だ。そして最後の1日は俺が自ら指導してやる」


そう言ってニカっと笑う康之助。


なんともいえない不安感にため息しか出ない優畄。


「これでより一層強くなれるね」


一方ヒナは、いろいろな格闘技が習えるとあって、ワクワク感が止まらないといった感じだ。


ヒナは生まれるさいに格闘術の情報もインプットしてあるのだが、実戦と知識は別物だ。実際に体験しておいて損はない。


それにヒナの場合、俺のためか誰かを守るために強くなろうとしている節がある。


やはり黒雨島での出来事が尾を引いているのは間違いないだろう。この10日間でヒナの気分が少しでも晴れてくれでばいいのだが。


その後、それぞれの格闘技関係の報告が終わり定例会議は終わった。


そして俺達が初日に教わるのは空手。ここで教える空手は寸止め無しで、もっとフルコンを突き詰めた、金的目潰し肘打ち、なんでもありのスタイルだ。


それは黒石関係の討伐の影響で、より実戦に近い戦える空手を教えているのだ。


まあ練習で金的目潰しはやらないが、教えはする。


空手の師範代は大城信弘(25)、黒石の血族ではないが、康之助に若くしてその才能と人間性を認められて、師範代にまで上り詰めた男だ。


「俺は空手の師範代を務める大城信弘だ、今日一日よろしく」


たった1日の修行にも関わらず、気さくに挨拶をしてくれる大城。


「黒石優畄です。よろしくお願いします」


「黒石ヒナです。よろしくです」


「では君達を空手の道場に案内するから着いて来てくれ」


空手の道場には100人を超える門下生や練習生がそれぞれに鍛錬をしており、話に聞いていたのか優畄達が道場に入ると、皆一斉にこちらに視線を向ける。


(…… 一斉に此方を見られると緊張するな)


好奇心の視線、敵対心剥き出しな視線、見下した視線、興味なさげな視線と反応は様々だ。


まあ明らかにヒナを見る目だけは、俺と違ってアイドルを見るかの様に鼻の下を伸ばして見ている。


(ヒナに変な虫が寄り付かない様に気を付けなきゃ)



そして始まった空手の稽古。


先ずはストレッチから。何のスポーツでもそうだが、先にストレッチをやってから始めるのとそうでないのとでは、雲泥の差が出る。


将来的にも壊れ難い身体を作るにはストレッチは欠かせないのだ。


30分程かけてストレッチをする。俺は軟体生物の妖獣にも変化出来るためか、普段から体が異様に柔らかくなっている。


今なら昔やっていたビックリ人間の様に、身体を自由自在に曲げ伸ばし出来るだろう。


そしてストレッチが終わると、次は空手の基礎を教わる。立ち方から始まり、構え方・突き・蹴りと教わっていく。


師範代が丁寧かつ分かりやすく教えてくれるため、俺はあっという間に覚える事ができた。


「いやあ驚いた、君は覚えが早いな」


なになにヒナさんはどうだったかって? 言うまでもなく、ヒナさんは教わる前から基本が出来ていた。


「…… き、君、本当に空手を教わるの初めてなの?!」


師範代もヒナの脅威のポテンシャルに驚きを隠せない。


まあ実際の実力的にも有段者に匹敵する技術はあるヒナさん。そこに人並外れた身体能力が乗れば、それは無双の拳とかすのだ。


「基本はこんな感じかな。君達2人は素質がある。後は毎日この基本を欠かさず練習すればモノになると思うよ。俺はこの後用事があるから行くけど、後は教えた事を1000セット、それでアガリってくれていいよ」


「はい。ご親切にありがとうございました」


「ありがとう、また教えてね!」


照れながらも最後にヒナに手を振って、師範代は道場を後にした。


「いい人だったね」


「うん。教えるのも上手いし、いい人だったね。基礎を覚えたら後は私が優畄を鍛えてあげる」


基礎さえ学べばこんな近くに、こんな素晴らしい先生がいるのだ。これは俺も考えていた事だったので、有り難く教わる事にする。


「お手柔らかにね、ヒナ先生」


「フフフ、ヒナ先生は厳しいぞ〜」


2人でイチャイチャと漫才をしていると、初めの紹介の時にこちらを睨んでいた金髪の男といがぐり頭と、ちょいと太り気味のロン毛ポニーテールの三馬鹿が俺達に絡んできた。


「ねえねえ、お前が黒雨島から戻って来たって本当?」


「同じ戻るでも逃げて来たって事しょ?」


「こいつなんか弱そうだもんな」


言いたいことを言ってケラケラと笑う三馬鹿。


(ハァ、人がヒナと楽しく鍛錬していれば……)


俺はハァとため息をつくとどう追い払おうかと考える。そして三馬鹿の1人を殴ろうとしたヒナの腕を掴む。


まったくヒナさんは、すぐ鉄拳制裁に行こうとするから……


後で聞いた話だが、初日にヒナにのされたチャラ男達は散々だったらしい。


1人は玉が潰れ全治4週間、1人は肩脱臼で全治3週間、そして残りの2人は顎を砕かれて全治5週間とリーダー以外を全員病院送りにしていたのだ。


ヒナは生まれて間もなく戦いの日々に放り込まれたのだ、それも致し方ない事だろう。


これ以上ヒナさんの犠牲者を出さない様に、俺が相手をしてやろう。


「ヒナ、大丈夫だよ。俺に任せて」


俺は三馬鹿に向き直るとある提案をする。


「なら俺と戦ってみる? 格闘技未経験だから勝てるかもよ」




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