第43話 三芳リカルド



そんな無双状態の僕達の前に、丸い鎌を大きくした様なシックルという武器を持つ幽鬼が現れた。


見た目はハリウッドの映画俳優の様に整った顔立ちだが、顔中に切り刻まれた跡が生々しく残っている。

ほかとは明らかに違う雰囲気を持つその幽鬼。


奴は他の幽鬼に退がれの合図をすると、僕と一対一の状態にし、こちらに向かって走り出した。


すかさず僕は、抜いた木の根本で迫り来る奴を薙ぎ払おうと振るう。


だがなんと、奴は僕が振るう木を交わすどころか、その上に飛び乗り迫って来たのだ。


(なッ、なんてすばしっこい奴だ!)


そして僕の手首を狙って振り下ろされるシックル。


「クッ!」


咄嗟に蜘蛛の糸を口から吐き出して奴の動きを鈍らせ、なんとかかすり傷程度で回避する。


ゴンズは下半身が蜘蛛のため、ブラックウィドウの構造を流用したのだ。


奴は一旦僕から飛び退くと可憐に鎌を振るい、体にまとわり付いた蜘蛛の糸を切り裂いて行く。


「……」


(……ゴンズじゃあダメだ! コイツにはもっとスピードのある能力でなければ……)


僕はパワー特化のゴンズの変化を解くと、今自身が変化出来る最も強い妖獣へと身体を変化させる。


僕が変化したのはマンティコアという中位妖獣で最強の個体だ。


人面の頭にライオンの体、蠍の尾と蝙蝠の羽根を持つキメラだ。


このマンティコアは人喰いと恐れられ、このマンティコアが腹を満たすには、一個師団を食べ尽くす程といわれる凶悪な妖獣だ。


体長は2〜3m程でスピードも早く、ほんの1分程だが空もとべる。


攻撃手段は肉を切り裂く鋭い爪と、骨をも砕く牙。蝙蝠羽根を羽ばたかせれば前方にかまいたちを放ち、蠍の尾には毒があり、それを放つ事も出来ると戦略の幅はかなり広い。


人面故に人の言葉を話す事も出来る。まあ全ての歯が鋭い八重歯の見た目は醜悪の一言だが、勘弁してほしい。


ヒナも刀を抜き奴を警戒する。


『……その力、貴様は黒石の直系の者か?』


「!……ああ」


まさか幽鬼が話し掛けて来るとは思わなかったので少し驚いた僕だったが、今は戦闘中、気を抜いてはいられない。


それにコイツは強い。なるべくなら戦いは避けたい程の相手だ。



『そうか直系の…… これは殺し甲斐がいがある! 我が名は三芳リカルド、いざ参る!』


奴は嬉しそうに笑うと次の瞬間には動いていた。


「!!」


奴は凄まじいスピードで僕の眼前に迫ると、目を狙ってシックルを振るってくる。予想していたとはいえ対応が後手に回ってしまう僕。


僕は頭を逸らすと同時に背中の羽根を羽ばたかせて、前方にかまいたちを放つことで奴への牽制とした。


だが奴は、かまいたちをシックルで弾くと更に踏み込み、今度は僕の首を目掛けてシックルを振り下ろしてきたのだ。


その攻撃はヒナが刀で防いでくれたのだが、その威力を相殺出来ずに後方に吹き飛ばされてしまう。


「ヒナ! クソったれ!!」


僕は大きく上半身を後ろに退け反らせると、その反動を利用して体を回転させ、蠍の尾をカウンターとして放つ。


だが、それも難なく弾いた奴は、僕の尾を弾いた反動を利用して、僕の腹に蹴りを放って来たのだ。


「グッガ!」


巨木でも軽く蹴り倒す威力のある蹴りをくらい、後方へ吹き飛ぶ僕。そして2度3度と転がったのち、背中の羽根を利用して空へ逃げる。


「……… (……戦闘経験値が違いすぎる……)


体の能力自体は互角、いや変身後の僕の方が僅かばかり上だと思う。だが500年の怨みに鍛えられた奴の戦闘経験値は圧倒的だ。


そうこの三芳リカルドと海外アレハンドロ、雪乃の3体の幽鬼は別格だ。最も怨念強く死んだ3人なため蘇る毎に怨念が嵩じ、その度に強くなっているのだ。


「ハア……ハア………」


骨や内臓にダメージは無いものの、しばらくはまともに動けそうも無い。


「優畄!」


そんな僕を見たヒナが三芳リカルドに斬りかかっていく。


パワーと技で負けるヒナだったが僕の危機だと、スピードを活かしたフェイントを織り交ぜ、なんとか三芳リカルドに食らい付いていく。


だが流石に無理があった。


三芳リカルドと数合打ち合える彼女の才能とセンスはピカイチだ。だが、ヒナには圧倒的に実戦経験値が足りなかったのだ。


拙いフェイントを見切られたヒナの首筋に三芳リカルドのシックルの凶刃が迫る。


「ヒナ!」


ヒナの時間稼ぎのおかげで動ける様になっていた僕は、ヒナの胴体に括り付けておいた蜘蛛の糸を引っ張った。


「優畄、やっぱり優畄が助けてくれた……」


紙一重で三芳リカルドのシックルの一撃を交わした後、僕はヒナを胸に抱きそのまま空に逃げる。


だがそんな僕達を休ませる気などまるで無い三芳は、部下の幽鬼から槍を受け取ると、僕目掛けてその槍を投げてきたのだ。


『ヌウゥアァァ!!』


雄叫びと共に放たれたその槍の軌道は、僕の頭のある場所だ。


まるで弾丸の様な勢いで僕に迫る槍、僕は自身の体をマリモールという2m程の球状に成れる妖獣に変化させた。


この妖獣は最下級の妖獣で、その体はゴムの性質がある筋組織と毛に覆われている。


このマルモールという妖獣には大した攻撃力、攻撃手段は無い。

あったとしたら、そのゴムの様な体と体毛を利用して坂道を転がって体当たりをする。その程度だ。


僕が変化出来る最弱の妖獣だが、今の状況ではこの変化が1番の選択だと思えた。


奴が投げた弾丸の様な槍は僕の5cm程上を通り過ぎていった。僕の体の大きさが変わった事で槍が逸れていったのだ。


「ヒナ、少し目が回るかも知れないけど我慢して!」


「えっ?! 優畄!!」


僕はそのゴムの様な体を伸ばすと風呂敷の様に広げてヒナを包み込み、そのまま地面に落下した。


そして落下の衝撃を反動に、まるでスーパーボールの様に大きく跳ね上がると、そのまま転がり三芳リカルドから逃げたのだ。


「う、おおおおおおおおおおぉーー!!」


僕の体は物凄い勢いで転がっていき、あっという間に幽鬼等の包囲網から逃れることが出来た。



奴もそんな方法で僕が逃げるとは思って居なかったのだろう。


しばらく僕達が逃げた方向をキョトンと見つめていたが、逃げられた事に気づき、その怒りから鬼の様な咆哮を上げたのだ。

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