第44話 それぞれの戦い
ある屋敷の一室、暗く澱んだその部屋に異形のその子はいた。
歳の頃は7〜8歳の男の子。
彼の名前は醜穢、彼の母親が付けた名前だ。
彼は自分の名の意味を知らない。母様が付けてくれたからそれが自分の名前なのだと納得している。
生まれてからずうっとこの部屋から出た事が無いため外の世界は知らない。
たまに天窓から月明かりが入る程度の暗闇が彼の世界なのだ。
たまに餌を運んで来てくれる女の人がいるが、声を聞いた事はない。なぜなら餌を置いたら直ぐにその人は居なくなってしまうからだ。
『……』
前に一度、父親と母親が彼を見に来た事がある。
その時父親が彼を見て言った言葉『なんと醜き童よ、これが我の息子だというのか……』
言っている事の意味は分からなかったが、初めて聞いた父親の声は、彼にはとてもいい響きだった。
父親と母親が来たのはその一度きりだ……
((…… また来てくれないかな父様、母様。 また会いたいな、そしてオイラと遊んでくれないかな……))
異形の少年は会う事のない父母の面影を1人、闇の中で求め続けるのだ。
ーーー
一方僕達は、物凄い勢いで転がっていた。
「うおおおおおおおおお〜〜!!」
「きゃああああああああ〜〜!!」
三芳リカルドとの戦闘から逃げ出した僕は、ゴロゴロと勢いよく転がり続けている。
慌てて止まろうにも、勢いがつき過ぎた僕の体は止まる事はなく、空中に跳ね上がった時になんとか前方を見れたのだが、あと数百m程で大地が途切れているのが分かった。
この島は両端が切り立った崖になっている。それすなわち、この先には崖があるということ。
このままでは中のヒナもタダでは済まない。そこで僕は、転がりながらもなんとかヒナの体を包み込む様に糸を巻き付けていく。
そして木に引っ掛かる様に、ぐるぐる巻きのヒナを吐き出したのだ。
(ゆ、優畄!)
ヒナを吐き出した僕は、崖から落ちる寸前で何とか糸を木に絡め付けることに成功する。
そして僕は体をピーアキャットという翼のある猫の下位魔獣のものに変化させた。この魔獣は僕が変化出来る中でもっとも飛翔力に長けている。咄嗟の事だったので手足の先と頭は人のままだが、肝心の翼だけはなんとか生えてくれた。
だがそれは悪手だった、僕の今の状態はすなわち紐の付いたスーパーボールのような物。翼を広げて勢いを抑えようと思ったが流石に無理があった。
「ガァ!………」
ボイーーン!と僕は、勢いを殺し切れずに崖の側面に叩き付けられ、そのまま気を失ってしまったのだ。
僕が気がついた時には辺りは暗く、何時経ったのかすら分からない。なぜなら時計を見ようにもまるで体が動かせないからだ。
(グッ…… 翼で少しでも勢いを殺せたようだな。でなければ死んでいたかもしれない…… それでも体の至る所の骨が、特に脊髄が折れているのは確実だな……)
幸い大切な臓器などには損傷は無さそうだが、このままではジリ貧だ。
そこで僕は身体をプラリタ.ナーラという、軟体生物の中位妖獣に変化させることにした。
この妖獣は底なし沼の底で、犠牲者をひたすら待っている様な非力な生物で、強さ的には妖獣で最弱だ。
この魔獣プラリタ.ナーラは最弱の妖獣だが、中位の理由は高い再生能力を有している事。この妖獣の特殊能力"完全再生は、時間はかかるがいかなる怪我や状態でも100%治ってしまう効果があるのだ。
僕は先程の三芳リカルドと戦う前に100体近くの幽鬼を倒している。それと三芳リカルドとの戦闘の経験値で、少しは回復にかかる時間を減らせると思う。
能力が体の完治までおよそ10時間程だと教えてくれる。幽鬼を倒した経験値が無ければ、丸一日は回復に費やしていたはず。
10時間は長いが、それで完治するなら我慢するしかない……。
他にも治癒能力を持った魔獣なり妖獣はいるのだが、僕が今、変化出来る能力の中では、この"完全再生"に勝る能力はない。
