第49話 お礼参り
三芳リカルドに飛び蹴りを食らわせたのは、全身毛むくじゃらの狼男。そう優畄が変化している姿だ。
実はヒナが頑張って幽鬼を沢山倒してくれたおかげで、ランクが上がり回復が早まるどころか、魔獣中位の狼男に変化出来る様にもなってしまったのだ。
狼男は体長3mのスピードと攻撃力に秀でた魔獣で、その身体能力は驚異的。骨肉を簡単に砕き散らし、針金の様な剛毛はいわば天然の鎧、マシンガン程度なら簡単に弾き返す程強靭だ。
本来なら満月の夜以外に狼男に変化する事はない狼男だが、僕の場合は関係ない様だ。唯一の欠点が、非常に攻撃的になるという事ぐらいか。
ちなみに優畄が変化出来る人型魔獣には他にネコマタがいる。しかしこのネコマタにはメス以外いないのだが、魔獣のカテゴリーならば雌雄も関係ないらしく、変化する事が出来る様だ……。
まあ変化はしないがね。
この飛躍的な能力の伸び、雌雄も性別も超越した力こそ黒石の直系、それも当主候補のみに許された《甚黒魔皇石》の力なのだ。
「優畄!」
無事な彼を見て今にも飛び付きたそうにしているが、戦闘中ゆえそれを我慢するヒナ。
「ガオごあぁま待たせたなヒナ!」
狼男の口元だけ変化させ、人の言葉が話せる様にすると、ヒナに応える。
狙ったのは右肩、これで奴の戦闘能力が少しでも下がれば儲けもの。
相手の背後からの完全な不意打ちだが、卑怯だとは思わない。生き残るためなら目つき金的、なんでもやる所存だ。
「さてこの姿なら、ヒナと2人でならば奴等にも勝てるとは思うが、他の人達の事が気になるな」
ヒナが三芳リカルドから聞いた、誰かが幽鬼達に捕まっているという情報は、リンクでヒナから伝わって知っている。
ちなみにヒナとのリンクも50mの距離でも二言三言なら繋がる様になった。
まだ捕まっていない仲間もいるかもしれない。先ずは逸れた仲間と合流する事が先決だ。
幸い三芳リカルドは僕の蹴りを食らって幾本の木を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。死角からまともに喰らったのだ、いくら奴でも無傷という訳にはいくまい。
すなわち退くなら今が絶好の好機なのだ。
「今のうちに退くぞヒナ」
「了解!」
だがそんな彼等の道を塞ぐ者がいた。
『キィアアアアアアアアア! 旦那様ァ!! よくも、よくも! クソ虫共がーー!!』
突然のつん裂く様な叫びと共に、黒い髪の毛が爆発したかの様に、辺り一面をー覆い尽くしたのだ。
三芳リカルドを吹き飛ばされた事でとち狂った雪乃が暴走したのだ。
『貴様等の内臓をずり出してやるー!!』
「な、なんだ?! この髪の毛は崖の下に居た時の?!」
崖下の時とは明らかに違う髪の毛の増殖スピード、
優畄はヒナを抱くと後方にジャンプして、迫る髪の毛を交わす。
「私に任せて!」
ヒナが【火焔掌】で迫る髪の毛に火焔を放つと、ジジジと焼ける音と共に、髪の毛を焼いた時のあの据えた匂いが漂ってくる。
(ええ! ヒナさんいつの間に火なんか使える様になったの?!)
「ちょっと前に使える様になったんだよ」
どうやらヒナさんに頭の考えが伝わっていた様子。
まったくもって、うちのヒナさんは凄いよ。
『おのれちょこざいな!』
焼かれてもお構いなしに髪の毛を放って来る雪乃、ヒナの【火焔掌】では処理が追いつかない程に髪の毛を増殖させていく。僕には女性を殴る趣味はないが、そうも言ってられない状況だ。
それに相手は幽鬼だ、ヒナに被害が及ぶ前に仕留めさせてもらう。
僕は髪の毛から逃げる行動から急激に方向転換すると、今度は雪乃との間合いを一気に詰めたのだ。
それまで追う事はあっても向かって来る事はなかったため驚愕する雪乃。ヒナの火焔に注意が向いていた事もあり、雪乃は僕の接近にまったく反応出来なかった。
(女性は殴りたく無いけど、ごめん!)