唯一、ヒルを伸ばして日干しにした様な、その不気味な見た目だけが欠点だが、見た目なんぞ二の次である。
暗闇が近づく中、1人ぶら下がって時間を待つのは心細い……
(ヒナ、ヒナは無事だろうか? どうか彼女が無事であって欲しい……)
だが少しずつ少しずつ、本当に僅かずつだが、僕の体が治っていくのは分かる。
(……弓夜さん達皆の事は気になるが、今は焦らず完治を優先させよう)
焦る気持ちを抑えながら僕は、崖の淵に蜘蛛の糸でぶら下がり、体の完治を優先させる事にした。
ーーー
その頃、優畄と離れ離れになってしまった弓夜と優作は、弓夜の能力"千里眼"で幽鬼達の視界を潜り抜けて、目指していた中継基地にたどり着いていた。
優畄が囮になり周辺にいた幽鬼を引き付けてくれたのも大きかった。
その中継基地は廃神社の枯れた井戸の中。隠し通路を進んだ先にあり、外の様子は伺えないため寝泊り専用の中継基地だ。
まあ井戸の中に隠し通路が有るとは幽鬼達も思うまい。
基地内は何年も誰も来ていなかったかの様に荒れていたが、長居するつもりは無いので気にしない事にした。
時刻は現在午後の6時。
そんな中彼等は基地内で、大幅な作戦の変更に迫られていた。
「……正直、私達がここまで来れたのは優畄君とヒナさんのおかげだ。 彼等がいなくては成り立たない作戦だった。」
「……」
「この先、私の【千里眼】で幽鬼を避けながら進めるルートもあるかも知れない。 だがそれでは早苗が手遅れになってしまう……」
「クッ、俺がミスを犯したばかりに……」
優作が悔しそうに拳を机に叩き付ける。
「過ぎた事を気にするな。 優畄君達の事は心配だが、それを考えて現状が変わる訳じゃないんだからな」
「でも…… アイツは、アイツらは俺達を逃がすために囮になったんだぜ!」
「分かっている。 だが今は彼等の身を案じている間は、私達には無いんだ……」
弓夜は皆のリーダーだ、いま取れる最上の選択を選ばなくてはならない。
彼等にとっての最上は代官屋敷にたどり着き、供養塔に火を灯す事。それが最上の選択肢なのだ。
「でもどうやって!? 俺達だけではここまで来るのがやっとだったんだぜ、この先どうすりゃいいてんだ!」
「落ち着け優作。 確かにお前の言う通りだが、私にはこの【千里眼】が有る。 私1人、夜の闇に紛れれば、奴等の網の目を抜けられるかも知れない」
この作戦は弓夜の【千里眼】の能力があれば可能かもしれない。
だが夜の幽鬼は別格、一度でも奴等に見つかれば、それは死へと直結する事になるだろう……。
「なっ! 弓夜兄い1人で行く気なのか?!」
驚愕と共に優作が聞き返す。
「……優作、お前は美優子と共にこの島を出ろ。 船ならジェットスキーが島の西側の入り江の隠し基地にある」
「そんな事出来るわけないだろ! 俺に弓夜兄いを見捨てるなんて絶対に嫌だ!」
今は幽鬼等も弓夜達を探し炙り出すために、代官屋敷周辺の方に数を寄せている。
ある意味後方へ退くには、絶好のタイミングなのだ。そんな優作の肩を弓夜が強く掴み懇願する様に口を開く。
「頼む! お前を実の弟の様に信頼している私を失望させないでくれ。 お前だから頼むんだ、だから私の決意の頼みを聞いてくれ!」
いつに無い弓夜の強い意志を感じた優作。 実の兄の様に慕っていた人物からの決意の頼みを無下には出来ない。
優作は応えない訳にはいかないのだ。
「…… あんたは卑怯だ」
「ああ、分かっているさ……」
「なら約束だ弓夜兄い! 生きて必ず俺達の元に戻ってこい!」
「ああ! 必ず戻ってみせるとも」
2人はパンと拳を合わせ合い互いの健闘を祈る。
そして決意と共に弓夜は、1人幽鬼が彷徨く夜の黒雨島へと消えて行ったのだ。
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