狼男の能力に"怒りの鉄拳“という技がある。瞬時とはいえ音速を超えるパンチは貫通力と衝撃波を伴い、厚さ10cmの鉄の板を打ち抜く威力の技だ。
雪乃に迫る僕のパンチは、当たれば即死だと直感させるものだった。
『だ、旦那様…… 』
『雪乃ぉ!!』
だが雪乃の危機に三芳リカルドが盾として僕の前に立ち塞がったのだ。
紙一重のところで雪乃の盾に入った三芳リカルドだったが、僕のパンチを受けた左腕があらぬ方向に千切れ吹き飛んでいく。
『ガハッ……』
それ以前に優畄に蹴られた右肩も骨が砕けているようで、力なく垂れ下がったままなのだ。
そんな状態にも関わらず、雪乃の危機に盾に入る事をいとわなかった三芳リカルド。彼にとって雪乃はそれ程に大切な存在だということが分かった。
そして彼がもはや戦えない状態なのは誰が見ても明らかだ。
『…… 殺すがいい…… 後生だが、雪乃だけは見逃してやってくれ』
先程までの鬼の形相とは違い、懇願する様に僕に向けられたその顔には、雪乃を思う慈愛が感じ取れた。きっとこの顔が彼本来の顔なのだろう。
その三芳リカルドの言葉が、強い意志を湛えた瞳が、何故か優畄の心に重くのしかかる。
彼等幽鬼はアンデットに属する。ゆえその傷が癒える事はない。
ここでトドメを刺すべきだが、僕の足は前に出ない。
『いや〜!! やめて! 旦那様を殺さないでぇ!!』
雪乃が庇う様に三芳リカルドに抱き付き、そして優畄を睨み付ける。
『殺すなら私を殺せ! 旦那様には指一本触れさせはせぬ!!』
彼等は共に、どちらの為にも死ねる覚悟がある。僕だってヒナのためならこの命をかけれる。
幽鬼は死んでも50年周期で甦る。そうだとしても愛しい者の死は見たくはないというのは僕達と変わらない感情だ。
そんな彼等をどうして殺せようか……
彼等は幽鬼だ、ここで殺しておかなければ後々後悔する事になるかもしれない、それでも僕には2人を殺すなんて出来ない。
「……行こうヒナ、他の皆んなが気になる」
「うん。 でもいいの?」
ヒナが抱き合う2体の幽鬼をみて優畄に問う。
「ああ、彼等はもう僕達の敵じゃないよ。だが、それでも僕の前に立ち塞がるというのなら、その時は全力で叩き潰す。それだけの事さ」
そして僕達は戦意のない彼等をその場に残し立ち去った。
「…… あの幽鬼達も、私達と変わらない。 愛する人を思う心は同じなんだね」
ヒナが僕に寄り添い、その手を握ってくる。
「ああ。人でも幽鬼でも、互いを思い合う心は変わらないんだ」
何故彼等と戦わなければならないのか、彼等を封じる事で黒石に何の得があるのか、本家の奴等の狙いは分からないが、どくなことではない事は確かだろう。
僕だって無益な争いはしたくない。それでもそうせざるを得ない何かが、僕を雁字搦めに縛りつけるのだ。
僕等が去った後、残された三芳リカルドと雪乃。彼等は互いを確かめ合う様に抱きあっていた。かつて奪われて、やっと訪れた安らぎの時を噛み締める様に。
もう2度と離れたくはない、そう願ってはいたがそれも儚い夢なのだと、彼等は受け入れていた。
『…… ふっ、まさか憎むべき黒石の者に見逃され、助けられるとはな……』
『それでも雪乃は旦那様が無事で嬉しゅうございます……』
あの者の力は我等を滅する事が出来る力だ。もはやこの安らぎもあとわずかの間だけのもの。
後どれほど雪乃とこの様に過ごせるのか、三芳リカルドは手が使えない代わりに雪乃の頬に口付けをする。
『……雪乃よ、我はもう戦えぬ。お主だけでも海斗様の元に戻るがよい、そして…… 』
『いいえこの雪乃、2度と旦那様から離れぬと心に決めております。旦那様と雪乃は一連托生、どこまでもお供いたします』
『……そうかならば雪乃、終わりの時まで我と共に過ごそうぞ』
『はい。旦那様……』
三芳リカルドと雪乃の2体の幽鬼は、寄り添い合いながら何処かへと歩き去っていった。
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